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動物病院日誌   作者: じょんどぅ


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雨の日の散歩・拒否事件、あるいは静かなる抵抗



### 1. 玄関の「不動明王」


六月の長雨が続くある日。柴犬の「小鉄」君(四歳)の飼い主、田中さんが疲れ切った表情で相談にやってきた。


「先生、相談というか……もうお手上げなんです。小鉄が雨の日は一歩も玄関から出ようとしなくて。無理に引っ張ると、首の皮が余るくらいの勢いで踏ん張って、まるでお地蔵さんみたいに固まっちゃうんです」


「柴犬あるあるですね」僕は思わず苦笑した。

柴犬は「清潔好き」で「こだわりが強い」犬種だ。足が濡れる感覚や、カッパのシャカシャカいう音、あるいは自分のテリトリーに漂う『雨特有の匂い』を嫌う子が非常に多い。


### 2. 「トイレ」という名の死活問題


「でも先生、困るのはトイレなんです。小鉄は家の中で絶対にしない主義で……。外に行かないとおしっこを我慢しちゃうんです」


これが一番の問題だ。犬が長時間排泄を我慢することは、膀胱炎や結石のリスクを跳ね上げる。

「田中さん、犬にとって散歩は『運動』であると同時に、情報を読み取る『読書』の時間でもあります。雨の日はその本が濡れて読みにくい。だから、外に行くモチベーションが下がってしまうんです」


### 3. 「心の運動」という処方箋


「運動不足でストレスが溜まると、家の中の物を壊したり、自分の足を舐め壊したりする自傷行為に繋がります。外に行けない日は、家の中で**『鼻』**を使わせてあげてください」


僕は河野を呼んで、病院でも使っている「ノーズワーク」のデモンストレーションを見せた。

「知育玩具におやつを隠したり、紙コップをいくつか伏せてそのどれかにフードを入れたりするんです。犬にとって『匂いを嗅いで探し出す』作業は、全力疾走するのと同じくらい脳のエネルギーを消費します」


「体力ではなく、『知的好奇心』を疲れさせる。これが、雨の日の室内散歩のコツです」


### 4. 譲歩という名の絆


「それから、トイレについては無理強いせず、まずは玄関の『軒下』や『ガレージ』など、濡れない場所で済ませる練習をしましょう。柴犬はプライドが高いので、『濡れずに仕事ができる』と思わせたら勝ちです」


「……なるほど。小鉄のプライドを立ててやるわけですね」田中さんは、少し吹っ切れたような顔をした。


### 5. 紫陽花を揺らす雨音


一週間後、田中さんから報告があった。

「先生、ノーズワークにハマったみたいで、終わると家でぐっすり寝てくれるようになりました。トイレも、近所の大きな高架下まで抱っこして運んだら、そこで落ち着いて済ませてくれるようになって。僕の腰の負担は増えましたけど(笑)」


「先生、お疲れ様です。……柴犬の頑固さって、ある意味では自分をしっかり持っているってことですよね」

河野が、小鉄君のカルテに「プライド高し、鼻を刺激すること」と追記した。


「そうだね。僕たち人間も、気が乗らない日に無理やり外に連れ出されたら嫌だろう? 彼らの気持ちに寄り添いながら、落とし所を見つけてあげるのが『家族』の形だよ」


窓の外では、まだ雨が降り続いている。

その静かな雨音の中で、一頭でも多くの柴犬が、お家での「読書」を楽しんでいることを願いながら、僕は次の診察へ向かった。


「さて、次は……。油断大敵、六月の『初夏の熱中症』だ。まだ身体が暑さに慣れていない時期の、あの悲劇だね」


僕は、保冷剤を冷凍庫の奥から手前に移した。


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