4.暴君と独裁者
水上航行機能の使用後はすぐには翔べない仕様というのは、ヨースケとイオリにとっては痛恨の誤算だった。
天蓋部分が円形に開いていて外へ出れそうだったから飛行機能で垂直に上がろうとしたのだが、どういうわけかうまくファーが動作しなかった。
アルに通信機能で聞いてみた結果、イリナが水上航行後は30分は空けないと飛行機能が動作しないことを教えてくれた。
「あー、尻いてぇ。暗ぇ」
「ヨースケ、頑張れー」
ヨースケはサーテジェイブを回収したあと台座まで戻り、外周を見回すとボルダリングの要領で登れる箇所があった。
よじ登ると、薄い氷の壁の一部が崩れ落ちていて、緩やかな上り通路が続いていた。
どういう原理か亀裂の部分にピッチリ氷が張った床面や壁あって、足を取られそうになりながら、二人はファーを支えに先を急いだ。
基本は自動走行になっていて、乗れるほどではないが5センチ前後宙に浮いた状態で手を離しても二人の後をついてくる。
「このファーたちよー、こうついてこられると何か愛着湧いてくるよな」
「そうか?」
イオリは眉を片方上げて首を傾げた。
「名前でもつけるか!」
「はぁ?」
「よし、ファ一郎とファ二郎で!」
「どっちもオスなのか?」
「じゃあ、ファー夫とファー子」
「イルとルナ」
「な、何かいい感じの出た」
「太陽と月だ」
「何語なんだ?」
「ルナはブルガリアかロシア語だったか。イルは……忘れた」
「先生、何か国語知ってるんすか? ごふぅ!」
「殴るぞ」
脇腹に一撃をくらい、体を横にくの字に曲げるヨースケ。
「もう……殴ってるよな」
ヨースケについてくる方をイル、イオリのをルナと名付けることにした。
「それにしてもよー、もう一人のユーキのカルマ帝国の方でも厄介なのに、次はナベシマとか、どいつもこいつも王になりたがりなのかねー?」
《すみません、私にはわかりません》
「んん??」
突然ヨースケの懐から声が聞こえ、イオリが驚きの声をあげた。
◇ ◇ ◇
ちょうど同じくらいの時刻、黒いマントコートを羽織り猛禽類の嘴が鋭い仕込み杖を腰に差したカルマ帝国国王ユーキと、機械の塊が球体になったような浮遊物が、パイプオルガンのパイプが広場いっぱいに敷き詰められたような妙な場所で対峙していた。
「兵も連れず、武器も持たず、一人でわしの前に現れるとは、馬鹿もここまでくると清々しいものよ」
電子音を肉声に混ぜたような音声が響いた。
球体の周囲上空にはコウモリのような羽根の小悪魔型の機械兵が数百体、地上では四足歩行の中型の人馬型兵が数十体で、ユーキを取り囲んでいる。
「ナベシマ。殺したと思っていたが、なるほどな。使った手段が悪かったわけだな」
「自分の劣勢もわからんとはなぁ。わしはこのとおり、お前のせいで生身ではない。いや、お陰でと言っておくか」
国王ユーキ側から見ると、球体の中心辺りに大きなディスプレイがあり、人の顔が極端に大きくなったり小さくなったりしながら喋っている風に映し出されていた。
ニヤリと口許は片方だけ上がり、国王ユーキの目は座っている。
「自らが殺された理由はわかっているのか?」
「知るか!」
「俺は奴隷時代の怪我のせいで、頭部に酷い損傷を受けた」
「何だ、昔語りか。くだらん」
「怪我の功名か、不思議な力に目覚めた」
「ほう?」
「見たもの聞いたもの、触れたもの、その他認知出来るあらゆる情報を、因果関係で結び付け、次に起きる事象の予想、推測、確率の計算を瞬時に出来るようになった」
「そいつは素晴らしいではないか! その脳だけ、今後のために有効利用させてもらおうか」
全て聞く気はないようで、ナベシマと呼ばれた球体と、どう連動しているのか人馬兵がユーキに向かって数体一度に襲いかかった。
同士討ちを避けてなのか銃撃ではなく、持っていた槍状の武器で一斉に突いてくる。
国王ユーキは目を閉じ若干身を屈める。
突いた人馬兵の槍状の武器は互いにぶつかり合い互いの重心を逸らし合った。
杖の柄でその刀身を下から突き上げ、人馬兵の突きの力を利用して数体まとめて引き倒した。
「脳が異常覚醒したお陰に、このようなことも出来るようになった」
後方からさらに飛び掛かってきた小悪魔型の兵の鈎爪を、かざした黒い手のひらで受ける。
黒い部分はフィンガーレスグローブで、装甲でも入っているのか、引き裂かれることもなく逆に鈎爪を引き裂いていく。
鈎爪から腕、胴まで、豆腐を引き裂くように裂ききる。
「馬鹿な…腕に装甲でも仕込んでるのか!?」
「感覚だな」
感覚の一言で片付けてしまったが、正確には強固な装甲が仕込まれているわけではなく、力の押し引きのバランスを計算しながら、間接部の弱い箇所を見抜いて電流を流し込んで焼き切り、引き裂いていた。
「俺の父親の暗殺に飽き足らず、この世界に転移後も権力を簒奪、邪魔者は排除。奴隷の慣習を奨励し、奴隷を人とも思わぬ非人道的な扱いを繰り返す外道め」
球体中央のディスプレイのナベシマの顔が、下卑た笑い声を上げる。
正確には何処にあるのかわからない発声装置からの声だ。
「お前、司馬の息子か? 何処で知ったか知らんが、復讐というわけか。いや……その顔、思い出したぞ。狐頭のバルカスの息子が何処かで拾った奴隷だな? ずっと見た顔だと引っ掛かっておったが、わしが可愛がってやったのを根に持っておるわけか。要は私情だなぁ?」
「黙れ。クソが」
一瞬にして、半径5mほどの雑魚兵たちが外側に弾けた。
国王ユーキの仕込み杖による斬擊だった。
動いたようには見えなかったが、小悪魔兵の翼は切り刻まれ、人馬兵の足は全て切り落とされていた。
皆ジタバタともがいている。
「わしの奴隷になりに戻ってきたわけだなぁ?」
憤怒の形相。ユーキの口の端から一筋の赤いものが流れたが、すぐにその口許が綻ぶ。
「フッ……俺も少しは学習したんだ。お前の軍事手腕は確かだ。今回はお前にとどめを刺しに来たわけじゃない。うっかりロクハラを分子分解で消し去った後、この事態は可能性として認識はしていた。意識体だけになってしまったお前に、肉体をプレゼントしてやろうと思ってな」
国王ユーキは武装解除の意思表示として、グローブをはずし、床に放る。
更に仕込み杖を鞘ごと投げ捨てた。
「ほう? 傘下に下ったか」
「傘下に下る気はさらさら無い。世界を支配するには手が足りなくてな」
国王ユーキが右手を上にかざすと、腕時計のようなものが光った。
数秒後、天蓋に円形の魔法陣のようなものが浮かび上がった。
「何だ?」
大型ドローン、アメノトリが天蓋の円形から音も無く現れ、ゆっくり降りてきた。
下部に何やら箱状のものがぶら下がっている。
アメノトリに搭乗しているのは無論アルとイリナだ。
パイプが並んだような外観の床、国王ユーキのすぐ傍に箱状のものを下ろすと、アメノトリは再び上昇、少し離れた場所に着陸した。
降りてくるわけではないようだ。
「これをお前にくれてやる。好きに使うがいい」
国王ユーキは箱状のものに向かって手をかざした。
指紋認証か静脈認証なのか箱状のものは観音開きに開いて、中から人型のロボットのようなものが現われた。
一般的な成人男性より少し大柄な体型で、全身灰色だったが一見人間と変わらない形状。
顔部分はのっぺらぼうだった。
「何だこれは?」
「お前の意識をこの身体に流しこめば、お前はこの身体の宿主となり、五感を取り戻す事も出来るはずだ。
人としての生活も出来るようになる。
更に顔を始め、意識次第で自らの形状もカスタマイズ出来る。
こいつと引き換えに、俺と同盟を組め。何なら性別を変えることも可能だ」
何のことは無いような軽い口調で、肩をすくめながら喋る国王ユーキ。
「どう見てもわしの方が優勢な状況でその豪胆さは評価する。しかし、罠ではない証拠もない」
「空っぽの記憶領域が頭脳部分に用意されている。
人間の脳に極めて近い学習機能を持った量子コンピュータを埋め込んであるから、始めは10%くらいの稼働に設定されているが、慣れていけばいずれ、高度な演算能力を駆使して、人間の脳を100%使いこなしている状態で肉体を持つことになる」
ナベシマは神妙な表情で、少し考えているような様子だった。それからディスプレイに映った唇を片方吊り上げた。
「よかろう。一度死んだ身だ。
この球体の肉体もまた、試作の段階。
いくつもの失敗作どもは、ここの兵として再利用しておる。
そこの運び屋は、エースコーポレーションのものだろう?
あの会社の技術力はわしも高く買っておる」
「あぁ、乗っているのはその大会社の総帥御本人だ」
アメノトリのコックピットで、アルが笑顔で手を振った。
「交渉成立だな」
「うむ。お前のたび重なる非礼も温情で不問としてやろう」
こうして荒々しい交渉は成立し、カルマ帝国と宙空都市アルス・マグナは同盟を組むこととなった。




