2.近くて遠い
砂嵐のような激しい雑音響く真っ暗な洞窟内に出たヨースケは、明るい場所から暗い場所へ移動したばかりで、目と耳がおかしくなったかと頭を抱えていた。
続いてイオリが背中にぶつかってくる。
「えっ、空の上じゃないのか?」
「いや、俺も同じことを考えていたとこだ……って、すべっ! うあ!」
「きゃあ!」
真っ暗な中、二人して縺れ合うように水の流れに飲まれてしまった。
上下も水面の所在もまるで分からず、互いの手の感触だけが頼りだった。
間もなく双方緊急オート機能が発動、空気の膜が二人を包んだ。
何とかはぐれずに済んだヨースケとイオリは、そのまま流れに身を任せるしか無かった。
そのうちに、流れが緩やかな場所に差し掛かり、岩に引っ掛かる形で停止した。
「生きてっかー?」
「ああ、死んでない。ここが三途の川じゃなきゃな」
明かりが全く無いのが辛かった。
「イオリ、アルがくれたファーとかいうやつは?」
「ないな」
「流されたか?」
「多分」
手探りで今体が水流に軽く押し付けられている岩場を横に辿って行けないか調べていた。
「アロー。ヨースケ調子はどう?」
明るいアルの声が聞こえてきた。
「ヤバい。周り全く見えねーとこで水に流された」
「ヘッドギアから聞こえてるのか?」
と、ヨースケとイオリ。
「そうだよ。今のところミシェルとユーキは空をファーで飛んでるよ」
「随分違う場所に出たもんだな」
ヨースケが呟いた。
「ちょっと待ってね。暗いなら……」
「グラス付けてますか? 自動で暗視モードになってるはずですよ」
別の声、女性の声が聞こえた。
「イリナさん?」
「はい。今開発の担当をしてますので、機能は全て把握しています」
「有難いねぇ」
ヨースケは早速、岩場から手が滑って流されないようにしながら、額あたりに上がっていたスマートグラスを下ろした。
イオリも同様にグラスを装着する。
「あー、すごい見える」
「だなー、あ! ファーあった。案外近くにあったんだな」
下流に向かって右手の方に上がることが出来そうな岸になった場所があって、二つのファーがそこに並んでいた。
整列機能でもあるのか、綺麗に同じ角度になって並べられたような状態だった。
「こちらで今確認しましたが、そちらの二機は、水上自動航行モードになっています。水に飲まれたとのことなので、こちらで遠隔操作しておきました。一定以上離れるとその状況に合わせて近くに移動するようにヘッドギアを含むシードセットにペアリングさせておきました」
イリナの説明を聞きながら、ヨースケは知らず知らずのうちに口がポカンと開いてしまっていた。
「すげぇな。っていうかシードセットってこのベルトとかのことか?」
「ええ、ベルト、リストバンド、ブーツ、スマートグラスの4つです。ヘッドギアはセットではなのですが、まぁそれは置いておきましょう」
「はぁ…」
ヨースケもイオリも、凄すぎて笑いが漏れてしまった。
「サポート助かるわ」
「それが私の役目ですので」
ヨースケの言葉にイリナは淡々と答えた。
水から上がった二人は羽根が引っ込んだままのファーに乗って、それぞれ上流に向かって発進した。
「出口は上流で合ってるのか?」
「何か明るい横路があるぞ」
幾つかの支流が合流してきているようで、イオリは流されてきたのとは違う方の分かれ道が気になったらしく、ヨースケに呼び掛けた。
水上航行だと翼は広げなくてもいいようで、サーッと静かな水音だけで進んでいく。
イオリが明るい方に向かって上っていき、ヨースケもそれに続く。
装備品の効果なのか、いつの間にか濡れていた服も乾いてきていた。
「これは……」
ヨースケはその明るさに一旦グラスを上に上げた。
「緑っぽい色の石?」
「いや、苔か何かが光ってんじゃねーか?」
イオリもグラスを上に引き上げ、肉眼で見ていた。
鍾乳石のようにも見える滑らかで透明感のある鉱石が、自ら光っているようだった。
横穴のようなものが見えたので水から上がり、ファーを持ちあげると少しコンパクトに折りたたまれたので、肩にかけてそちらへ向かった。
一応スマートグラスを下ろし、暗視モードの方がよく見えたので、足元を確認しながら洞窟を進んでいく。
「あ、横に溝みたいな手摺っぽいものがある」
「おう。俺も言おうと思ったとこだ」
足元の方は階段っぽいような形状になってきていた。
手摺を伝って、足元に気をつけながら先へと進む2人。
ふわっと冷気が降りて来た。
遠目にかなり明るい光が入っているのが見えて、そちらへと吸い寄せられるように向かって行った。
唐突に視界が開け、広大な空間に出た。
巨大なドーム型の建物を、内側から眺めているような内観で、途中まで観客席に見える段々が、縞状に見える。
外側にいくにつれて曲線が壁面、上部の天蓋へ向かっていく。壁と天井の境目があやふやだった。
2人が出て来きたところはそのドームの中央の部分。大きな亀裂を埋めるように凍りついた部分が広がり、そこにいくつもの氷筍が立ち並ぶ不思議な場所だった。
ちょうど氷の台座のような形状になった部分の一角が隠し通路のようになっていて、そこから出て来たのだった。
ユーキたちが時の坩堝と呼んだ場所と同じ場所だったが、2人にとっては全く未知の空間だった。
台座のような形の部分が気になって、ヨースケはよじ登ってみた。
「何か妙な線のあとがある」
前にユーキが魔方陣を描いたときワンドの筆圧が強かったのか、氷部分に痕が残っていた。
ジッとそこを凝視していると、ヨースケはまた足を滑らせてしまった。
「うわっ!」
その拍子に側にあった螺旋階段を半分は尻餅で落ちていった。
「大丈夫かー?」
上からイオリが覗いている。
「尻いてぇ」
「だろうな」
黄緑色に光る鉱石に囲まれた通路があり、その先に金属質に光るものがあった。
「あれ? サーテジェイブじゃん。ユーキに貸したままだったな。ユーキここに来たのか?」
ここで落としたと思ったのか、窪みに嵌め込まれていた、懐中時計型通信端末サーテジェイブをヨースケは手に取ってポケットにしまった。
◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
緑豊かな地表の一角、木の虚の部分に楕円形が浮かび、その次の瞬間、巻き毛の男の子が飛び出してきた。
背中には重火器のようなものを背負い、肩にはアルから受け取ったファーのハンドルの部分を引っ掛けている。
リトは周囲を見回していた。
「あれ? 誰もいない?」
先に行ったはずの4人がいない。
いつもより高いところに空が広がっている。
その遥か高みに、豆粒のような鳥が二羽じゃれ合うように翔んでいるのが見えた。
「何の道具を使っても、解除も出来ない」
前から持っているワンドを懐から取り出すが、通り抜けが出来る先は設定されている幾つかの場所のみ。
アルがやった移動とは理屈が丸っきり違うようだ。
「今いる場所が現実なのか、拡張なのかもわからないな。オイラこういうの1人って苦手なんだよね」
イオリの服でもつまんでれば良かったという言葉は飲み込んだ。
何かあの二人を邪魔しちゃいけない気がした。
「いつもミシェルに振り回されてるし、少し慎重に行こう」
おかれている現状把握。周囲の情報収集から始めることにした。
スマートグラスを装着し、必ず存在を確認する、情報収集や分析・解析機能の使い方を確認する。
周囲の岩石、樹木の材質や名前等が推測、確率も含めてリスト化されて表示される。
リストバンドの方も使用法や機能一覧をパネル表示で一通り確認、緊急機能や連動効果なども頭に入れた。
「へぇ、凄いな。パワードスーツみたいだ。試してみよう」
リトは近くにせり出した自分の背丈くらいの岩をロックオンした。
拳を握り、腕をぐるぐる回す。
ミシェルが先日一回ふざけて言った技の名前を言ってみる。
「あーんパンツ!」
鈍い当たり。
「痛い……。何の機能も発動させてなかった。それに名前も何か違った気がする」
「大丈夫?」
「うん、ちゃんと冷やすから大丈夫」
痛い拳を撫でながら普通に返事をしてハッと気付いた。
「えっ? 誰?!」
振り返るとベージュの革のコルセットを付けた赤いショートドレスの女の子がこちらを覗き込んでいた。
目が合った。
女の子は額に垂れた横髪を掻き上げる。
肩くらいに切り揃えられた、少しだけウェーブがかかった赤茶色の髪が、西にかなり傾いた日の光に照らされ、キラキラ光っている。
西陽に当たって頬はほんのりピンク。
口が渇く。
声がうまく出せない。
女の子を直視出来なくて目が泳ぐ。
リトは胸が締め付けられるのを感じた。
「ごめんなさい。私はソフィア。ソフィア・クリス・ハート」
「あ、あの、君はここに住んでるの?」
地上に住む人はほぼ、耳や尻尾、角などがあったり、手足かその他の部分に体毛があったりと、何か種族特有のものが見えるものたが、特に目立ったものはない。
天空に浮かぶ都市に、ユーキたちのように何も目立った特徴がない種族がいても不思議じゃないと、深読みしてリトは尋ねていた。
「いいえ。今はカンパネルラ学院中等部の寮に住んでいるわ。あなたこそここの住人の方? ……ではなさそうね」
ソフィアがサラサラと答えたのはリトにとっては意外な内容だった。
「うん。オイラはリトル・サ・ゴジョー。リトでいいよ」
実はここのところ拠点にしていた付近に、身近にいた人だとは知り、動揺を誤魔化しながら普通に続ける。
「リト君ね。あの……こんなことを聞くのも変な話なんだけど、ここは何処かしら?」
「えっ? ここは宙空都市アルス・マグナだそうだよ。そういえば、君はどうやってここに?」
今度はリトが尋ねる。
ソフィアは目を丸くして、周囲を見回した。
「リゼット様たちの小型挺にこっそり乗ってサルフィムに来たつもりだったのだけれど、壁に不思議な丸い絵があったので触ってみたの」
「壁の道に入っちゃったわけか。帰りの道は……消えちゃってるね。じゃあ、帰るまでオイラから離れないでおいて」
「わかったわ。そうするしかなさそうね」
何だか張り切っているリトを見て、小さく笑うソフィア。
オイラがこの子を守らなきゃ! そんな使命感に目覚めた勇者リト。二人の大冒険がささやかに始まったのであった。




