4.不時着
俺とイーロンとサーシャの3人は、狐男の豪邸から脱走したあと、人通りの多い場所を 避けて、できる限り町から遠ざかった。
ここはコクチョウ市というらしい。
サーシャが数少ない服を上下分けてくれて、何とか外を歩ける格好になった。
頭に電撃が走ったような衝撃があった。
服を手渡された時だった。
サーシャのものと思われる記憶の断片的が、頭に流れ込んできた。
割れた窓、開け放たれた扉。
この服を最後に着た時の映像なのか、サーシャとよく似た赤髪の少女と、ほとんどヤモリか何かという顔の少年がこちらを追いすがるようにしながら泣きながら叫んでいる。
二人とも爬虫類っぽい尻尾が付いていて、少女の方は目の瞳孔が縦長になっていた。
更に、額と前髪の境あたりにはもう一つ、目のような形の縦長の傷のようなものがあった。
サーシャはガラの悪い誰かに手を無理やり引っ張られながら、家族と思われる二人に向けて何か叫んでいた。
そこで映像は唐突に途切れた。
断片的過ぎて状況はわからなかったが、辛い何かがあったことだけは察することが出来た。
「残存思念? サイコメトリーか?」
超能力の一種として聞いたことがあった。
何をどう読み取っているのか自分でもよくわからないが、無意識下で脳が、物に宿るあらゆる情報を元に演算しているのだろうと何となく考えた。
湿度の変化から雨の予測をするような要領だ。
意識の向け方や、集中の仕方にもよるが、周囲で次に起きることが脳内で何通りも同時にシミュレーション出来てしまう。
俺は頭を蹴られ過ぎて何処かイカれてしまったのかもしれない。
見ようと思えば可視光範囲を拡げることまで出来てしまうし、電波の筋を視覚的に感じることも出来るようだ。
ただ、問題はとにかく頭が痛い。
コクチョウ市からいくつか都市を跨いで、多分2、3都市は移動した。
方向感覚が的確なサーシャに従って、東に東に向かっていく。
イーロンは口が上手く、情報を仕入れるのが上手かった。
「今いるところがコクチョウ市から3市ほど東側に移動したところにあるツグミ市で、少し北に行くと司法の都市シダイ地区だね」
サーシャが解説してくる。
まずは豪邸から持ち出した貴金属類を売り払った。
店の奴には胡散臭げに見られたが、構っていられない。
イーロンは商店で買った飲み物をいくつか抱えながら、通りすがりのターバンを巻いたおばちゃんと話をしていた。
「落とされました?」
足元にネギっぽい野菜が一つ落ちていたのを拾って普通に声をかけるイーロン。
「あらやだ、ごめんなさいねぇ」
「いえいえ。これは何ていう野菜なんですか?」
「あなたよそからきたのねぇ。これはこのあたりの特産の野菜でシルフと言って、だいたい刻んで使うのよ」
「あれですかね? 麺類とかの上に乗せたりですか?」
「そうそう。炒めてもいいし、煮込んで食べても甘くて美味しいわ」
手振り身振りも入れて気さくに話すイーロン。
おばちゃんもいい具合に喋り相手が出来たとばかりにニコニコと細かく教えてくれた。
「そうなんですねー。僕の地元ではネギっていう似た野菜があってですね、やっぱり同じように刻んで使ったりするんですよ」
「あら、ネギ? シラキ地方の方かしら?」
シラキ地方はキジ市とコクチョウ市の境あたりの古い地名だ。
「そうですね。あの辺はネギ、タマネギ、長ネギとかばっかりなんです」
「あらあら。あのあたりは今ちょっと怖い話もあるみたいね」
「そうなんですか? 離れてからずいぶん経つから、残してきた親父の様子を見に行こうかと思ってたとこなんですよ」
父親を残してきてるなど初耳だ。
「今国がこんなんでしょ? 軍の中枢、シラキ基地あたりで怪しい動きがあるとか、情報通のタナカさんの奥さんが言ってたわ」
タナカさん? 誰だ?
「うわー、怖いですねー。早速親父に連絡とってみますよ」
「何事もなければいいわねー」
「有難うございます」
「いえいえこちらこそ。気を付けてねぇ」
イーロンは昔何をやっていたのだろうか?
飲み物をサーシャと俺に手渡してくれた。
やはり何かに触れるとその記憶が断片的に入ってくる。
バチッと静電気が走ったような感覚の中、ボトルを商品の陳列棚に並べる冷蔵庫内の様子が流れてきた。
凄くどうでもいい情報だった。
「イーロンはどうしてあの屋敷で使われてたんだ?」
素朴な疑問を投げ掛けてみた。
「ああ、僕は友人に騙されて、借金のカタに売られたんだよ」
サラッと教えてくれた。
「サーシャは?」
「親が最低でね、飲んだくれて賭け事にハマって、末っ子の俺が売られたんだ」
少し暗い顔で答えるサーシャ。
「兄弟とかいるのか?」
「兄と姉がいる。二人とも無事だといいんだけどね」
「ごめん、二人とも嫌なこと聞いたな」
俺はいたたまれなくなって素直に謝った。
「いやいや、大丈夫だよ。ユーキと比べれば大したことはないさ。稀少種のユーキはもっと大変だったろう」
「俺は記憶があやふやなんだ。気付いたら路地裏でチンピラにボコボコにされてて、死にかけてたはずが、何だかわからないうちにあの屋敷にいた」
あやふやな記憶の中に、金髪の少女の姿がぼんやりと浮かんだ。
誰だっけ?
思い出そうとすると、また激しい頭痛に悩まされた。
◇ ◇ ◇
金色に輝く長い髪はねじり編みにしてあり、羽付きの髪飾りで結ばれている。
その美しい髪は向かい風で後ろに靡いていた。
目はキツく閉じられ、遥か下方に見える地面に向かって落ちていく。
届かない。
掴もうとした手が宙を掻く。
浮遊感に続く落下感、激しい頭痛、ビクッという痙攣と共にユーキは目を覚ました。
激しい鼓動に驚きながら飛び起き、よりリアルな浮遊感に続いて、次の瞬間激突の痛みを全身に感じた。
「いってー……」
ユーキは痛む体を起こしながら、周囲を見回した。白い壁紙の質素な部屋で、窓はあるが、扉らしいものがなかった。
どうやらパイプベッドから落ちたらしい。
壁をすり抜けて、夢に出てきた金髪の少女が姿を現した。
不意打ちだったのでそれでも驚いて、体がまたビクッとなった。
「あ、やっと起きたんだねー」
抜け落ちた記憶がだんだんハッキリしてきた。
「ああ、ミシェルか」
続いてその後ろから、御条先生とリト、ヨースケが次々と入ってきた。
「生きてるみてーだな」
ヨースケはニヤリと笑った。
後ろから御条先生がヨースケの頭を殴った。
「3日も起きないから、さっきまでユーキがまだ起きねーとか言って、落ち着かなかったくせに」
「良かったー。大きな音がしたから驚いて見に来たんだよ」
リトが今の状況を説明してくれた。
「えーっと、3日も?! って、それはそうと、ヨースケと御条先生こんな仲良かったっけ?」
3日も寝ていたことに驚きつつも、ユーキは違和感のある光景を見て不思議そうに尋ねる。
「あー、そこはあれだ。説明すると長くなるんだが、俺にとっては御条先生でもあり、娘のイオリでもあるんだ」
「さっぱりわからん」
そう言ったあと、ユーキは御条先生の胸ポケットのペンのようなものに目がいった。
「それ、見ていいっすか?」
「ん? ああ、いいぞ」
御条先生はポケットから抜き取って手渡してくれた。
万年筆だ。
青地に銀河系の星が散りばめられたようなもので、ユーキには見覚えがあった。
「これは何処で?」
「これは死んだ父親の形見なんだ。色々なことがあったが、不思議と失くすことなくずっと持っている」
「もしかして、亡くなったのは黒い大型トレーラーの交差点での事故だったりします?」
御条先生は怪訝な顔になった。
「何故それを知っている?」
「俺が病院に運んだ女の子、先生だったのかも」
「まさか」
「これとよく似た万年筆を、息絶えた親父さんの胸元から抜いて、瀕死の女の子に持たせて、それから懐中時計型の端末使って転移したんだ」
その後の出来事については自分でもまだややこしくて整理出来ていなかったから、時の坩堝で老紳士に言われるままに行動した結果、病院に連れていったということだけ伝えた。
「鹿川君が命の恩人だったとは…」
確信は出来ないと付け加えたが、御条先生はなんとも言えない困惑気味な表情をしていた。
「そして、教え子が育ての親と…」
バコン! と頭を殴られるヨースケ。
「仲いいねぇ」
ミシェルもニヤニヤしていた。
「そういえば爺さん……じゃなかった、竜胆先生と桐葉さんとうちの母さんは?」
「わしゃここじゃよ」
小さな爺さんが顔を出した。
少し遅れて入って来たようだ。
「優樹呼んだ?」
母さんと桐葉さんが部屋に入ってきた。
肩さんは肩に、桐葉さんは太腿に包帯を巻いているのが見える。
そう言えばこの広い部屋は病室か?
「流石に私まで入るのは狭そうですので、ホログラムで失礼しますね」
声が響いたかと思うと、何処から投影されているのか、ベッドの近くに車椅子に乗った老婆が現れた。
「まずは、寝起きのあなたには、ここが何処なのかということから話さねばなりませんね」
確かにユーキはミシェルとふたり空に放り出されて、その後気を失ったような記憶があった。
「ここはカンパネルラ学院の別棟の一角です。いくつかあるうちの一つを緊急用小型飛空挺としてありました。更に、全世界に展開された飛空要塞の一つを、出現して間もなく奪取した知り合いがいまして、その要塞に、停泊している状態です」
どんな知り合いだよ。
「上空から落下していたあなた方二人を、空中で確保したのはヨースケさんたちです。たまたま落下地点近くを通りかかったのはあなた方の強運のなせるわざなのでしょう」
「ヨースケに助けられたんだな。有難う」
「へっ。何か奢れよ」
「カツ丼奢るわ」
「何でカツ丼なんだよ」
「この世界でどこにもないから作るんだよ」
「単純に自分が食いたいんだな?」
「まぁ、それもある」
「わしも食いたいのぅ」
「了解です」
ダシ、醤油、肉、パン粉の確保からだ。
何だか話が妙な方向に向かい始めたが、まずはクリス救出が先決だ。
相手は自分自身だが、一筋縄ではいかない異様な相手だった。
自分自身なだけに、どの手も読まれそうな不安を覚える。
ユーキは他の知恵を借りつつ、じっくり作戦を練る必要性を感じていた。




