2.カンパネルラ学院
「ヨースケー!」
「なんだ?」
俺はシラサギの通りの一角で、路上販売をやっていた。
発着場があったハト市と同じく、蒸気機関が目立つ街だった。
工業団地を思わせる、配管の束に大小様々なタンク状の設備。
もちろんそれだけじゃなく、風力を利用したウインドタワーや輝光石駆動の乗り物や設備も数多く存在した。
都道府県に近い自治区が大まかに分けて32市区あって、ハト市はちょうど国の真ん中あたり、シラサギ市は西側の端の方の大都市だった。
ハト市の近隣には中心都市で、国会議事堂があるロクハラ地区、国家最高裁判所があるジョウキョウ地区、首脳官邸があるシダイ地区はそれぞれ大規模な三大都市と言われるらしい。
他にも東のコクチョウ市、タカ市など、いくつか主要都市が点在する。
サルファーによると、アルに聞いたダァフゥオはここの国民からすると聞きなれない呼び名らしく、この国の住民は自国のことを、『ミズホ』、『ミズホ国』、『ミズホの国』と呼ぶようだ。
日本は島国だが、ここミズホは大陸と繋がっていて、更に西側に向かうと他国と隣接している市があるらしい。
「腹減った」
「じゃあちょっと店番しててくれ」
アルから貰ったサーテジェイブの時計を見ると、既に昼過ぎだった。
確かに腹も減るか。
俺は向かいに店を構えた軽食店で、ホットドッグと飲み物を買ってきた。
俺は再び焦げ茶色と白の八割れ犬の顔に戻っていた。
サルファーのトライクでこの街に送り届けて貰ってから既に2週間ほど経っていた。
アルから連絡きて、
「迎えいく? こっちに避難しておいたら?」
と、有難い申し出もあったが、俺は誰かに養われるのは性に合わないと言って断った。
どうしても頼っちまうだろう。
そのうちあの保護区に行くのも悪くないと思いつつ、安定した稼ぎを得なければアルから預かった資金も底をつくし、イオリを食わせるのも出来なくなってくる。
そんなカッコ悪い姿を見せるのも癪だった。
俺の頑固さに折れたアルは、ドローンを使って資金以外の色んな物を新しく送ってくれた。
今回の被り物は、衝撃吸収や硬化の機能がついているらしい。
フィンガーレスグローブとブーツも新調してくれて、ブーツには脚力を補助してくれる機能付きだ。
ベルトにも何とかっていう電磁波か高周波みたいな、とにかく波状のものを発生させる装置がついてるとかで、護身用にはなるだろうということだった。
パワードスーツを見にまとったヒーローになった気分だ。
だが、これでようやく、ここの世界の普通レベルに満たないかもしれない。
俺は射撃と仕込み杖を実践的に使いこなす練習を、日課としてやることにした。
更にアルは、追加でイオリの分も用意してくれていた。
今イオリには、黒い猫耳がついている。
自前の耳を通気性のある黒い毛皮でヘッドフォン状に覆い、上に突き出た感じになっている。
聴覚補助機能がついているらしい。
おまけに高性能モノクルも一緒に送ってくれた。
「至れり尽くせりだな。早く稼いで返さねーと」
「ヨースケー」
「おう! 買ってきたぞ」
両手にホットドッグ二つずつと飲み物二つで、結構かさばる。
「全部売れたぞ!」
「はぁ?!」
まだ半分以上残ってたぞ。
野郎が売るより子どもが売る方が売れるのか……。
ちなみに路上で売ってるのは、針金細工だ。
中学の時に技術の授業中、ハンダをいじって遊んでて、自転車作ってたら怒られた。
「凄いんだ。凄いんだがな……。今はハンダ付けの時間だからな」
ごもっともな話だが、今針金を安く買って、先が細いペンチを使って自転車や花、孔雀なんかを作ったら、道行く人が食いついて見ていく。
今ハンダ付けは役に立ってないが、あの時の無駄な遊びが役に立ってる。
ちょっとずつ改良を加えて、シーソーや、風見鶏も作ってみた。
観覧車を作ってみると、
「これなに?」
と、子どもが食い付き親が買っていってくれたりもした。
単価は小さなものだが、なかなかの収入になりつつあった。
「ありがとー」
「どういたしまして。お嬢ちゃん偉いわね~。お父ちゃんのお手伝い?」
日傘を差していつもニコニコしたお客の婆さんに気に入られたようで、イオリはよく話しかけられていた。
「いつもすみませんねー。お客さんこのあたりに住んでらっしゃるんすか?」
「いえいえ。ここの近くが仕事場なのよ」
コロコロと上品な笑いを上げる婆さん。
「何の仕事?」
イオリが興味を持ったようで、婆さんに尋ねた。
「学校よ。あなたみたいな子どもたちがたくさん通ってるわ」
「学校?!」
イオリは俺の方を見た。
目が輝いている。そうだよな。ホントだったら小学校通ってるような年だもんな。
やべぇな。盲点だった! 俺、もしかして教育義務違反だった?
「興味あるかしら? 招待しましょうか」
婆さんは嬉しそうに提案してくれた。
「あのー、ありがてーんだが、稼ぎ少なくても入れたりするんすか?」
ちょっと情けなさは感じたが、正直不安もあったから聞いといた。
「そこは心配ないわ。義務教育期間は国が全額支援……だったのだけど、今こんな状況でしょう? だから少しだけ月謝をいただいてるのよ」
「あ~。ちなみにいかほど……?」
何か、ゲスい交渉をしているような気分になってきた。
「毎月ではなく年に一度だけ。年収の1%ね」
ん? それは安いのか? 高いのか?
確か1年は12ヶ月だが、1ヶ月が60日ほど。俺の普通だとここの1年は2年分に相当する。
更に年収300万円とすると、1%は3万円。それを24ヶ月で割ると、1,250円。
安くないか?
「今ね、ちょうど工作を教えてくれる教師をさがしているのよ。もし良かったら、あなたが教鞭をとってくださらないかしら? そうすれば、月謝は免除でお給料もお出しできるのだけど」
「えっ。俺教員免許なんか持ってないっすよ」
「それは、採用試験で試させていただくから、心配いらないわ」
優しくニコニコ笑いながら、ペースは婆さんに持っていかれていた気がした。
旨すぎる。棚ぼた的な感じたが、大丈夫だろうか?
悪い婆さんには見えねぇ。
安定した収入のチャンスかもしれねー。
ここは騙されたと思って乗ってみるか。
「わかった。その話乗らせてくれ」
元々笑顔だったが、婆さんは、いっそうほころんだような柔らかい表情になった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね」
「そういやそうっすね。俺は、ヨースケ・アル・ヒ・フレームアウトっす」
「わたくしは、リゼット・ラ・カンパネルラどうぞ宜しくね」
手を差し出された。
あ、握手か。
「宜しくっす」
「ヨースケ? おれ、学校行けるのか?」
「おう。って、もうおれとか言わなくていいんだぞ」
「うん!」
ぴょんと嬉しそうに跳ねたイオリの胸元から、万年筆が飛び出した。
「あら、綺麗な万年筆だこと」
地面に転がったそれを、リゼットが拾った。
青地に夜空のような星が銀河のように散りばめられた、見事な逸品だった。
「ありがとー」
イオリはリゼットから受けとると、大事そうに胸のポケットにしまい込んだ。
さて、予想外の展開だな。
忙しくなりそうだ。
◇ ◇ ◇
学業の始まりに決まった時期は無いらしく、個々の進度を基準にするため、学年という概念も無い。
月に一度、新入生がいれば歓迎行事を行うことになっているらしい。
大体月の初めに入学することがほとんどらしく、毎月数人は新入生がいるとのことだ。
卒業式は、必要単位を修了した児童を対象に、年に二回行われる。
というわけで、わが養女イオリ・アル・ヒ・フレームアウト。略してイオリ・A・フレームアウトは、今日から学校に通うことになった。
俺も思いがけず、17歳にして学校の教師なんていうものになってしまった。既に9歳になったイオリの年を考えて、27歳ということにしておいた。
ちなみに誕生日がわかんねーから、初めて会った日を誕生日にした。
8歳で出来た子どもってのはあまりに苦しすぎる。
今まで男の子のふりをしていたのは、前にどこかの本で読んで覚えた変質者対策だったらしく、頑張って男の子口調や、粗暴なキャラクターを演じていたようだ。
俺をやたら殴るのは変わってない気はするが、選ぶ服や言動が、ほんの少し女の子になってきていた。
今日は、フリルドレスシャツに、レザーコルセット、綿パンにファニーパックをツーベルトで繋いで身に付けていた。
今回入学にあたって新たに購入したチェックのリュックを背負って、目がウキウキしているのが初々しい。
スリなんて続けて変なのに拐われなくて良かったわ。
俺は工作の専門講師として、非常勤だが教職員の肩書きを得た。
試験は、お題を出され、時間内に好きな材料で3パターンの作品を完成させるものだった。
俺は全てを出しきった!
粘土と竹ひごと、針金で、『白鳥の湖』を完成させた。
『白鳥』ならわかるが、『湖』付くと大混乱だった。
まぁ、インスピレーションってやつだな!
見事合格だった。
学校に通えるのが相当嬉しいようで、朝からハイテンションなイオリと一緒に登校し、また授業でということで別行動になった。
俺は教員たちに紹介され、あの婆さんが、実はここの経営者だと知って驚いた。
カンパネルラ学院理事長リゼット・ラ・カンパネルラ。
このミズホの国最大の衛星都市シラサギで最も大きな学院の、トップの目に道端でとまるとは、何でもやってみるもんだ。
一応席があるんだが、職員室ってのはあんまり得意じゃなくて、基本工作室か屋上が住み家のようになった。
準備で数日いただき、授業初日。
初めて子どもたちを前にした。
「ヨースケ・アル・ヒ・フレームアウトだ。宜しく!」
長いのはめんどかったから、自己紹介は一言にした。
興味あるやつは聞いてくるだろう。
「早速作品作りに入りたいところだが、まず最初にやることは、想像力を養うことだ。本日は近くの公園に行こうと思う!」
「えー。それ、工作関係ないじゃん!」
あ、やっぱり言うやついたか。
「まずは遊びながら、色んなものを見てもらう。そうすることで、想像力が刺激されるんだ」
「ヨースケ、どこの公園いくんだ?」
イオリは、ヤル気満々で一番前の席にいた。
「こら、ここでは先生と呼ぶように」
少し笑い声が上がる。
一応イオリと俺は親子だという話は伝わっている。
何の問題もないとのことだった。
日本だったらうるさそうだよな。
ぶっちゃけ教師なんて、絶対縁の無い職業だと思ってた。
加治先生や御条先生、元気してっかなー。
あと、誰だっけ。秀吉……何秀吉だっけ? まぁいいや。
「このあたりで一番近くにあるシラウメ公園だ。林があって、ここだけで一日遊んで暮らせる!」
「働けにーと。」
ん? イオリが何か俺をディスってるような。
何でニートって言葉知ってるんだ? 俺が寝ぼけて口走ったか?
いや俺、今働いてるから。




