2.思いがけない名前
私の重い施錠をまんまと外してくれた鳥人兵は、仮想施錠を既に施しているつもりだったようで、私は後ろ手に拘束されているふりをしていた。
「おら、こっちこい」
銃を突き付けながら、開いた出口まで、私を引きずっていこうとしていた。
空気を読んで、リトたちは「うぅ……」とか唸っているだけだ。
一人は外に出て、一人は銃口の向きがリトたちや私から逸れた。
今だ!
後ろ手に拘束されてる風にしていた両手で鳥人兵の銃口をもう一人の足の方に向けると、異変に気付いたその兵が、予想通り咄嗟に発砲してくれた。
「ぐはっ!」
外側の兵が倒れる。
撃たされた兵が慌てて銃口をこっちに向けようとしたので、両手で銃身をクルリと捻って、後ろ手に捻り上げる間接技に持ち込み、「いててっ」となったところで足を払って投げ飛ばした。
「うぐぐっ」
牢の外で、足を撃たれて倒れた兵の方が、呻きながら取り落とした銃に手を伸ばしたから、奪い取った銃で一発撃って、転がっていた銃を遠くに弾き飛ばした。
投げ飛ばされた方は、見事に伸びている。
「グッジョブ」
「油断大敵だね」
ひっくり返ったままだったヨースケさんと、リトが嬉しそうに感想を一言ずつ言った。
「銃声聞いた他のやつらが来る前にトンズラだ! セリムとかいう幹部は、ミシェルの特性を知っていたが、末端までは伝わってなかったということだな」
「まぁ、仮想施錠の方が簡単で一般的だしね」
「うん! よし、外れたよ」
鳥人兵さんたちが、ご丁寧に鍵まで持っていてくれたから、ヨースケさんとリトの手錠を外すことが出来た。
投げ飛ばすあたりからここまで、まだ1分経ってないはず。
まずは脱出!
「ミシェル! こっちに端末くれ」
「はい!」
私はヨースケさんに携帯端末を手渡した。
慣れた手つきで端末を操作するヨースケさん。
パネルを何個か開いて、手早く操作する。
画面が消えては新しく開き、文字列が表示されては消える。
「くっそ! 位置情報システムも通信システムも全て妨害されてる!」
身を屈めて廊下を足早に歩きながら、ヨースケさんは舌打ちをした。
「どういうこと?」
リトも早歩きしながら尋ねた。
「ジャマーか何か使って、ここの建造物を覆っているんだろう」
「電波じゃない方でいくか」
この通信手段持ってる奴がいねーんだよなぁというぼやきが聞こえたけど、電波じゃなかったら何だろう?
光?
衛星通信?
そういえば衛星ってあるの?
ヨースケさんは、歩きスマホじゃなく、歩き……なんだろ? で、たまに壁にぶつかりながら、リトと私についてきていた。
仕方ないから、リトと私は、時々出くわす見張りや巡回の鳥人兵を、先手必勝で打ちのめして足止めしながら、ヨースケさんと
リトが乗ってきたという偵察挺の隠し場所へ向かって急いでいた。
「何であの、セリムとかいうのと出くわさないのかな?」
私はふとした疑問を投げ掛ける。
「俺らが撃った時の流れ弾が、何か大事なやつに当たって壊れたとかで、メチャクチャ焦ってたから、そっちに気を取られてるんじゃね?」
「流れ弾っていうか、擬似反粒子砲でしょ? 特注品の破壊力おかしいやつだから」
リトがまた知らない名前を出してきた。
「っていうか、あれ取り返さないとやべーじゃん!」
ヨースケさんが足を止めた。
「お前ら先に偵察挺乗ってろ! すぐ合流すっから!」
「ちょっと! ヨースケさん一人じゃ危ないよ!」
振り返って見るともういない。
「相変わらずヨースケはすぐいなくなるなぁ」
リトがぼやいた。
レーザーでこじ開けた、人一人通れるけらいの小さな穴を出ると、建物の裏手らしい場所に出た。
その後、難なく偵察挺には到着し、すぐにでも脱出は可能な状態になった。
私にはただ崖っぷちの壁面に危なっかしくアームで固定して張り付いているように見えたけれど、他の人たちには巧妙な迷彩か、全く別のものに見えるようで、何だか不思議な幻術をかけてあるような印象を持った。
規模としては小さな拠点だったようで、崖の側面からかなり深く掘って何層も重ねたように見えるけれど、やっぱり普通の人からは何もない崖の斜面に見えるらしい。
私は下層の牢獄フロアに閉じ込められていたってことだったらしい。
「様子見に行かなくていいかな?」
また捕まってるかもしれない。
私は心配になってきていた。
バスッ バスバスッ!
遠くから渇いた銃声のような音と、ヨースケさんの叫ぶ声が聞こえてくる。
「おらー! どけどけー!」
偵察挺から、壁面の一部が内側から吹き飛ぶのが見えた。
窓ガラスっぽいものが張られている崖に面した通路を猛スピードで走っているヨースケさんが見えてきた。
ブーツにローラーか何か付いているのか、ヨースケさんは滑るように走ってくる。
両手に銃を持ち、正確に追っ手の肩や足を撃ち抜いていた。
「よし、途中の壁を壊して飛びながらヨースケを拾うよ!」
リトがそう叫んだ直後、
「そこまでです」
挺内の狭いコックピットで、セリムがリトのこめかみに後ろから銃を突き付けていた。
「くっ!」
動けず悔しそうな表情のリト。
「あなた、一体何がしたいの?!」
私は叫んだ。
「私は主の命により、動いているに過ぎません。主はあなたを望んでおられる。クリスティーナ・タチムラとして、我が主の元へ来ていただく。ヨースケは後回しでいいそうです」
「あなたの主って、誰なの?! 何でその名前を知ってるの?!」
そういえばクリスティンジール帝国とか言ってた。
埋没してもらうとか言ってたし、何やろうとしてるんだろう。
セリムは黒いゴーグルを装着し、大きく黒い翼を広げた。
「ユーキ・ディアフルス。偉大なるディアフルス博士ですよ」
思いがけない名前が出てきて、私もリトも、かなり驚いていた。
「何ですって?」
何かの聞き間違いかと思って、私は聞き返した。
「ユーキ・ディアフルス博士。最先端仮想現実理論と量子論の融合を実現し、脳生理科学における※クオリアの研究を完成の域に高めている偉大なる天才科学者です」
何か凄いことだけはわかった。
確か、私の封印だったかを解いた人……でいいんだよね?
「博士が、オイラたちに武器を向けることを許すなんて、あり得ない!」
リトが反論する。
「その通りだ!」
バスッ!
リトのこめかみに当てられていた銃が弾かれ、床に転がる。
セリムが腕を抑えるけれど、ゴーグルで苦悶の表情もわかりづらい。
コックピットの入口側から放たれたヨースケさんの銃弾で側方の窓が割れ、続けて二丁の銃での絶え間ない連射により、セリムは挺外へと弾き出された。
「鳥人は丈夫だから、俺の空気銃程度では怪我もしねーんだよな。あばよ! っていうか、俺はディアフルス博士とは結局会ってねーんだよな」
「聞きたいことがあって、リトと嬢ちゃんと俺と3人でラボに行ったら、置き手紙と共に蒸発してたからな」
操舵席の一つへ飛び乗ったヨースケさんは、足で操縦しながら、リトのおしりを叩いてもう一つの操舵席に座らせた。
「よし、全速前進! このまま一度、タカにある本部じゃなく、シラサギの隠れ家に身を潜める」
偵察挺はほぼ無音で浮上し、ヨースケさんによるギアのアナログ操作と同時に発進した。
「これはパネル操作じゃないんだね」
「うん。パネル操作でも色々出来ることあるけど、発着に関しては大昔に誤作動が多かったらしくて、あえてアナログにしてあるらしいよ」
疑問にリトが答えてくれた。
「なるほどね。それで、博士に聞きたかったことって?」
「こいつのことだよ」
ヨースケさんは、懐中時計型の携帯端末を取り出した。
「サーテジェイブというらしい。俺のは友人に貰った特注品で、他には同じものがないらしいんだが……」
「そういえば、博士も全く同じもの持ってたね」
リトがヨースケさんに答えた。
「そうなんだ」
私は記憶がないから何とも言えない。
「その友人がもう一つ特注してたとか」
「他で見たことねぇんだが、可能性が無くはねーか」
しぶしぶ納得するヨースケさん。
「そう言えば、あの鳥野郎のゴーグル着けた姿どっかで見たことあるような」
私はよく眼鏡のスイッチをオフにしてるから、たまにはと思ってオンにしようとして、眼鏡をかけてないことに気が付いた。
「あっ、眼鏡取り返すの忘れて来ちゃった!」
「あるよ。これスペア」
「何でリトが持ってるの?」
当たり前にポシェットから出して渡してきたから、流石にツッコミを入れた。
「博士がミシェルなら消耗品になるよなとか言って、沢山作ってたよ。オイラはそれしか持ってなかったけど、ラボに帰れば段ボール一箱分くらいはあるかも」
「なっ……、そんなに壊すと思われてたんだ」
博士って、あたしをそんなそこつ者だと思ってたのかな?
「実際軽く一箱分は壊してるからね」
あ~。自覚無かっただけだね。
記憶にないけど、博士、ごめんなさい。
「何かお父さんかお爺ちゃんみたいな感じだったんだね」
ニコニコと私たちが頑張ってるのを縁側で見守ってくれてるイメージが頭に浮かんだ。
「えっ? ミシェルとあまり年変わらないって言ってたよ」
「マジか! 俺も爺さんだと思ってた!」
意外な事実を知ったのは、私だけではなかったらしい。
◇ ◇ ◇
ビクトリア王朝の、宮廷の玉座の間を思わせるきらびやかな明るい謁見室。
緑を基調とした壁紙に、金銀のモチーフをふんだんに使って描かれた優美な天井絵画。
豪華な赤い絨毯が敷かれた両側には、鷹、鷲、トンビといった、猛禽類の鳥人たちとそれぞれの特徴を併せ持つ半鳥人の一団。
反対側には主に爬虫類や両生類の身体的特徴をもつ半獣人の一団がいて、お互いに睨み合っていた。
「それで、私のクリスティーナは連れていかれてしまったというわけだね」
「はっ、追っ手は来れぬよう、あらゆる妨害装置を設置していたのですが、どういうわけか、拠点に侵入され、一度は全員牢に閉じ込めたのですが……」
正面の玉座には、王冠を手の上でもてあそぶ青年。白いドレスシャツに焦げ茶色のストライプベストを身に付け、胸元には青地のパフネクタイ、上には敢えて左右不揃いにしたようなマントコートを身につけていた。
玉座の横には鳥をモチーフにした鋭い嘴の杖か置かれていた。
数段下で対面してひれ伏していたのは、黒い鳥人、クラバロウ・セリム・ブラスト。
クリスティンジール帝国の事務次官を名乗っていた男だ。
「クリスティーナを妃に迎えると同時に、このロクハラを拠点とした建国の声明を出す予定が、随分狂ってしまった。この不始末、どうしてくれるのかな?」
優しげな細い目を更に細め、ニコニコしているように見えるが、言葉には有無を言わせぬ冷ややかな響きがあった。
左まぶたの下には、小さなほくろが一つ。
ひれ伏すセリムは、種族としての体質上見えないが、脂汗が流れ続けていてもおかしくない狼狽えっぷりだった。
「今一度! 今一度だけ私に挽回の機会をお与え戴きたく存じ上げます! 陛下! 何卒!」
必死だった。
「ちょっと顔を上げて」
ごく普通のトーンで、玉座の青年が言った。
「はっ」
ヒュン!
何かがセリムの頬のあたりをかすめた。
顔を上げたセリムの左側の頬を何かが伝う。
「ぎゃー!!」
一瞬遅れてセリムが顔を押さえて叫びだした。
悶絶して転がり回る。
玉座にいたはずの青年は、数段下の、赤い絨毯の上にいた。鋭い嘴の杖を横凪ぎに払ったような構えになっていた。
杖は仕込み杖になっていて、鞘となっている柄から抜くと、細いレイピアになっていた。
「次は右ね」
左目を斬られ、痛みに堪えながら何とか姿勢を立て直したセリムを一瞥して、誰にともなく指示を下した。
「そこのカラスに情けとしてスコープを与えよう。隻眼のため失敗しましたなどと言われては寝覚めが悪いからね」
「はっ。ただいま用意させます」
爬虫類陣営から、ヤモリのようなギョロっとした目の者が進み出た。
ダークチェリーのような色味のシルクハットに魚眼レンズのようなものが嵌まったゴーグルが3つほど巻かれている。
こちらも内側には薄桃色のドレスシャツに赤いパフネクタイ。
ダークチェリー色のダブルブレストベストの上から黒い燕尾オーバーコートを着ていた。
「あぁ、リグーリア、あとはお願いね」
優顔の青年は懐紙を取り出すと、レイピアの先端を拭う。
リグーリアと呼ばれたヤモリ顔は、恭しく跪いた。
※クオリア:クオリアとは、ラテン語 qualiaで、単数形は a quale であり、我々が意識的に主観的に感じたり経験したりする「質」のことを指す。日本語では感覚質とも呼ばれる。(Wikipediaより)




