9、前世の記憶
9、前世の記憶
『うふふふ、嫌だ死神だなんて』
一瞬、頭の中に女の声が聞こえた。
「誰だ?」
「すみません……私です」
後ろを振り替えると、コップを持ったトパーズがいた。
「お前と違う」
「は?いえ、後ろにいたのは私ですけど……」
声が全然違う。トパーズの声じゃない。
「もしかしてと思い、さっきのジュースに思い出し草のエキスを入れてみたんです」
「思い出し草のエキス?そのせいでさっきの声が聞こえたんか?」
「そうですね。何か思い出し草?」
うわぁ……ここでダジャレ……。
「寒っ」
「ホットジュースをもう一杯いかがですか?」
「いらんわ!」
すると、トパーズは持っていたコップを庭にあったテーブルに置いて、その側の椅子に座った。
「私には前世の記憶があるんですよ。聞いたら、リーリアさんにも少しあるんですって」
「リーリアに前世の記憶?俺にはそんなもんないな」
「今は私、その研究をしているんです」
トパーズは前世の記憶のある人々に話を聞き、ある結論にたどり着いた。
「私達はこのゲームで失った冒険者の魂を元に生まれたキャラクターなのではないかという事です」
「前世の記憶があるやつは冒険者の生まれ変わりって事か?」
「前世の記憶は皆さん一様に異世界での生活でした。ここでの異世界、それは冒険者の来た現実世界の事ではないでしょうか?」
じゃあ…………もしあの、トムという男が悠希の生まれ変わりなら…………
悠希であって悠希ではない。
できれはそう思いたかった。
トパーズが言うには、新しく現れた存在のほとんどが元冒険者ではないかと言っていた。自分がいつから存在したかなんて俺にはわかるわけが無い。しかし……
「おそらく、どこかの王家や力のあるキャラクターは何かしら現実世界の記憶があるようで、元冒険者の可能性が高いと思います。ですからおそらくエメラルド様も……」
「何度も言わせんな。俺には記憶なんぞ少しもない」
「さっき声が聞こえたって言ってましたよね?」
つまりさっきのあれが……前世の記憶?
「もっと飲めばもっと思い出すかもしれませんよ?いかがですか?」
「いや、いらん」
前世の記憶があれば、俺はスカスカな俺じゃなくなるかもしれない。現実世界の人間だった、そう思いたい。
でも、何故か前世の記憶は思い出したく無かった。
そうは思っていても、自分の意図は関係無く思い出し草の効果は続いていた。
「アカネ……そいつはアカネって名前や」
「アカネ?……アカネ!ちょっと待っててくださいね!」
その名前を聞くと、トパーズは慌てて研究所の中へ入って行った。
しばらくすると、研究所から出て来たのはトパーズでは無く…………
「莉奈……」
莉奈が俺の方に近づくと、誰か知らない女とダブって見えた。
「大丈夫?緑……」
「俺は緑やない」
お前は……誰だ?
少しクセのあるロングヘアーの女だった。
「緑?何言ってるの?」
心配するその顔は莉奈とは全然違う顔だった。
「やめろ!俺に近づくな!」
そう叫ぶと、女の姿が消えた。
「あ、いや……すまん。トパーズの薬で変なもんが見えた……」
「変なもの?あの薬、変なものが見えるの?」
「前世の記憶とか何とか、胡散臭いもんが見えるらしいで」
あの女の残像に、何故か手が震えた。
嫌悪感?それとも違う。
その時初めて気がついた。俺は女が嫌いと言うよりは、多分…………あの女が怖い。
「あのさ、回復……まだしてなかったから……」
「そんなもん自分でできるわ」
「覚えてるかわからないけど、練習台に……」
莉奈のその優しさが苦しい。
俺は智樹を救えなかった。智樹は俺に肉体を譲ってくれたのに…………
「いらんわ!こんな役立たずに回復なんぞいるか!」
「いるよ!回復はいる!ねぇ、ラル、しっかり回復して、智樹の魂を取り戻しに行こう!」
「ダメだ!殺される!」
このレベルでも智樹に太刀打ちできなかった。もし悠希が俺をエメラルドだと気づかなければ、迷わず殺されていた。
どうすればいい?どうすれば智樹を取り戻せる?
「あの…………」
莉奈の後ろから、トパーズが研究所のドアを少し開けこちらを見ていた。
「頼む!トパーズ、その研究は発表しないでくれ」
「え?その研究?」
俺はトパーズに事情を話した。少なくとも1万は殺される可能性があるという事を話した。
「王族や力のある人々が元々冒険者だとわかれば、死神は冒険者かどうか関係無く、見境無く人を殺すようになる」
悠希が死神だという事は、莉奈には言わなくてもなんとなく伝わったようだった。
「冒険者の魂を集めてどうするの?」
「ほんまか知らんが『purus aqua』に必要なんだと」
「やっぱりお兄ちゃんはどうしても『purus aqua』が欲しいんだね……」
すると、トパーズは持っていた書類を見て言った。
「あの、先ほどエメラルド様がおっしゃっていた『アカネ』という名前……赤の国の女王様が前世の名前だとおっしゃっていたんです。それに、ルビー様はレベル制限解除の権限もお持ちです。一度ルビー様に会ってみてはどうでしょう?」
ルビー様?もしやトパーズは国の認定研究者か?
「ルビー?」
その名前に、莉奈は何かに気がついた。
「ねぇラル、気がついたんだけど……私の周り、宝石の名前ばっかりだなってずっと思ってたんだけど、それってこのゲームの特徴なのかと思ってた。王子やお姫様だからだと思ってたんだけど、よく考えたらそうじゃない人もいるよね?」
確かに、リーリアは姫だが宝石の名前じゃない。アメジストやトパーズは宝石の名前だが姫ではない。それに何の意味があるんだ?
「トパーズの前世の記憶ってどんな記憶なの?」
「私の記憶は…………」
トパーズは言葉を濁した。
「…………お友達でした。ルビー様と、エメラルド様と、サファイア様と……」
「そっか、前世ではみんな友達だったんだね!だからみんなで宝石の名前つけたのかな?」
「前世で繋がっているから宝石の名前?そんなわけあるか?」
それにしてはトパーズの様子が少し気になった。それは、俺達に何かを隠しているようだった。
「そうかもしれませんね……」
何かを隠されている。それがわかっていて、イグニスの城へ行くのは少々気が引ける。
「ルビーに会うより、泰希にステータスいじってもらった方が手っ取り早いわ。俺一度あっちに戻るわ」
結局、力に対抗できるのはそれ以上の力しかない。
「ラル、ちょっと待って。アメちゃんとクリスは?智樹はいたのに、あの二人はいなかったの?」
そういえば……一緒にいたはずの二人の姿が無かった。何故智樹が魂の入れ物を集めていたのか疑問が残る。それに、泰希はこう言った。『一緒におる奴の入れ知恵か知らんが』あの二人は『purus aqua』に1万の魂が必要だと知っていた?
「まぁいいや。それより、赤の城へ行ってレベル制限解除してもらおう?私これ以上全然レベル上がらないんだよね」
「ちょっと待て?お前、俺が行っとった間一体何をしてた?」
「何って……レベルあげ!」
さも当然かのように、莉奈は言った。いや、リーリアのもてなしはどこ行った!?
「あ、リーリアちゃんに回復してもらって、ここで一番弱いモンスターを倒してたんだよ?」
なんだ?その安全ですアピール。意味不明だ。
後で聞いたら、リーリアは自分の魔力回復のためにアイテムを使いまくったらしい。そのアイテム購入に金貨を注ぎ込んだ事を涙ながらに告白した。
悪いな……リーリア。まさか莉奈が観光ではなくレベル上げをするとは想定外だった……。