12、真実の泉
12、真実の泉
それは確か、梅の花が咲き春の伊吹が感じられるようになった頃。学校の3階から落ちた悠希は1ヶ月入院し、退院した後すぐに円成寺に預けられた。悠希の母親が悠希と莉奈の弟、智樹を出産するためだ。
松葉杖をついて歩く悠希に、兄の泰希がとあるゲームを見つけて来た。それが『purus aqua』だった。たとえ現実世界で足を骨折していても、ゲームの世界へ行けば思いきり走る事ができる。
「俺はこのゲームの世界から来た」
「は?悠希、お前何言っとんねん」
泰希は最初は信じなかった。悠希の中に、悠希とエメラルド、二人の魂が入っているという事を。
「俺の名前はエメラルド」
「エメラルド!?それ、確か……蒼の王子やなかったっけ?」
「13番目のエメラルドだ」
それから俺は、『エメラルド13号』という鉄人28号の様な名前をつけられた。泰希は少しずつ、俺の存在を認めていった。しかし……
「どうして兄ちゃんはゲームの世界へ行かないの?」
「いや……俺はいい」
泰希は一度ゲームの世界へ行った後、二度と行く事はなかった。悠希がいくら誘っても泰希はその誘いを断った。
「エメラルド13号はいつゲームの世界へ帰るんや?もうええやろ?そろそろ帰ったらどうや?」
「現実世界が楽しゅうて帰れんわ」
本当は永遠にゲームの世界には帰りたくなかった。
「このままだと悠希が死ぬかもしれん。頼む!エメラルド13号、帰ったってくれ」
「悠希が死ぬ?何でや?」
「1つの体に2つの魂は肉体に負担や。だから、一度向こうへ帰ってくれ」
そこまで言われたら仕方がない。そう思って、悠希の中から抜け出すと、泰希の顔がみるみるうちに変わっていった。
「………………」
その顔は、まるでこの世のものとは思えないものを見たかのようだった。泰希はその顔を歪ませ、無言で後ずさった。
「どないした?泰希?」
「……お前……」
体の奥から絞り出す様な声を出して、泰希は言った。
「泰希、俺の事どないに見えてるんや?そんな、内臓が無いもん見た様な顔すんなや」
「内臓……無いぞ?」
「うっわ!寒っ!」
そんなマジな顔してダジャレを言うとか、こいつはどうかしている。泰希はこれ以上見ていられないという素振りで俺から目を背けた。
「そない不細工か?冗談きついわ~」
そう言って窓に映った自分を見た。そこには…………
「うわぁああああああ!!」
本当に………………内臓が無かった。
どうかしてるのは俺の方だ。
内臓のほとんどが無く腹がぽっかり空いていて、あばら骨が丸見えだった。さらには顔や腕、あちこちの肉や骨が見えていた。
これが…………俺?
何がどうなってるんだ!?そんなはずはない!髪の色も肌の色も全然違う!
瞳の色も、エメラルドグリーンではなく、濃い栗色だった。
これは…………どうゆう事だ?
「信じられんやろうな。でも、それがお前のホンマの姿や」
「本当の……姿?」
「お前の魂の姿や……」
魂の姿?
これは……なんて……
なんて醜い…………………………
その後すぐに、ゴボゴボっと水の中に落ちる感覚がして、俺は溺れた。深い深い水の中へ落ちて行き、息ができなくなった。
「苦しい!助け…………」
すると、誰かに腕を引き上げられた。
助かった!
そう思って顔をあげると…………
「エメラルド、思い出した?」
「お前…………ガーネットか?」
「茜。昔みたいに茜って呼んで」
そこには、長い黒髪の妖艶な女がいた。女はその濡れた髪を肩から流し俺の隣に座った。
気がつくとそこは、レンガで整備された浅い池のような所だった。その周りは美しい庭園が広がっていた。
「ここはヘマタイトの城。真実の泉よ」
「わざわざ説明ご苦労さん。何ならどうやってここへ来たか教えて欲しいわ」
「何か思い出した?」
は?何を思い出したって?
そう言われ、あの自分の姿を思い出した。
「俺は……醜い。思い出せたんはそれだけや」
「その通りね。小麦色の肌に黄金色の髪、エメラルドの瞳。それはエメラルドであって、あなたじゃない。ねぇ、緑」
ガーネット、その赤い瞳はまるで炎だった。全てを焼きつくす業火。蒼の大地を這うように侵食してゆき、何もかも掠め取られるような恐怖を感じた。
「俺は……何も知らん。緑何て名前知らん。俺はエメラルドや!」
以前は人間にプログラムされた自分自身が嫌だった。それが今では、元々人間だと思いたくないと拒む自分がいる。それは何故だ?それは完全に矛盾している。
俺は結局、どこへ行っても自信が持てず、逃げ回るだけなのか……?
『どんな世界でも、自分の足で立たない人はどこへ行っても同じだと思う』
莉奈に言われた通りだ。
莉奈………………
莉奈は今どうしてるだろう?無事にヌーベスに着いただろうか?
「莉奈……」
思わず、そう呟いてしまった。
「…………莉奈?」
それが、ガーネットの耳に入ってしまった。
すると、瞬く間にガーネットは一気に熱を帯び、俺を掴みかかった。とっさにガードした腕を掴まれると………………
熱い!!
腕が焼けるように熱かった。
「離せ!」
ガーネットが離した腕は、まるで熱々の鉄を押し付けられたように爛れていた。
「痛っ…………」
腕に帯びた熱がまだ残っていた。泉の水で冷やしいていると、ガーネットは少し微笑みながら言った。
「あなたは本当に私を怒らせるのが得意ね。それが嫌われる努力?でもね、たとえ緑がどんな風に変わっても、私は嫌いになんかならない」
「それは嬉しいかどうか……ようわからんな」
「そんなに怒らせたいなら1つだけいい事を教えてあげる」
ガーネットの瞳がギラリと不気味に輝いた。
「一番腹が立つのはね、私の目の前で他の女の事を想っている時。その女を消してやりたくなっちゃうの」
「待て!莉奈は関係無い!」
「また莉奈……それってYUKの妹?」
すると、ガーネットは声をあげて笑った。
「あははははは!あ~あの、兄妹揃ってバカな子達ね。いいわ。あの子はいずれ兄に殺されるだろうから放っておいてあげる」
「お前……悠希を知ってるんか?」
「ええ。彼にはちゃんと掃除をするように教えてあげたの」
掃除……?
「1万ほど集めたらご褒美をあげるって言った」
悠希を死神にしたのはお前か!
「罪の意識が薄れるように、ちゃんと『モルスのヴィトロ』を使うように言ったのよ?私って優しいでしょ?だって、あの子ご褒美欲しさに一生懸命働いてくれるんだもの」
「ご褒美?それが……『purus aqua』か?」
「はぁ?何言ってるの?」
ガーネットは俺を小馬鹿にするように嘲笑った。
「『purus aqua』なんてあるわけ無いじゃない。そんな事も忘れちゃったの?」
『purus aqua』は存在しない……!?
「俺は何も覚えてへん言うたやろ」
「だってこの世界にはそんなもの必要無い。この世界は、あなたが私を殺す為に作ったんだもの」
俺が……作った?この世界を?まさか!それも、こいつを殺す為?
「あなたは一生懸命考えたのよね。どうすれば私から離れられるか、罪に問われず私を殺せるか、一生懸命考えてくれたのよね?ねぇ、緑」
すると、ガーネットは俺をこう呼んだ。
「蒼井 緑」
『蒼井 緑』それは、確実にこのゲームを作った人物の名前だ。
「そのおかげで、この世界で永遠に一緒にいられる」
何となくわかった。俺が俺でいたくない理由、俺が女が嫌いな理由、過去は簡単に消す事はできないという事。




