11、逃亡
11、逃亡
「き、キス……!?」
リーリアは俺達の口移しを見て驚愕していた。
「キスをすると子供ができますわよ!?」
「そんなわけあるかい!」
この世界ではキス以上愛情の示し方は存在しない。星に願えば子供がやってくる。つまりは性欲というものが無い。正確に言えば必要無い。ここは現実世界の人間のように、生物としての営みを必要としない。
「ラティスにもされた事ないのに~!」
「え?親父にもぶたれた事ないのに?」
それでも、触感だけは本物に近いらしい。
「それにしたって不意討ちは卑怯でしょ?こっちにも心の準備ってものが……」
「アイテム使うのに卑怯も何もあるかいな。そうやな~次からは心の準備してからにしよな!」
「違う!そうゆう事を言いたいんじゃなくて、キスも立派な傷害罪!」
ゲームの世界にそんなん通用するかいな……
実際はその柔らかな唇の触感も偽物だ。似せた触感だ。莉奈の本当の唇ではない。
そう思うと、この世界から二度と現実世界へ行けないというのは…………何だか虚しい。
「あ~ハイハイ。何もかも俺が悪いんやろ?そらすみませんな!」
「………………」
莉奈が黙っていると、後ろから誰かに抱きつかれた。子供?
「エメラルド!エメラルド?私のエメラルドはどこ?」
「おたくどちらさん?」
「嫌だ~!私よ!私!」
そう言われてもこんな子供は知らない。
「ラルの隠し子?」
「やはり!早速二人の子が現れましたわ!」
「いやいや!それにしては早すぎるやろ!」
すると、トパーズが子供をこう呼んだ。
「ルビー様!」
「これが……ルビー様!?」
「ルビー様というよりは、ルビーちゃま!」
ルビーは俺の肩によじ登り、肩車をした。
「ルビー様そんな所へ乗ったら危険です!」
「子供扱いはやめて、トパーズ!」
肩車しといて子供扱いするなは無いだろ?
「エメラルドが全然会いに来ないから私から来ちゃった~!エメラルドはまだ前世の記憶を取り戻して無いの?私が思い出させてあげようか?」
「いいや!いい!いらん!」
俺は慌ててルビーを肩から降ろし、トパーズに差し出した。
「俺は思い出したく無いんや!」
「エメラルド……いえ、緑、いつまで逃げるつもり?そうやって思い出さなくても、いつかはあの人に居場所がバレて捕まるよ?」
「あの人……?」
それは多分、俺が恐れている女。思い出し草で見た記憶のアカネという女だ。
「噂をすればほら…………」
ルビーが西の空を見ると、凄まじい熱風が吹いた。
「トパーズ、私は女王としてあの人の相手をするから、エメラルド達をヌーベスに逃がしてあげて」
「ルビー様……」
「私は大丈夫よ。ここで殺られたら国交に関わるから、さすがにそんなめんどくさい事にはならないと思う。トパーズ、しばしのお暇ね!」
すると、ルビーが俺達の周りを囲むように一週すると、広場の地面に俺達を囲む円ができていた。そして突然地面が抜け落ちた。
「この人数だとあそこまで飛ばすのが限界かな。後は頼んだよ!トパーズ!」
「ルビー様!」
俺達が落ちた先は…………
トパーズの研究所の中だった。
「あの人ってどなたの事ですの?」
「おそらくは……黒の国のガーネット様です」
「黒の国もあるの!?」
トパーズは何やら忙しそうに支度を始めた。
「これから行く場所は、私の故郷、ヌーベスです」
「何でや?何で俺達はヌーベスに逃げなあかんのや?」
俺の質問に、トパーズは一瞬手を止めて答えた。
「それは……エメラルド様はガーネット様に恨まれていらっしゃるからです」
そう言うとトパーズはまた部屋のあちこちを行き来していた。
「ラル、ガーネットさんに何したの?」
「前世の事なん知らんわ!」
ガーネットに恨まれている?トパーズ、こいつはどこまで俺達の前世の事情を知っているんだ?
「ルビー様もガーネット様も前世の名前はアカネ。お二人は元々、同じ1人の人間の魂だったと考えられます」
「1つの魂が1人に生まれ変わるとは限らないんだ……じゃあ、ラルも1つじゃない?」
「おそらく……ひとまず、詳しい話は気球に乗ってからにしましょう。皆さん、急いで屋上に上がって下さい。これからヌーベスへ出発します!」
屋上へ上がると、大きな気球が膨らんでいた。
「こんなド派手な気球、すぐにバレるやろ」
「しかし、これしか全員乗れないので……」
「じゃあ、私とリーちゃんは残ろうか?逃げた方がいいのはラルだけなんでしょ?」
莉奈は気球に近づく足を止めた。
「ダメだ!莉奈は絶対に離れたらあかん!」
俺はとっさに莉奈の腕を強く掴んだ。
「痛いよ……ラル……」
「すまん……」
「まぁ、バレたらバレたで仕方ありませんわ。それより先を急ぎましょう」
そう言ってリーリアが一番先に乗り込んだ。
「リナナも早く乗ってくださる?ヌーベスでは今度こそ私に付き合ってくださりますよね?いいですか?ヌーベスについたら今度こそ観光ですわ!」
「うん、そうだね!ほら、ラルも!」
気が進まなかった。こんな乗り物で莉奈を守れるのか?たとえヌーベスに着いた所で、得体の知れないガーネットとかいう女に捕まる可能性はいくらでもある。この先ずっと逃げ回るのか?これじゃ、現実世界と同じ……
現実世界と同じ……?
「どうしたの?ラル?気球が怖いの?」
「怖い事あるかいな!」
怖いのは、あの女。それに、俺はこのトパーズを完全に信じる事ができない。
俺の顔を見て莉奈が笑顔で言った。
「ラル、大丈夫だよ。ちゃんと私が守るから」
「なんや……現実世界ではあんなに塩対応やったのに、えらい甘やかすやん。やっぱり莉奈は見た目に左右されるんやな」
「はぁ?そんなに塩が好み?マゾなの?」
「ちゃうわ!」
俺達は全員気球に乗って、ヌーベスを目指した。
どんどん遠くに見えるイグニスの街を見て、トパーズに訊いた。
「トパーズ、お前どこまで知っとるんや?」
「どこまでとおっしゃいますと?」
「俺の前世の話、『purus aqua』の事」
トパーズは夕陽で赤く染まった西の空を見ていた。
「正直、自分でもわかりかねます。前世の記憶なのか、この世界の記憶なのか曖昧な時もあります」
「それは答えになってへんやろ」
「それは……どこまでお答えしていいかわかりません。どこまで知ってるかの問いは非常に難しいです。全て。とお答えしたいのですが、それが真実かどうかはわかりかねます」
要するに下手に答えられない。という事か?
「ここは魂のみの世界。この世界は記憶に縛られた世界でもあります。生に縛らない自由な世界のはずが……結局は過去の記憶や『purus aqua』という生の可能性に執着する人々もいます」
「生に執着したら悪いか?」
「え…………?」
俺の発言に三人は驚いた。
「俺はこの世界に戻って来て、何も無くなった。食欲、睡眠欲、学習欲、ここでは全ての欲が無くなる」
「あら、私は物欲はありますわよ?」
「ここは自己顕示欲ばっかりや。それしかない。俺はこの世界に何の欲も、理由も、義務も、存在意義も、何も見いだせんかった。そんなん生きてるのとは違う。死んでるのと同じや」
俺はこの世界で死んでいる。今は漠然と、智樹と莉奈を助ける事しか考えていない。
前世の記憶なんかいらない。過去なんか必要無い。必要なのは…………未来だけだ。
「過去を知らなければ、本当の未来は見えて来ません。少なくとも、あなたには歴とした過去があります。ルビー様とガーネット様は、あなたの前世の恋人でした」
その恋人は、この世界で生まれ変わっても追って来る。俺はその恐怖に怯え、逃げ続ける。




