第12話 銃弾を越えて
激しい音を響かせながら前方に現れたゴーレムがタイヤを動かして接近する。
後方にいるゴーレムは装着した武器を回転させるだけで動く気配はない。
進行方向が限られている。
「チッ、戻るしかない」
「え、ちょ……」
再びブライアンさんを抱えて来た道を戻る。
走り出した直後、ガァン! と大きな音が背後から聞こえてくる。回転する武器を振り下ろしたところ床に弾かれてしまったらしく、不自然な体勢で振り上げている。
突撃してきたゴーレムが武器を持つ腕を前に出して追い掛けてくる。
「どうするつもりだ?」
目的にしていた場所から離れて行っている。
ゴーレムを倒して進むのが最も望ましいところだが、ゴーレムの手にしている武器がどれだけ脅威なのか分からない。
警報が鳴り、壁の一部が開いて銃が飛び出してくる。
侵入者へ浴びせられる大量の弾丸。
弾丸の進行方向に炎の壁を発生させて全て蒸発させる。一度に数千発と発射することにもなる弾丸。さすがに、そんな物まで特注品で造る余裕はなかったらしく炎で溶かすことができた。
「こんな風に走っているだけでトラップが作動する。闇雲に走っているだけだと首を絞める結果に繋がりかねない」
ブライアンさんの言いたいことも分かる。
今のも対処が少しでも遅れていたら防御が間に合わなくて何発かの弾丸によって撃ち抜かれていた可能性があった。
進行方向にある壁から新たな銃が飛び出してくる。ただし、先ほどの銃とは少しばかり形状が違う。弾丸を撃ち出す為の武器ではない。
「撃たれる前に対処をすればいい」
イリスから放たれた冷気が壁を走る。
壁そのものは特殊な金属で造られているせいで凍らせることができない。だが、飛び出してきた銃は壁とは違って凍らせることができる。氷に覆われた銃からは何も出てこない。
「シルビア」
「はい」
「好きなように進め」
「分かりました」
シルビアが先行して進む。
「おい、彼女……目を瞑っていたぞ!」
目を閉じて走るシルビア。
地図は見えているし、運に頼った走り方をするなら目に映る情報など邪魔でしかない。
「あいつについて行くぞ」
シルビアについて走って行くと現れる角を何度も曲がって進む。
角を曲がる度に減速しなければならないが、俺たち以上に減速しなければならない存在が後ろにいる。
「なるほど。あの巨体を支える為には特殊な脚が必要になり、凄まじいエネルギーを使用して直進している。だが、進むことに力を割いたせいで簡単には止まることができない」
「まずは、後ろから追ってくる奴を引き離すのが優先!」
回転する刃を装着したゴーレムを引き離して行く。
通常、こんなデタラメな進み方を未知の場所で行うと現在位置を見失う可能性が高い。現にシルビアは自分がどこにいて目的地までの最適な進み方が頭にない。
今は【神の運】に頼った進み方をしている。
「お、適当に進んでいた割には目的地へ近付いているな」
地図を改めて見てみれば、いつの間にか迂回していたらしく目的にしていた場所へ近付いていた。
シルビアを見れば目を瞑ったまま平常心……と言うよりも何も考えていない。
完全に運任せで上手くいっているだけだ。
「……いいえ、上手くいっていたような気がしていただけでした」
進路を塞ぐように次の角の左からゴーレムが姿を現す。
「監視されていることを忘れていました。敵は遺跡内で起こっている事を全て把握することができます。デタラメに進んでいたとしても先回りするのは難しくなかったのでしょう」
姿を現したのは両手に20以上の砲身が一体化した銃を持つゴーレム。肩と腰の左右にも小型化させた同様の武器があり、狙いを俺たちへ定めている。
ゴーレムの体内から放たれる魔力が高まり、砲身が回転を始めて弾丸を撃ち放つ。
長い通路の途中。後ろへ戻っているような余裕はない。それに後退すれば回転する刃を持つゴーレムが待ち受けている。
逃げられる状況ではない。
完全に敵によって追い詰められた。
「二人はブライアンさんを連れてゆっくりと後を追って来てください」
シルビアがさらに加速する。
一時的に速度を上昇させる【疾走】スキルの効果だ。敏捷を1パーセントほど上昇させる効果しかないスキル。しかし、シルビアほどのステータス値で使用すれば絶大な効果が発揮される。
ゴーレムも真っ先に接近するシルビアを脅威と見做して銃口を向ける。
「な……! にぃ?」
最初は銃弾の雨を浴びせられることとなったシルビアに驚いたブライアンさん。
次いで目にした光景に驚く。
「全ての銃弾を回避している……!?」
銃弾を横へ動いて回避する。
ゴーレムもシルビアの動きを予測して回避先へ銃弾を撃っている。しかし、銃身の動きを見たシルビアは、銃弾が届く頃には移動してしまっているせいでそんな場所にはいない。
通路を飛び交う無数の弾丸は一発たりともシルビアに届くことはない。
シルビアが駆け出してから数秒後――銃弾を浴びせていたゴーレムが動きを完全に停止させて崩れ落ちる。巨体のゴーレムともなれば姿勢を維持させるだけでもエネルギーを消耗する。
「けどバラバラになり過ぎじゃないか?」
崩れた時に床へ叩き付けられた衝撃によって砕けたのもある。それでも、バラバラになり過ぎな気がする。
その原因はシルビアの手に握られていた。
「どうやら予想していた以上に重要な部品を抜いてしまったようです」
女性の手でも覆い隠せる程度の大きさしかないネジ。それを胸の辺りから抜いたことで崩壊を招いてしまった。
「敵だったからよかったけど、味方のゴーレムにはそんなことをするなよ」
「分かっています」
後ろからゴーレムが追い掛けてくる。
4人で崩れたゴーレムを跳び越えて向こう側へ行く。すると、崩れたゴーレムが邪魔になって回転する刃を持つゴーレムは追い掛けることができなくなる……かと思えば大きな残骸へ刃を当てて破壊を始めた。
きちんとした体が保たれたゴーレムなら細かくすれば押し退けるのも不可能ではない。迂回するよりも早く俺たちへ追い付けると判断したため、そのような手段に出たのだろう。
ゆっくりしている暇はない。
再び走り出すとゴーレムから逃れる。
「それにしても凄いな」
「銃弾を全て回避したことですか?」
「そうだ! そんなことができる者がいるなんて未だに信じられない。一体、どうやってそれだけの力を身に付けたんだ?」
「わたしたちは、ちょっと特殊なんです」
眷属のことについて言えるはずがないため誤魔化すしかない。
「それにゴーレムから魔石を抜き取った方法。一瞬過ぎて抜き取った瞬間を見ることは叶わなかったが、【壁抜け】を利用しているんだろう」
Sランク冒険者ともなれば様々なスキルについても詳しくなる。
少々、一般的な使い方とは異なってしまっているものの『障害物をすり抜ける』という点においては【壁抜け】の範囲に収まっている。
「魔力と訓練次第では誰もができるようになります」
「それを可能にするだけの魔力を持つ者が【壁抜け】を持つ者の中にいないから不可能なことなんだ」
「……それよりも、つきましたよ」
「げふっ!」
興奮気味にシルビアへ話し掛けていたブライアンさんを落とす。
どうにか目的地までは辿り着いたものの余裕はない。
「この大部屋に上の階層へ行く為の手掛かりがあるかもしれません。ブライアンさんはイリスを貸すので協力して見つけてください」
「君たち、二人は……?」
「アレの相手ですよ」
廊下の奥に追ってきたゴーレムが姿を現す。
「いい加減にしつこい奴だ」
時間を稼ぎつつ迎撃するしかない。