第15話 村人を守れ
イリス視点です。
この状況で私が真っ先にやらないといけないこと。
それは、村人を逃がすこと。
たしかに将軍が言うように相手は帝国の村人。言わば敵国の人間。
けれども、私には戦争で苦しむ人を放置することなんてできない。
「【氷壁】」
村を取り囲んでいる軍人。
まずは、彼らが村へ入ってこられないようにする必要がある。
「ほう。随分と余裕があるな」
村を覆う氷の壁を見て将軍が呟いた。
目の前にいれば私の魔法だなんていうことは簡単に分かる。
そして、自分へ剣を向けておきながら村を守ることを優先させていることにも気付いている。
「その余裕が命取りとなる」
将軍が剣を振るう。
左手に持った剣で将軍の剣を弾きながら、右手で魔法を制御する。
突如として現れた氷の壁に将軍や兵士が自分の武器で攻撃している。魔力を送り込んで強度を上げると同時に砕けた部分を再生させる。
これで将軍たちは【氷壁】攻略に釘付けとなる。
「大した魔法だ。私の攻撃に対処しながら数千人の攻撃に耐える壁をこれだけの規模で発生させる。こんなことは王城にいる魔法使いでも不可能だ。どうだ、国に召し抱えられるつもりはないか?」
「お断り!」
こんなことを平気でするような人たちの味方になんか絶対にならない。
氷柱を将軍に向かって飛ばす。鎧程度なら貫通できるだけの威力を持たせていることに気付いた将軍が横へ跳んで回避する。
それでいい。
距離が開いて時間が得られたところで【氷壁】の一部を溶かす。
「みなさん、そこから出てください」
私が呼び掛けると村人たちが一斉に溶けてできた出口へと向かう。
人はパニック状態になると何をしていいのか分からなくなるけど、明確な指示を出されれば平時以上に従う。
生き残っていた数人が辿り着いた。
「行かせるか!」
そこへ村の中にいた騎士が殺到する。
さらには出口の向こう側には村を取り囲んでいた兵士が待ち構えている。
村を覆う氷の壁の一部だけが溶かされれば誰だって、そこから出入りするものだと考える。
「【氷雪の息吹】」
白い冷気を伴う風が吹き荒れる。
その息吹は出口へ向かった村人を避けて逃げる村人を追う騎士、それから出口で待ち構えていた兵士を包み込む。
白い息吹が通り過ぎる。
その場所には氷の彫像だけが残されている。
「きさま……!」
激昂した将軍が突っ込んでくる。
氷の彫像は、凍らされた騎士と兵士。彼らには村人を守る壁になってもらった。
「悪いけど、あなたの相手をしている暇はない」
突き出された剣を跳んで回避すると将軍の後ろに着地する。
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
グルン、と体を回転させて後ろにいる私へ剣を振るう。
「……っ!?」
気迫に押されて身を低くすると頭上を剣が通り過ぎていく。
作った村の出口を見ると村を出て行く村人たちを兵士たちが追っている。本当なら私が傍について逃がしてあげたい。
けど、目の前にいる将軍が見逃してくれるとは思えない。
「将軍!」
「私に構うな! コイツの相手は私がする。だから、お前たちは村人を一人残らず始末しろ」
「はっ!」
私の相手に専念する将軍。
これは逃がしてくれそうにない。倒すのもすぐには無理。
「【召喚】」
私にできないなら他の人に任せればいい。
だけど、今の眷属で手が空いているような人はいない。
眷属は無理でも魔物には可能。
「行って!」
全身鎧の魔物が10体現れる。
喚び出された魔物――デュラハンがカチャカチャと音をたてながら逃げた村人を守る為に走る。
「ひっ、なんだこの魔物は!?」
デュラハンの姿を見て村人が怯えている。
けど、自分たちを守るように側面を守っている姿から味方だっていうことは薄々ながら感じてくれている。
護衛にデュラハンを選んだのは人に近い姿をしていて親しんでもらえると思ったから。まあ、デュラハンの放つ禍々しい気配のせいでビクビクしているけど、信用はしてもらえたみたいだからいい。
後は、彼らに任せればいい。
「お前、召喚士か!」
召喚士。
魔物と契約し、契約した魔物を自由に喚び出して戦ってもらうことができるスキルを持っている者。
【迷宮魔法】で喚び出しているだけなんだけど、説明したところで理解してくれるとは思えない。
「そんなことを気にしている場合?」
「ぎゃあ!」
村人を襲おうとしていた騎士の一人が斬られた。
デュラハンたちには襲い掛かってくる者だけに反撃するよう指示を出していた。さすがに自国の騎士たちを傷付ける訳にはいかない。それでも村人を襲うような連中に容赦するつもりはない。
何もできずに騎士が斬られたことで村人を襲うことを躊躇している。
「くっ、このままでは……」
私に背を向けて走り出す将軍。
その前に立ち塞がると剣を振るう。
将軍も応戦しようと剣を掲げるものの焦っていたせいで体勢が整っていない。私の剣が僅かに押している。
「こんな、ところで……」
そう、僅かに押しているだけ。
ステータスは私の方が圧倒している。それでも押し切れてしないのは将軍の気迫によるもの。
何か鬼気迫るものがある。
「何がやりたいの……」
「なに?」
「無抵抗な村人を惨殺するなんて軍人のやることじゃない。ううん、恥以外の何物でもない」
「……」
将軍は何も言わない。
というよりも反論したいのを我慢しているようで唇を噛み締めている。
やっぱり、将軍は恥だと思っている。
「……たとえ恥を被ろうとも、どれだけ非難されようとも家族の命には代えられない」
「家族」
「そうだ。奴らは『この村の人間を惨殺すれば家族を解放する』と言った。なら、私は従うしかない」
将軍の事情を聞いて力が緩む。
その瞬間を見逃さず剣を弾くとワタシの胸を蹴る。
「中に何を着込んでいる?」
「教えるつもりはない」
蹴られる瞬間に服の内側に氷の膜を張っておいた。氷とはいえ私が魔法で造り出した物。鎧を着ている以上の防御力がある。
「事情は分かった」
家族が人質に取られている。
犯人が何者なのかは分からない。
「それでも、やっていいことと悪いことがある」
「もちろん責任は負う」
「責任を負う? どうやって負うつもり? どうすれば何十人という人を殺した罪が晴れる?」
「それは……」
「できもしないことでは、責任は取れない」
冷気が将軍を襲う。
咄嗟に剣を構えて防御する将軍だけど、その程度で防げるような冷気じゃない。
「これは……」
剣を構えた姿勢のまま将軍が氷の棺に閉じ込められる。
「しばらく、そこで反省していろ。もうすぐ帝国軍が来るはずだから引き渡す」
「く、そっ……」
「責任を取る、というのなら帝国軍の手によって裁かれること」
どうにか逃れようと足掻く将軍。
けど、氷の棺にはヒビすら入らず、無理に力を入れてしまったせいで地面に倒れてしまう。
「さて、そろそろ――どうやら、来たみたい」
遠くに馬を駆る帝国軍の姿が見える。
いくら認識阻害のマスクをしているとはいえ、姿を見られない方がいい。
「あ……」
この場から立ち去ろうとしたところで気付いた。
マルスに全く連絡していなかった。
「怒っている、かな?」
帝国軍が駆けてくる、ということは帝国軍に連絡がいっている。
なら、マルスにも村の惨状は伝わっているはず。
「仕方ない」
急いでその場を離れると念話を繋ぐ。
『とにかく無事なんだな?』
私を気遣う言葉。
申し訳なく思いつつ何があったのか説明する。
『状況は理解した。お前は村人の護衛をしながら離れろ』
「了解」
私が再起不能にした王国軍は数十人。
まだまだ王国軍は残っているとはいえ、指揮官だった将軍を戦闘不能にしている。帝国軍も到着したなら戦闘も止まる。
……そう、思っていた。
「おら、行くぞ!」
「ぶち殺せ!」
『おおっ!!』
傭兵と共に帝国軍が王国軍へと一斉に襲い掛かっていた。