第3話 戦争の兆し―後―
「こんな物がアリスターの冒険者ギルドにも届いていたらしいわよ」
アイラが見せてくれた一枚の紙。
国から出された依頼書だった。
「何々……『新たな国王の元、帝国に奪われた土地を奪い返す時が来た』――なんだ、これ?」
「要は冒険者にも呼び掛けて戦力を集めているのよ」
「で、集まるのか?」
冒険者のランクによって報酬は違う。
それでも、他にある依頼よりも高いと言っていい。
「さあ? 少なくともアリスターからは誰も参加しないらしいわよ」
ルーティさんから聞いたので間違いないらしい。
「依頼主としては高ランクの冒険者に少しでも多く受けてほしいところなんだろうけど、絶対に引き受けないわね」
「そもそも冒険者に頼むようなことじゃないだろ」
冒険者は魔物を相手にする機会の方が多い。
そのため少人数で構成されるパーティ単位で行動する。依頼の難易度によっては複数のパーティが合同で行動することもあるが、それでも基本的には数人による連携の取れる人数での行動になる。
もちろん人間を相手にする時だってある。依頼の中には商人の護衛依頼もあり、商人の運ぶ荷物を狙った盗賊が現れることがある。そういった人間たちを相手にしなければならないこともあり、人間と戦うことがない訳ではない。
ただし、冒険者の力を最大限に発揮しようとするならば数人で対処が可能な人数に限られる。
戦争のような何千、何万という人数が激突するような状況で力を活かし切ることができない。
そんな危険な状態では命を落とす可能性も低くはない。
誰だって自分の命は大切だ。
高ランク冒険者は、他の依頼よりもちょっと高い報酬を出された程度では戦争に参加したりしない。
「俺たちクラスなら騎士以上の力を出せるだろうけど、この報酬で受けるつもりはないな」
「ですね。私たちが関わり合いになる必要はないでしょう」
「そうよね。なにせSランク冒険者だって断っているんだから」
「……断ることができたのか?」
Sランク冒険者は国に仕える冒険者。
そのため国からの依頼は断ることができないはず。
「それならギルドの規約に書かれていました」
「そういえば、そんなものがあったな」
冒険者ギルドの規約。
ギルドの受付に細々とした決め事が書かれた冊子が置かれていた。一応規約が決められているものの自由を尊ぶ冒険者にはあってないようなものだった。実際、重大な違反でもしない限り規約が持ち出されることはない。
けれども、あることで助けられることもある。
俺も冒険者になったばかりの頃に一度だけ読ませてもらったことがあるけど、あまりに細かくて最初の方で挫折してしまった。
「よく規約の存在を覚えていたな」
「なに言っているのよ。メリッサの場合は、規約があることを覚えていたんじゃなくて、規約を覚えているのよ」
「まさか……」
「全て暗記しているのよ」
アイラの言葉に思わず膝枕してもらっているメリッサを見上げた。
本人はニッコリと微笑むだけで何も言わない。
冒険者としての経歴が長いイリスに確認してみたものの規約を全て覚えているような人物は職員の中でも稀らしい。おそらく王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしていたルイーズさんも全ては覚えていないだろう。
「そんなに凄いことなの? わたしも今度読んでみようかな?」
「止めておけ」
興味を覚えたらしいノエルを止める。
たぶんノエルも数分で挫折することになるだろうから最初から止めてあげた方がいいだろう。
「規約の中にSランク冒険者について書かれた部分があります。そこには、たしかに国からの依頼は必ず引き受けなければならない、とあります。ですが、別の項目に『侵略目的の戦力として利用された場合には断ることができる』とあります」
つまり、防衛目的の戦争に参加するよう要請された時には引き受けなければならない。以前の戦争で言えばクラーシェルでの防衛依頼には必ず参加しなければならない。
しかし、今回のように自国からの侵略を目的にしていた場合には冒険者の意思で断ることができる。
「冒険者に選択権があるなら断るに決まっているだろ」
「それがそうでもない」
イリスが言うには既に何人かのSランク冒険者が戦争参加へ名乗りを挙げているらしい。
「依頼、という形なら大手を振って戦争へ参加することができる。Sランク冒険者になる人の中には戦闘力だけを評価されてなった人もいる」
そういう人は、血の気が多いため常に戦場を求めている。
最高ランクになれば最高の戦場が得られる、と勘違いした者までいるらしいので奇特な奴はいてもおかしくないらしい。
ただ、やっぱり大半の冒険者が辞退している。
辞退したからといってペナルティがある訳ではない。Sランク冒険者は、あくまでも冒険者ギルドに所属する冒険者の中で国が認めた冒険者。国の決定よりもギルドの規則が優先される。
冒険者ギルドは国を超えた組織。そのため、国にギルドの規約に対して変えるよう要請したり、文句を言ったりする権限はない。
俺たちにも強制されるようなことはない。
強制依頼が出された場合には拒否することができない。しかし、従わなければならないのは拠点にしている冒険者ギルドが強制依頼を出した場合のみ。アリスターが危機に晒されるような状況にでもならない限りは俺たちに出動要請が出されることはない。
「さて、どうするか」
「どうするって、わたしたちには関係のない話なんじゃない?」
「そうだな。王国側では関係のない話だ」
王国は政変があったばかりで戦争に対して意欲的であったとしても動きが遅い。
そのため帝国は王国が戦争を仕掛けるつもりでいるのに気付いているだろう。
帝国としては先制攻撃を仕掛けたいところ。しかし、最高権力者であるリオが俺との間に密約を交わしているため帝国から攻めてくるようなことはない。戦うとしたら帝国内での話になる。
今回の一件は帝国に非はない。あくまでも王国が国内での不和を解消する為に仕掛けるだけの戦争。
戦争で得られる物はある。
けど、それ以上に失う物の方が確実に多い。
それに得られる物があるのは一部の人間だけ。多くの人にとっては失ってしまうだけの悲劇で終わる。
「王国の出した依頼を引き受けるつもりはない。けど、知り合いが権力の頂点にいる国が苦しむのをただ見ているつもりもない」
「――そう言ってくれると助かる」
「……!?」
この場にいる誰かではない女性の声が響く。
全員が警戒するものの、すぐに聞き覚えのある声だと思い当たり、さらには見覚えのある黒い球体が現れたことで警戒を解く。
黒い球体――【転移穴】から一人の少女が姿を現す。
帝国皇帝であるリオの側室となったソニアだ。初めて出会った時から数年が経過し、同じくリオの女であるカトレアさんたちが次々に子供を産んでソニア自身も母親のような状態になりながら未だに少女の姿をしている。
「久し振り」
「いつからそこに?」
「ほんの少し前。具体的に言うと王国からの依頼書をアイラが見せた時から」
ほぼ最初からみたいなものだ。
【転移穴】は不可視の状態にして待機させることもできるらしく、別空間に潜んでこっちの様子を伺っていたらしい。純粋な彼女のことだから、こちらを探るような意思はなくタイミングを見計らう為に潜んでいたのだろう。
「で、何か用か?」
今の状況を考えるなら用件など一つしか考えられない。
「リオが困っているから力を貸してほしい」