第34話 仮拠点
回収した『神櫃の鍵』。
神そのものや神の遺産に対して破格の効力を発揮する魔法道具。
……そんな強力な魔法道具ではあるが、さっさと魔力に換えてしまう。
「勿体ない」
残念そうな顔をするノエル。
「残念だけど、俺たちが使うことは無理なんだよ」
「そうなの?」
「俺たちのアドバンテージは、普通では考えられないほど強力なステータスに特殊なスキルや魔法だ。じゃあ、それらはどうやって手に入れたものだ?」
「それは……あっ!」
ノエルもようやく気付いた。
神の遺産の力を弱めてしまう『神櫃の鍵』。
俺たちの力の源になっているのは、神の遺産である迷宮からの恩恵。ステータスやスキル……様々なものが迷宮主もしくは迷宮眷属であるからこそ得られたもの。
もしも、そんな俺たちが『神櫃の鍵』を使用すれば、自分たちの力まで弱体化させてしまうことになる。その効力は、使用している間だけなのだが、たとえ短時間であっても弱体化させられるのは危険だ。
そういう訳で自分たちが使うのは危険だから、という理由で止めた。
迷宮眷属でないエルマーたちに使用させる、という方法も考えたがエルマーたちに持たせることの危険性を考えて止めた。もしも、『鍵』について知られれば全力で奪い取りに来る可能性があった。そんな無法者から守る為には最初から持っていないのが最もいい。
結果、誰も持っていない方がいい、ということを選択した。
「と言っても、さすがは規格外の魔法道具。【魔力変換】してかなりの魔力が得られた。その気になれば階層を追加することも可能だけど……」
維持に必要な魔力。
そして、次の地下86階はフィールドを変える必要があり、構想もできていないので保留にしている。一応、眷属も合わせて全員で考えているもののなかなかいい案が出てこない。どれだけ永く続くことになるのか分からないが、俺たちが死んだ後も続く迷宮。きちんと考えて構築しなければならない。
「で、残った最後の魔法道具はどうするの?」
海底迷宮の迷宮核。
これについては、使い道を考えてある。
「拠点の代わりに使用するつもりだ」
「拠点?」
ノエルにはよく分からないようで首を傾げている。
「持ち帰ってきちんと調べてみて分かったんだけど、【魔力変換】しても大した魔力を得られないことが分かった。だから『神櫃の鍵』みたいに【魔力変換】してしまうんじゃなくて別の方法で使うことにしたんだ」
新たに手に入れた迷宮核の所有者は俺になっている。
だが、既に別の迷宮の主になっている俺や眷属の5人では、新たな迷宮主になれない。けれども、詳しく調べてみると迷宮核のある場所を拠点として認識することができる事が分かった。
迷宮主にとっての拠点。
いくつかの利点がある。【迷宮接続】によって拠点周囲の状況がいつでも分かるようになる。そして、俺にとって最も重要な事なのだが、【迷宮魔法:転移】による移動が可能になる。これが非常に魅力的だ。
「……そんなに重要かな?」
ノエルにはよく分かっていないようだ。
だが、これだけは俺も譲れない。
「俺だって帰還以外の移動手段が欲しいんだ」
遠くへ移動する為にはアリスターから直接移動する必要がある。眷属のノエルたちは主である俺が【召喚】を使用すれば一瞬で移動することが可能だが、眷属である彼女たちでは主の俺を喚ぶことができない。
そのため、いつも俺は自力での移動を強いられていた。
たまに他者の転移で移動することはあるが、安易に頼れるような相手ではないので自力での移動手段が手に入るのは本当に助かる。
今回の旅行でも目的地であるサボナまでの移動もそういった事情があって俺が一人で赴くことになった……全速力で走って。
「手に入った迷宮核が一つしかないから用意できる拠点は一つしかない」
だから新たな拠点にする場所は慎重に選ばなければならない。
そのうえで、迷宮核が持ち去られるような事態も避けなければならない。
「持ち去ることを妨害する方法については、迷宮核を地中にでも埋めて誰も手が出ないようにする為に全力で魔法を掛けて硬化させれば普通の奴らには手が出せなくなる」
俺の魔法よりも強い攻撃のできる者でなければ持ち去ることができない。
思い当たるのはリオの眷属たちぐらいだが、お互いの関係を考えれば事情さえ説明しておけば不利になるような真似はしないはずだ。あとニコラスへ『神櫃の鍵』を売り渡した連中がいるが、今のところは消息が掴めていない。居場所の分からない連中にまで気を付けていると何もできなくなる。
「その内、行って来ることにするよ」
☆ ☆ ☆
半月後。
植えていた薬草が成長し、少量ではあるものの採取できるようになった。それをメリッサに頼んで調合してもらい、薬を手にしてグレンヴァルガ帝国へと向かう。
移動に関してはリオの眷属であるピナに連絡を取って迎えに来てもらった。
「なるほど。こいつが空の迷宮核か」
場所は皇帝の私室。
事前に連絡を取っていたおかげでリオの手が空いている時間に会うことができた。
今回、皇帝として忙しく動き回っているリオと会ったのは、迷宮核を設置する許可が欲しかったからだ。リオに話を通す関係から、やはり帝国内に置いた方がいいだろう、ということになった。
「俺としては迷宮核を設置するぐらいなら構わない」
「ありがとう」
「場所は決まっているのか? 決まっていないなら帝都に設置すればいい。ここなら俺の目が届くから下手なことをされる心配もないぞ」
「いや、それは止めておいた方がいい」
リオの提案を断る。
今は起動していないから問題ないが、未起動状態の迷宮核に誰かが触れて迷宮が生まれてしまう可能性がある。その時、リオの迷宮の支配下にある帝都で新たな迷宮が生まれてしまうとお互いの力が干渉してしまう可能性がある。
もちろん生まれたての迷宮と1000年以上もの間そこにあった迷宮では戦いにすらならない。
だが、一瞬であっても干渉が起こるのは危険だ。
何かしらの問題が発生する可能性がある。
さすがに、そんな危険性があるかもしれないのに迷惑を掛ける訳にはいかない。
それに候補地なら既に決めてある。
「前に行ったことのあるアメント伯爵領に埋めようと思っている」
帝国内で宝石貴族と呼ばれるぐらいに宝石好きなことで有名な伯爵。以前に強力な魔物が出現したので討伐してほしいと頼まれ、赴いたことがある。
一度は行ったことのある場所なので土地勘もある。
何よりも場所がいい。
「あそこは採掘できる場所があって、そういう場所は大抵が硬い。そこなら魔法で硬化させた地面や壁があっても不審に思われないだろ」
「逆に『何かある』と思われて掘られる可能性は?」
「さすがに、どんな方法を使用しても傷一つつけることができないような場所なら諦めるだろ」
もっと頑張れば掘れる。
そう思われたら粘られてしまうかもしれない。
だが、どれだけ頑張っても傷が全くつかないようなら諦める。
不可能の前では人間は無力だ。
「後は帝国の東側へ行くのにちょうどいい場所にある」
王国や帝国の西側なら俺が全速力で走れば1日もしくは2日で辿り着くことができる。
そのため今後の事を考えて帝国の東側に設置するのが最善だ。
「分かった。俺からは許可を出す。けど、アメント伯爵にはどう説明するつもりだ?」
さすがに領主の許可もなく得体のしれない場所を生み出す訳にはいかない。そんな場所があれば領主の調査が入る。
「俺の方から説明する」
個人的な用件でこれ以上リオに迷惑を掛ける訳にもいかない。いざ、という時に備えて話を通して内密に許可さえもらえれば十分だ。
「いいだろう。内密に許可するぐらいなら問題ない」
そうして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると迷宮核を見る。
「で、どうやってこんな物を手に入れたんだ? この1年近くの間にどんな冒険をしたのか話してくれよ」
皇帝の業務で忙しいリオ。
最近では冒険者として活動することができていないため色々な事をしている俺のことが羨ましくなってしまった。
仕方なく許可の対価として話をすることにした。