第33話 滅んだ素材
翌日、調査依頼によって得られた物を確認するため迷宮の最下層を訪れていた。
近くにはイリスとノエルがいる。イリスにはある作業を任せており、ノエルは暇だからということで護衛としてついていた。
今回の依頼で俺たちが要求した物はいくつかある。
サボナでの滞在費、既に力を失った海底迷宮の迷宮核、ダミーとして要求したランプと眼鏡の魔法道具、そして『島』で採取した素材。
本来なら『珊瑚亭』の謝礼として宿泊代金が無料になるところを冒険者ギルドも巻き込んで滞在費の肩代わりにしてもらった。宿泊は、『珊瑚亭』でずっと行っていたが、昼間は街へ繰り出して食事や買い物をしている。全員分を負担させればかなりの金額になった。少し可哀想な気もするが、ちょっとした迷惑料を含んでいる。
迷宮核については、【魔力変換】で魔力に換えてしまってもいいが、別の使い道を考えている。
そして、ダミーとして要求したランプと眼鏡の魔法道具だが、迷宮へ戻って来てから鑑定してみて効果なども分かっていた。なかなかに高性能な魔法道具だったのでありがたく魔力に変換させてもらった。
最後に『島』で得られた素材。
これをこれから対処しようと考えている。
「とりあえずゴブリンたちが回収した物をリストにしてみた。それを確認してほしい」
サボナで遊んでいる間にも瘴気の魔物に襲われて窮地に陥ったゴブリン隊。
救援の報告が届く度、楽しく遊んでいるところに頼まなければならないことを申し訳なく思いながらイリスに頼んで迷宮まで戻ってもらい、【召喚】でゴブリンたちを回収してもらっていた。
その時にゴブリンたちが両手一杯に抱えた薬草や果物を回収している。
既に俺が派遣した9つの部隊とエルマーが頼んだ部隊が戻っているため『島』で回収できる素材は全て回収し終えたと言っていい。
「けっこう大変な作業だっただろ」
「そうでもない。聖騎士小鬼が指揮を執っていたおかげで回収した素材はきちんと整理されていた。だからリストの作成も簡単」
素材に関してはイリスの方が詳しかったので作業を任せていた。
彼女でも知らない素材が含まれていたが、効果や使い道に関しては【鑑定】を使用すれば簡単に知ることができる。
「これは……世に出さない方がいい物も含まれているな」
薬として現代なら破格の効果を発揮する薬草がある。
だが、薬は同時に毒にもなる。現代では失われた薬草から作られた毒。それは、解毒薬の存在しない危険な毒となる。
さすがに、そんな使い方をされるのは困る。
なので、使い道ができた時に備えて迷宮の力で生み出せるようにする為に【魔力変換】だけを行っておく。
直前までの迷宮なら生み出すことのできなかった薬草が多い。
それというのも昔ならば簡単に手に入れることのできる薬草ばかりで、失われるよりも前にいた迷宮主は重要視していなかったため【魔力変換】することがなかった。そして、数が少なくなった頃には迷宮主が不在だったため生み出すことができずにいた。
今回、新しく生み出せるようになった物が多くなったのはよかった。
「ただし、薬草として世に出さなければいいだけの話だ」
薬として加工してしまえば毒として使用することはできない。
迷宮の地下50階へと転移する。
ここは神殿フィールド。白い壁に覆われた神殿を進んで先を目指す。地下47階以外は規則的な構造をしているため45階と46階を攻略している最中に法則性を見出すことができれば攻略は難しくない。
神殿から外へ出ることは不可能となっている。しかし、閉鎖空間の中にいると人は心を病んでしまう。そのため、天井から光が差し込む場所があり、そこでは草花が生えている。
そこでなら薬草の飼育も可能だ。
なによりも『神殿』というのがいい。
既に滅んでしまった薬草や果物。そんな物があっても『神殿』の雰囲気が不自然さを打ち消してくれる。
とはいえ、それらは見つかった時の為の保険だ。
基本的に外部の人間に今回得た物を触れさせるつもりはない。
そのため、地下50階という神殿フィールドの奥地を選んだ。
「ふわぁ!」
目の前に広がる光景を見て思わずノエルが声を挙げていた。
天井から入り込んでくる光のおかげで、その場所だけ神殿の緊張にも似た感覚が満ちる荘厳な空間から優しさの溢れる空間へと様変わりしていた。それを助けているのが花の存在だ。心安らぐ花畑があるおかげで、のんびり過ごすことができる。
獣人であるノエルは、こういった自然のある場所にいると落ち着ける。
「と言っても完全に演出なんだけどな」
侵入した冒険者たちの休憩所として用意された空間。
ノエルが思わず気を抜いてしまったように探索で緊張状態にあった冒険者たちも解放されてしまう。
そんな思惑があって用意された空間だ。
「そんな情緒のない事を言って」
「用意したのは俺じゃないけどな」
俺よりも前の迷宮主が用意した空間だ。
迷宮のコンセプトに関して俺に文句を言われても困る。
「まず何から植える?」
「そうだな。場所ごとに植えてある物を変えた方がいいだろ」
異なる植物を同じ場所に植えることでどのような影響があるのか分からない。
そのため似たような姿をした植物でも別の場所に植えることにする。幸いにして場所には困らない。神殿内には、このような空間が他にもいくつかある。
「あ、見て」
ノエルが地面から生える一輪の白い花を見つけた。
この花が大きくなって真っ赤な花を咲かせるようになれば採取しても問題なくなる。
「綺麗……」
「綺麗なのかもしれないけど、絶対に素手で掴むような真似をするなよ」
「え……」
「その花。白い内は毒がある。触れただけで皮膚が爛れるような猛毒だ」
「嘘っ!」
慌てて離れるが、意味のない行動だ。
この花は直接触れていなければ問題ないので、近くにいるだけなら匂いを嗅いでも問題ない。
「植物の成長速度は迷宮の力で速めたけど、安定するまで時間が掛かりそうだな」
薬草の成長状況の確認を終えると別の場所へ向かう。
そこでは、果物が成るように設定した。
腰よりも少し高い位置ぐらいまである茂みに手で抱えるほど大きな黄色い実をつける。これは、食べると非常に美味しく昔から高級食材の一つだったらしい。ところが、収穫できる数が非常に少ないため激減し、それでも貴族や金持ちが挙って食べていたため絶滅してしまうほど数が減ってしまった。
売りに出せば希少性と味から高値で売れる。
しかし、完全に自分たちだけで食べる為に用意した。得られる数を考えれば少数を巡って混乱が起こるのは明らか。そんな事になるぐらいなら流通させない方がいい。
薬草などは、どうしても必要になる人がいるため用意した。
「……ん?」
果物の状態を確認していると待ちに待った報告が届いた。
「ようやく、か」
イリスにも届いたようで安堵していた。
あれは回収できるのなら回収しておいた方がいい。
「じゃあ、最後まで残しておいたゴブリンに回収させるか」
聖騎士小鬼を中心とした10の小隊。
9つの小隊だけではサボナにいる間にイリスへ迷宮まで跳んでもらってから迷宮へ帰して様々な物を回収してもらっている。
先ほどの白い花もそうだ。
どれだけの物が迷宮の力を借りることができるとはいえ再現できるのか分からない。
それだけの数があった。
既に海の底へ沈んでしまった『島』から回収してくれたゴブリンたちには本当に感謝しかない。
そして、最後まで残った隊にはある事を頼んでおいた。
『神櫃の鍵』の回収。
あれほど高ランクの魔法道具は他になかなかなく、回収しない訳にはいかない。
「でも、持ち主がいるから回収できないんじゃ」
「それは、ニコラスが生きていた場合の話だ」
だからニコラスが死ぬのを待っていた。
「殺せる、の?」
「どれだけ強力な再生能力を有していたところで奴は人間だ。それも実戦なんてほとんどしたことのない素人。最後には恐怖心から冷静さを取り戻していたけど、俺は最終的には恐怖じゃなくても冷静さを取り戻すことになるって信じていた」
海の底に沈んだ『島』でたった一人。
孤独感はやがて恐怖へと変わり冷静さを取り戻すと思っていた。
そして、そこからが地獄の始まりだ。
冷静であればあるほど孤独から感じる恐怖は強くなり、終には心が耐えられなくなってしまう。
「9体のゴブリンで手分けして監視して、気付かれて攻撃された時にはパラディンゴブリンが助けに入る手筈になっていたんだ」
だが、監視している限り数日間ニコラスは誰もいない『島』をウロウロしているだけで監視しているゴブリンに攻撃を仕掛ける様子はなかったし、気付いた様子もなかった。
沈んだ時点で心は既に折れていた。
そして、今になって完全に朽ちた。
「回収しろ」
地面に倒れて『鍵』を手放すニコラス。
ゴブリンが近付いて『鍵』を回収するものの反応することなく体が黒い砂のようになって消えてしまった。
孤独に耐えられなかったニコラスは朽ちることを選んだ。
そして、次に『鍵』を回収したゴブリンが新たな所有者として認められた。
「【召喚】」
回収したゴブリンを喚び出して『鍵』を受け取る。
「これで俺が次の所有者だ」




