第32話 クーデターの結果
『島』の調査から二日はサボナでゆっくりさせてもらい、三日目の朝にはアリスターへ帰らせてもらった。
「おかえりなさいませ」
屋敷へ帰ると疲れた様子のクリスたちが出迎えてくれた。
今日は、久しぶりの休みだということで朝からのんびりしていた。
「随分と忙しかったみたいだな」
「その通りです。一昨日までに滅んでしまった村の再興計画を用意することになったのです」
もちろんクリスが一人で全てを計画する訳ではない。クリスが用意するのは、あくまでも草案。その草案を見たベテランの文官が計画を詰め、最終的にエリオットが承認して彼の指揮の下で計画が実行されていくことになる。
キマイラのせいで滅んでしまった3つの村。
村に住んでいたほとんどの人間が魔物に殺されてしまったせいでアリスターへ避難できた人間は元々村にいた人間の半分もいない。ただ、建物を用意して元の状態に戻すだけでは絶対に上手くいかないため計画は慎重に立てなければならない。
神経を使う仕事をして疲れていた。
「おつかれさま。こんな物しか用意できなかったけど、お土産を用意した」
「ありがとうございます」
サボナは港町でもあるため様々な物が他国から入ってくる。
流行も常に変わっており、女性に人気のある物をシルビアが見つけた。今は、生クリームと果物を生地で包み込んだデザートが人気らしく、売っている露店の前には長蛇の列ができていた。本来なら、その日の内に食べなければならない物なためお土産には適していないが、道具箱や収納リングが持ち帰るのに苦労しない。
シルビアが特製の紅茶を用意してくれる。
俺たちの分もあるので一緒に食べる。
母たちも食べるのかと思いきやお土産を近所の人たちに配る、と言って屋敷を出て行った。
時間的にサボナの往復が不可能なので、どこへ行っていたのか言わないでほしいのだが、シエラの印象を良くする為に必要な事だと言われては俺から強くお願いすることはできない。既に異常な力は見せてしまったいるので、近所の人たちには適当に納得してもらうしかない。
「うん、美味しい」
「甘い!」
「これは、人気があるのも頷けますね」
どうやらクリス、リアーナちゃん、メリルちゃんの3人はお土産に満足してくれたようだ。
こういう風に甘い食べ物で懐柔できるところは、やっぱりまだまだ子供……
「デザートも助かりますが、サボナで何があったのか聞かせてもらえますか?」
デザートを食べ終わると真剣な目付きになったクリスが尋ねてきた。
「お兄様のスキルには本当に助かっています。サボナの情勢など簡単に知ることができるものではありません。真っ当な方法で知ろうとすれば1カ月掛かってしまうこともあります。それでは手遅れです」
領主に仕える者らしく情報を求めてきた。
立派に仕事をする気があるらしいので土産話として『島』の事を語る。
「問題は全て解決したのですか?」
「ああ、解決した」
「それはよかったです。幸いにしてアリスターとサボナは山脈を挟んでいるため影響は皆無と言ってもいいです。今は迂回する為に必要不可欠な王都も機能していませんから尚更です」
クーデターが起こったと聞いていた王都。
この問題に対して俺は何も行動を起こすつもりがない。関わったところで利益は全くないし、Sランク冒険者でもないので王家に味方する理由もない。また、Sランク冒険者でもクーデターのような案件には必ず王家の味方をしなければならない訳ではない。
それに、まさかクーデターが成功するとは思えない。一国の戦力が負けてしまうなどあり得ない。
が、予想外な結末を迎えてしまった。
「クーデターは成功しました」
あっさりとクリスは告げてしまった。
「成功?」
まさか成功するとは思っておらず、思わず口から零れてしまった。
「はい」
クリスも成功するとは思っていなかったようで肯定する言葉に戸惑いが見受けられた。
「事の発端は王家に近い公爵家が今の王家に対して陳情を述べたためでした」
その陳情の内容、というのが俺たちにとって無関係ではいられなかった。
「公爵が問題にしたのは、第3王子だったペッシュ王子が行っていた事でした」
クリスの言葉を聞いてメリッサが持っていたカップを落としそうになる。
近隣の村を盗賊に扮した部下に襲わせ、別の部下が事を収めることで自分の支配領域を進めていく。
この計画で真っ先に被害に遭ったのがメリッサの故郷だ。
数年後、色々とあった末に俺たちと出会ったメリッサの手によってペッシュ王子の企みは自身と共に葬り去られることになった。俺たちとしても自分たちの住む国と事を構えるつもりはなかったので、表沙汰にするつもりはなかった。
「とはいえ、私が知らなかっただけで公爵はペッシュ王子の行動を怪しんでいたようです」
ペッシュ王子の行動に気付いていたのは、公爵だけでなく家族である王家も同じだった。彼らは家族の情からペッシュ王子の行動を見逃していた。本来ならば王家として糾弾しなければならない案件だ。
そして、王家が気付いていることに公爵も気付いた。
これを材料として王家を糾弾するつもりでいた。だが、相手は王家。僅かな証拠を集めたところで意味はなく、王家が隠蔽に関わっていると知ったことで王家に関する証拠も必要になってしまった。
その証拠集めに数年を要することになる。
そして、いざ糾弾しようという段階になってペッシュ王子の行方が全く分からなくなる。
公爵は自分の動きを察知されたのかと思って警戒し動けなくなった。
だが、結果を知っている身から言わせて貰えば完全な杞憂だ。
俺たちは俺たちの都合でペッシュ王子を排除し、公爵の存在など全く知らなかったのだから。
「それから公爵は、周囲の支持を得て王家の側近を逆に自分の味方につけると王家を完全に排除したようです」
クーデターは思ったよりも簡単に成功してしまったらしい。
これには公爵が有能だった、というのも理由の一つだがそれ以上に今の王家に危機意識が欠如していた、というのが理由として大きい。
王家は武力によるクーデターが行われるまでクーデターに関して何も知らなかったようで、僅かな戦力と共に閉じ籠るぐらいのことしかできなかった。
「私はクーデターが成功する、とは思っていなかったのですが王都から来たルイーズさんは成功する可能性が高いと踏んでいたようです」
だからこそ家族と一緒に逃げるようにアリスターへ避難してきた。
成功する可能性が高いと分かっていれば公爵側に付けばいいように思えるが、成功した後のゴタゴタを思ってクーデターには全く関わらないことを選んだ。
「……面倒なことになったな」
当初の予想では俺たちに関係がないと思っていたクーデター。
だが、きっかけの一つにどっぷりと関わっていた。
こちらから関わるようなつもりはないが、向こうから関わってくるのなら対処を考える必要がある。
「申し訳ありません」
「ん?」
今後の事で頭を悩ませているとメリッサが謝ってきた。
「何を謝っている?」
「私があの時に迂闊な事をしてしまったためにこのような事態になってしまいました」
「こうなった原因が自分にあると思っているのか?」
メリッサが小さく頷く。
たしかにメリッサの要請がなければ俺たちがペッシュ王子と関わり合いになるようなことはなかった。
だが、そんな事でメリッサに責任を感じさせるつもりなどない。
「あの時に行動した事は正しかったと思っている。はっきり言ってあんなクズに政を任せる気にはなれない。国に頼っても王子という立場が邪魔して奴を排除するのは無理だった」
その辺りの事はメリッサも分かっている。
だからこそ自分で行動しようと思った。
「俺が動いて力に任せて事態を収束させるのが最も単純で簡単な方法だった」
あの時の行動を「もっと上手く出来たのではないか?」と後悔することはあっても、行動そのものを後悔することはない。
「俺の方針は変わらない。たとえ相手がクーデターに成功した公爵であろうとも平穏を壊すようなら容赦はしない」