第18話 村の奪還作戦①
ルイーズ・シェフィールド。
アリスターよりも南にあるエルフの里出身の女性で、現在は王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしている見た目は20代にしか見えない90年以上の時を生きた女性だ。
その姿を見た瞬間、イリスが思わず後退る。
「なんだい。Aランク冒険者ともあろう者が情けない」
「いえ、そういう訳では……」
イリスはルイーズさんに対して苦手意識があった。
戦災孤児だったこともあって、自分の孫のように接してくれたルイーズさんなのだが、恩がありすぎてどう接したらいいのか分からなくなってしまった。
「おい、この人は誰なんだよ」
近くにいた冒険者の一人が尋ねてきた。
まあ、無理もない。見たこともない人が冒険者ギルド側の中心人物のようになって話を進めているのだから。
それに俺やイリスと親しくしている。
見た目だけなら見下したような態度を取りたいところだが、俺やイリスの態度は明らかに下と見做したものだ。
「そういえば紹介がまだでしたね」
ルーティさんが思い出したように紹介を始める。
「この方はルイーズ・シェフィールド。元Sランク冒険者で、少し前までは王都の冒険者ギルドでギルドマスターを務めていた方です。その時に色々と革新的な事をされて功績が認められたため爵位をもらっているので、ここにいる皆さんより権力だけでなく実力も上ですから対応には注意してください」
「……っ!」
冒険者たちが息を呑む。
王都の冒険者ギルドといえば冒険者の誰もが花形的場所。そこのギルドマスターともなれば全ての冒険者を牛耳る人物と言っても過言ではない。
「そんなの気にする必要はないよ。今は辞めた身だからね」
「辞めた?」
たしか旦那さんとの約束があるから王都にいると聞いていた。
「今はこっちで厄介になっている身だよ」
こっち?
「我が家だ」
現れたのは騎士を伴ったエリオット。
どうやら、いつの間にかアリスター家に引き抜かれていたみたいだ。
「以前から我が家に来てくれないかと誘いの話はしていたのだが、最近になってようやく引き抜くことに成功した。彼女の持つ知識と経験は凄まじい。今後の領地開拓では必要になる存在だと考えている」
実際に勧誘を行ったのはエリオットではなく父親である伯爵の方。
相手は元とはいえギルドマスターだ。引き抜きには相当苦労したに違いない。
「こっちも色々と事情があったからね。子供や孫も一緒に世話になるんだから力を貸すのは当然だよ。それに――」
ルイーズさんの目が地図へ向けられる。
「これから住もうって考えている土地なのに魔物がうじゃうじゃといる状態のままにしておく訳にはいかない。さっさと対処しちまうよ。いいね!」
『は、はい!!』
周囲にいる冒険者を見ながら同意を求めてきたので全員が無条件で頷いてしまっていた。威圧していた訳ではないのだが、思わず頷かざるを得ない気配だ。
「まずは、昨日の内に分かっている事を報告しな」
冒険者のまとめ役を買って出てくれたガンザスさんが報告をしてくれる。
昨日の内に何人かの冒険者は最初の村であるモルト村まで到達した。しかし、そこでヒッポグリフやグリフォンが現れてしまい、とてもではないが魔物の討伐ができるような状況ではなくなってしまった。
「情けない。あんたらがグリフォン共と戦う訳でもないのに」
「いや、グリフォンの影響を受けて殺気立っていたんだ。非常に危険な状況だ」
「たしかに自分の命は大事だろうね。けど、多少の危険は覚悟のうえで戦いに赴くことができないと稼ぐことはできないし、次の段階へレベルアップすることもできないよ。本気で上を目指すつもりならギリギリのところまで危険に足を踏み入れるようにしな」
ただし、踏み込み過ぎてしまうと死んでしまう。
その辺りの匙加減が必要とされていた。
「ま、その辺は冒険者の自由だ。で、魔物はどうだった?」
「そうだな。出てくるのは森狼、一角兎、犬頭人、小鬼……どれも一体一体はそれほど強くないんだが、とにかく数が多い。そこにいる奴が以前に一人で倒したことのある1000体よりも多くいる可能性がある」
「なっ……!」
異常な数の魔物の報告を聞いてエリオット付きの騎士が慌てる。
1000体を超える魔物の数など本来なら周辺の都市も巻き込んで総出で対処しなければならない数だ。
戦力を急いで集めるつもりなのだろう。
「無駄だよ」
だが、それをルイーズさんが止める。
「何を言っているのですか」
「そんな異常な数の魔物が本当にいるのだとしたらアリスターの戦力だけでは対処し切れるものではありませんよ」
騎士が言っている事は間違ってはいない。
ただし……
「今後の事を考えるなら、あまり他所の都市に頼るべきじゃないだろうね」
魔物が出現したのは後の大きな開拓を予定している場所。
他所の都市に所属する騎士の手を借りて開拓してしまうと得られた利権に絡まれることになる。
「そんな事を言っている場合ではないと思うのですが……」
エリオットにもルイーズさんの言いたい事は分かる。
「近くの都市から少しばかりの増援を呼んだところでどうにかなるようなレベルの騒動じゃあなくなっているんだよ」
どういう事です? とエリオットだけでなく他の者も首を傾げる。
俺とイリスだけは状況を把握しているので、ルイーズさんの言葉そのものにはそれほど驚いていない。しかし、ルイーズさんが現状を知っていたことには少なからず驚かされた。
「デイトン村へは以前に縁があって行ったことがある」
エルフの里へ向かう時に同行を頼み、ちょっとしたトラブルから立ち寄ることになってしまった。
「で、使い魔を放ってみたところデイトン村の近くにある森から魔物が次から次へとうじゃうじゃ出てくる状況だった……いや、今も出続けているね」
「なっ……それは本当の話ですか!?」
冒険者たちが言葉を失ってしまった。
昨日は、アリスターにいた冒険者だけとはいえ、かなりの数の冒険者が総出で魔物を討伐した。当然、魔物も冒険者の数に見合っただけ討伐され、集めれば山ができるほどだった。
それでも減った様子がないので不審には思っていた。
「この状況を考えるなら森の中に魔物を次から次へと生み出す『何か』がいるだろうね」
「まさか、グリフォンも……」
「そいつが生み出しているんだろうね」
グリフォンの強さだけを考えるなら魔物の群れのボスだと考えてもおかしくない。
だが、グリフォンが討伐された今も魔物が生み出され続けている。
「あんたは、どこまで分かっているんだい?」
ルイーズさんの視線が俺へ向けられる。
頼りにされているのか冒険者たちも一斉に俺を見る。
「ルイーズさんが言うように森から魔物が種類を問わず次から次へと輩出されている。残念ながら俺が見ているのは空からだから、さすがに森の中を確認するのは無理だ。だけど、何かがいるのは間違いない」
一定以上進んだ所で鋭く尖った木の枝が森の中から飛び出してサファイアイーグルの体を貫いてしまう。
俺が知ることができるのは貫かれる直前までだ。
偵察の脅威を知っている何者かが攻撃してきている。
「アタシもそこまでは調べられなかったね。けど、貴重な情報には礼を言うよ。アタシの立てた目標だと森の中にある原因を探るところで止まっていた。『何か』がいることが分かっただけでも収穫だよ」
その『何か』を排除しなくては騒動を収束させることはできない。
「そこで、まずはやるのがデイトン村の奪還だよ」
探索を行うなら拠点が必要になる。
さすがにアリスターからでは距離があり過ぎる。
そこで、森に最も近いデイトン村を拠点にして森を探索することにした。
「時間を掛けてしまえば、それだけ多くの魔物が生み出されることになる。もしも、応援を待っていたら手に負えない事態になっているかもしれない。都市に閉じ籠っていてもいいけど、最悪の場合には手に負えない事態になっている可能性がある。そうなる前に多少の無理をしてでも一点突破する必要があるんだよ。幸いにして森に原因があることは分かった。後は、一気に突っ込むだけだよ」
こうして魔物から村を奪還する為の作戦が始まった。