第6話 肥料速成生成
畑を耕すことには成功したが、これで完成ではない。
農作物を育てるうえで最も大切な物は土。ただし、農作物を育てる為には栄養のある土でなければならない。
ただ柔らかくしただけの目の前にある土では足りない。
「肥料を用意する必要があるな」
「肥料ですか? 買って来てもいいですが、それですとお金が掛かりますよ」
そこが問題だ。
できることならお金を掛けずに完成させたい。
「最初に思い付くのは野菜などの生ごみを発酵させた方法でしょうか」
土の間に生ごみを敷き詰めて発酵させる。
そうして作られた土には栄養が含まれているため野菜を育てる時の土に使う。
「ですが、野菜によっては一緒にすると相性の悪い物があります。残念ながらわたしには詳しい知識がないので分けるのは不可能です」
調べればいいだけかもしれないが、今求めているのは手っ取り早く始められる方法。もう、土を用意してしまったので初めてしまいたい。
メリッサもさすがに農業関係の知識は持っていなかった。
「随分と詳しいな」
俺も知っていたのは肥料を用意した方がいい事ぐらい。
貧しい村で育ったので近くの家に住んでいる農夫が肥料を用意している姿を遠くから見ていたので知っていた。デイトン村では農業が大々的に行われていたが、父は村を守る兵士だったため農業には詳しくない。
「あ、昔いた村では農場の手伝いをしていたのでわたしも聞きかじった程度の知識なんです」
王都で俺と出会う前。
冒険者をしていた父親であるラルドさんの収入だけでは親子4人が生活して行くには不安定だったため母親のオリビアさんは近くの農場で雑用をしてお金を稼いでいた。シルビアも長女として時々だが手伝っていた。
そんな生活もオリビアさんが病気を患ってしまったため一変してしまった。
「いや、この中だと一番詳しそうだ」
それに今は庭でハーブを育てている。
俺たちの中では一番知識がある。
「分かりました。私が知っているのは落ち葉や雑草を利用した方法でしょうか」
この時に利用するのは広葉樹。
油分を多く含む葉だと分解されるまでに時間が掛かってしまうらしい。
「それでも2、3カ月の時間が必要になりますよ」
「問題ない。その解決策なら既に考えてある」
最初から魔法を惜しみなく使って行くつもりだ。
ただし、落ち葉を集める作業ばかりは魔法を使っても簡単には終わらない。手で集める必要がある。
「落ち葉か」
木なら草原フィールドへ行けば沢山ある。
高ランクの冒険者が上層である草原フィールドにいるのはおかしいかもしれないが、特別な素材を探していると言えば誤魔化せるだろう。
☆ ☆ ☆
「そうして集めて来た落ち葉がこれか」
6人で協力すれば1時間ばかり数百キロを集めることができる。
大量の落ち葉がある場所に関しても迷宮内なら迷宮核に問い合わせるだけで知ることができた。
目の前には積まれた落ち葉と人よりも大きな木箱がある。
「まずは集めて来た落ち葉を木箱に敷き詰めます」
その上に土を被せる。
「この状態のままにして2、3カ月放置します。それで落ち葉が葉の形がなくなるほどに分解されていれば完成です」
それでも葉が残っているようなら同じ作業を繰り返せばいい。
「本来なら前年の内に用意しておいて使用する方法なのですが、今から使いたいんですよね」
「そうだ」
「どうするんですか?」
困った時にはメリッサ先生の登場。
「この大きさなら問題ないでしょう」
メリッサの前には落ち葉と土が敷き詰められた木箱がある。
そっと木箱に手を触れる。
――ミシッ!
「……ん?」
奇妙な音にノエルが反応した。
まるで朽ちてしまったために折れた音。
実際、その推測は間違っていない。
「これぐらいでしょうか?」
木箱の蓋を開けてみる。
中には落ち葉などどこにも残されていなかった。
「え、落ち葉はどこへ行ったの?」
「全て3カ月の間に分解されました」
「3カ月って……」
何をしたのか知ってアイラが言葉を失くしていた。
メリッサが行ったのは、単純に木箱の中の時間を速めただけ。【空間魔法】を利用すれば、限定された範囲内の時間を進めるぐらいはできるらしい。
「もっとも凄く精密な調整が必要になりますので大きさは限定されていますし、動いている物には使用することができません。また、生物に対して使用してしまうと速過ぎる時間に心が追い付かなくて死んでしまうので非常に危険です」
使い道があるとすれば今回のように時間を掛ける必要のある発酵作業。
「凄いな……」
できるかもしれない、という思いつきで提案してみたが、本当にできてしまう光景を見させられると感心せずにはいられない。
「これを農作物に利用することはできないのか?」
収穫までに数カ月を要する時間を短縮することができる。
「止めておいた方がよろしいです」
しかし、メリッサは俺の提案を却下する。
「どうして?」
「この方法は生物――作物に使用してしまうと対象を死滅させてしまいます。発酵はどうやら現象として見做したようできましたが、農作物は私が生物として認識してしまっています。無意識による認識、というのはなかなか変えることができません」
『農作物』は『物体』という風には認識できない。
成長して生きている、だから『生物』。
メリッサらしい認識だ。
そこまで都合のいい話はなかった。
この事でメリッサを咎める訳にはいかない。
「じゃあ、地道に植えて行くしかないか」
耕した畑に腐葉土を混ぜ込む。
そこへ種を植える必要があるのだが……
「種はどうしようか?」
何を植えるのか具体的に決めていなかった。
「それなら大丈夫」
農夫にお願いすればお金さえ払えば種を譲ってもらうことはできる。
アリスターの近くで農場を経営している人へお願いしに行こうとする俺をイリスが引き留める。
彼女の方を見ると紙袋を渡して来た。
「これは……」
「エストア神国へ行った時に余っていた大量の種」
神気によって作物が大量に異常成長したエストア神国。
事件解決の為に俺たちも協力したおかげで今は騒ぎも沈静化している。
ただ、異常成長しなくなったということは、それまでの間に得られた大量の種を持て余してしまうという事になる。種は大量にあっても植えるだけの土地や育てる人手がなければそのうち芽が出なくなるものが多くなるので捨てざるを得ない。
結果、レジュラス商業国で作物を格安で売っていたように種を格安で売らなければならなくなってしまった。
「どうせならアリスターで売れないかと思って買っておいた」
その土地特有の農作物とかがあるので大量には売れない。
ただし、メティス王国からかなり離れた場所で育てられた農作物の種なので色々と使い道がある。
予想よりも少なかったが十分に売れたらしい。
それでも残ってしまった物が手元にある。
「せっかくだからこれを使おう」
「いいんじゃないか?」
種はキャベツやニンジン、ダイコンといったありふれた物が多かった。
そういう物ほど余り易く、安かったので手に入れたという事だ。
早速、1センチほどの深さで作ったU字の溝に植えて行く。
「今は土しかない場所だけどしばらくすれば芽も出て来るだろ」
その後も色々と大変だが一段落ついた。
「じゃあ、最後は頼んだ」
「うん」
ノエルが錫杖を振ってスキルを使用する。
数分後――
「お、雨が降って来たな」
歩きながら畑の様子を確認しているとポツポツと体に当たり始めた。
ノエルにやってもらったのは【天候操作】で天気を雨にしてもらった。外にいるような錯覚をしてしまうような景色をしている廃都市フィールドだが、実際には迷宮の力によって管理された屋内だ。
当然、屋内では天候が変わらず晴れたまま。
それでは、どこかから水路を引くなどして水を与える必要があるのだが、そんな手間を掛けている暇はない。
そこでノエルに頼んで強制的に天気を変えてもらった。
「これで水不足とは無縁な畑が完成だ」