第13話 エストア神国について
エストア神国。
狩猟の神――アルサムを信仰していることで有名な国だ。
アルサムを信仰している理由は、エストア神国の土壌が農業にはあまり適してはいないせいで食糧の確保が難しく、そんな状況を打破したのがアルサムだという神話が残っている為だ。
アルサムのした事。
神の力を使用して大地に草を生やし、獣を生み出し、成長した獣を弓矢で狩り、困窮する人々へ施した。
生えて来た草は人間が食べるには適していなかったが、獣が食べる分には問題がなく、アルサムの死後も効果が持続していた。
おかげで肉には困らない生活が続いた。
もちろん肉だけでは栄養が偏ってしまうため人々は知恵を絞り、長い時間を掛けることによって農業ができる場所を広げて行った。
「そんな土地だからこそ平原が多いという訳」
「へぇ~」
イリスの解説を聞きながら感心する。
そう言えばエストア神国へ向かうことになったが、どのような国なのかまでは聞いていなかった。
「そして、国を救ってくれたアルサムを今でも神として信仰している」
今となっては神であったアルサムが人々を救ってくれたのか、特殊な魔法を用いて人々を救ってくれたアルサムを神として敬っているのか分からない。
しかし、国に住む人々にとっての拠り所となっているのは間違いない。
「で、エストア神国へは入国したけど、これからどうするの?」
昨日の内に入国して国境に一番近い街で一泊。
夕食までの僅かな時間の間に調べただけだが、やはり異常事態が起きているのがはっきりと分かる。
まず、地中にあるエネルギーが異常だ。
魔力……いや、もっと異質なエネルギーが地中に含まれている。
「これは神気だね」
俺たちの中で最も神気に触れた事のあるノエルの言葉。
神気――神や神の遺産だけが使うことの許されたエネルギー。
大災害によって汚染されてしまった環境を浄化する為に設置された『神樹』は余剰エネルギーから神気を生み出し、ノエルが『巫女』を務めていた女神ティシュアも神気を身に纏っていた。
国境付近では感じられなかった。
しかし、ある程度進んだ所から感じられるようになった。
神気に限らず、魔力は魔法使いと呼べる程度に熟練した能力を持つ者でなければ感知することは難しい。そして、そんな者たちでも神気を感知することはできず、魔力のように感じてしまう。
この地を訪れた魔法使いも「ちょっとおかしな魔力がある」程度にしか考えていなかった。
そして、神気という別のエネルギーがある事を知らなかったため放置してしまった。
「これ、かなり危険なレベルだぞ」
神気によって農作物が急成長を遂げたのは間違いない。
問題となるのは、膨大な量の神気が既に大地へ溶け込んでいることだ。
限界を越えれば大爆発を引き起こしてしまう可能性もある。
「こんな場所から膨大な量の神気があると問題」
そう言ってエストア神国の地図を広げる。
特定の神を信仰しているだけあって巡礼者が多い。そのため、国内の地図を手に入れるのは難しくなかった。昨日、泊まった時に国境近くの街で購入した。
とはいえ、国境近くの街だと隣国に軍事目的で利用されてしまう可能性があったため簡単な地図しか手に入らなかった。
けれども首都へ向かう為に買っただけなので問題ない。
「予定通り首都へ向かえばいいの?」
「昨日の奴から頼まれたからな」
ゲイツの依頼を受けて俺たちのサポートをしようとしていた冒険者。
あんな所まで付いて来た彼には悪いが、エストア神国まで同行されても足手纏いにしかならないのでレジェンスへお帰り願った。
今回の依頼を引き受けたのは、依頼を受けて調査の為にエストア神国を訪れた者の中に仲間の一人の恋人が含まれていたかららしい。その仲間も恋人が行方不明になった事を知った直後に救出へ向かいたかったが、昔からエストア神国を拠点に活動している冒険者であるため不審な行動をして商業組合に睨まれたくなかったためすぐには動くことができなかったが、依頼を知って動く事を決心した。
ゲイツからの依頼書も確認させてもらった。
彼については信用しても問題なさそうだったので何もせずに返した。
そして、別れ際に仲間の恋人を頼まれた。
一連の行動でお互いの実力差をはっきりと痛感し、自分たちでは足手纏いになると分かってくれたので納得してもらえた。仲間については彼の方から説得してもらうよりほかはない。
行方不明になった魔法使いだが、全員が首都を目指していたらしい。
商人の調べでも首都へ近付けば近付くほど農作物の成長スピードは速くなっていた事が分かっていたからだ。
だから、俺たちも首都へ向かいながら調査を行う。
――ガタン!
「ん?」
今後の予定に思いを馳せていると馬車が急に止まった。
「何かあったのか?」
「どうやら車輪に草が絡み付いたみたいで動かなくなったの」
「草?」
御者をしていたアイラの言葉に首を傾げる。
エステア神国は、農作物の異常成長の影響なのか整備されているはずの街道にも地面の至る所から草が生えていた。それでも車輪に絡み付いて止めてしまうほどではなかったはずだ。
馬車から身を乗り出して車輪を見てみる。
たしかに草が車輪に絡み付いて……
「全員、馬車から脱出!」
緊迫した声に馬車の中にいた全員が飛び出す。
次の瞬間、地面から突き出て来た草が馬車を貫いて破壊してしまう。
「イリス、破片でもいいから回収しろ」
二人で協力して馬車の破片を道具箱に回収して行く。
「そんな物を何に使うつもりなの?」
ノエルの疑問ももっともだ。
レジェンスで借りた馬車は普通の馬車だ。決して特別な素材が使われている訳ではないし、特殊な造り方をされている訳でもない。ありふれた馬車だ。
「だって壊したとか言ったら弁償させられるだろ」
使用による劣化については貸した側が修繕することになっている。
しかし、激しく使用して消耗させたり、戦闘などの移動以外の目的に使用して壊したりしてしまった場合には弁償させられることになる。その時に要求されるのは新品の馬車だ。だから馬車を借りた場合には丁寧に扱わなければならない。
バラバラになるほど壊れてしまえば諦めるしかない。
しかし、俺には迷宮の力がある。
道具箱に馬車の破片を入れ、使用されている素材を鑑定。
その後、同一の素材を利用して馬車を新たに造り上げる。
そうすれば馬車を弁償させられる事もない。
「馬車の事なんかよりも来たわよ」
馬車を壊した存在から敵意が向けられる。
こっちも敵意を向け返す。いくら迷宮の力を使って再現が可能とはいえ、迷宮の魔力を消費してしまっていることには変わりない。こいつのせいで無駄な出費を被ってしまった。
「だから……!」
アイラから再び叱責されてしまった。
馬車について考えるのはここまでだ。
「ひまわり、だよな?」
急成長を遂げるひまわり。
最初は車輪で踏み潰してしまうほどの小ささだったが、それ以上に馬車を貫けるほどに成長してしまっている事、何よりも現在は冬だというのに夏の花であるひまわりが咲いているのも異常だ。
全長4メートルの巨大なひまわりが出現する。
「生きている、な……」
巨大なひまわりから明確な敵意を感じる。
ひまわりがこちらへ花を向けて来る。
そのまま種を弾丸のようにして飛ばして来た。