第11話 副会長の要望
青年と一緒に門の近くにある喫茶店に入る。
最初、ウィリアムがいる事に顔を顰めた男性マスターだったが、一緒に青年がいることに気付くと何食わぬ顔で作業に戻った。
どうやら上納金を払わなかったウィリアムと敵対する事は喫茶店にまで徹底されているらしい。そして、そんな命令も青年が一緒にいることで打ち消すことができるうえ、口止めも徹底されている。そうでなければ敵対しているはずの相手と一緒に行動するなどというリスクのある行動に出られるはずがない。
青年がそれなりの地位にいる事が伺える。
「さて、状況を説明させてもらおう」
「その前に自己紹介をしてもらおう。そっちは俺たちの事を知っているみたいだけど、こっちは何も知らないんだ」
「それもそうだな」
テーブルについた俺とウィリアム。
対面には金髪の青年が座っている。
青年の後ろには護衛として屈強な二人の男が立っている。対してこちらはメリッサが立っているだけ。厳つさなどとは無縁なメリッサではプレッシャーを与えることはできない。しかし、護衛から鋭い視線を向けられても平然としていた姿から護衛は諦めた。
「私はゲイツ・ギブソン。商業組合の副会長をしている」
「副会長……!?」
レジュラス商業国にも行政を司る機関は存在している。
けれども、資金の提供や住人への影響力もあってレジュラス商業国における力関係は商業組合の方が圧倒的に上だ。
実質的に国内のナンバー2。
「そんな人が僕たちに何の用ですか?」
「いえ、貴方たちがどのような状況にあるのか説明してあげようと思った次第です」
そうして語られるジャレッド会長による陰謀。
ジャレッド会長は、父親が先々代の組会長だったことから若くして組合員になったやり手の人だった。やり手と言っても商才に優れていた、と言うよりも金を集める才能に優れていた。
人の弱みに付け込んで金を集める。
ウィリアムも追い詰められた初日だからこそ平然としていられるが、こんな状況が1週間や10日と続けば疲弊して行くのは間違いない。なにせ品物を売ってくれないのだから最終的には食糧を購入することにすら困難になる。もっとも俺たちが同行しているので物資に困るような事態にはならない。
しかし、困窮すれば最終的に上納金を支払うことになる。
そうしてジャレッドは金を得る。
「奴は若い頃からそんな方法で金を集めていたみたいです」
「組合の方では問題にならなかったんですか?」
「今でこそ組合のほとんどの人間が知るような行為ですが、若い頃は気付かれないよう行動していたようで誰も気付いていなかった。もしくは、気付いた人間すらも味方に付けていたようです」
弱みのない人間でも金を握らせることによって弱みにする。
そうして少しずつ味方を増やして行く。
気付けば会長になれるほどの派閥が出来上がっていた。
「それであなたはどうしたいんですか?」
「私としては今のレジェンスの考えを改めたいと考えています。ですが、その為にはジャレッドが邪魔だ。排除したいところですが、今の私の力では足りない」
悔しそうに拳を握るゲイツ副会長。
副会長にまで登り詰めるのだから相当の実力はあるのだろうが、金を積み上げて会長になった奴が相手では力が不足している。
「だからと言って貴方たちの置かれた状況を見過ごしたくはない!」
巻き上げられようとしていた金を納めなかったばかりに不当な扱いを受ける。
真っ当な商人としては許せないのだろう。
そんな行為は、ほとんど盗賊に等しい。
「僕たちの状況は分かりました。それで、用件は何ですか?」
「貴方たちも門前で行われていた取引は見ていたでしょう」
「取引、と言っていいのでしょうか?」
一方的に商品を受け渡しているだけのようにしか見えなかった。
事実、レジェンスにとってはそのような感覚なのだろう。
「これもジャレッドが持って来た取引なのですが……」
エストア神国で収穫され提供された作物は、一定の価格で全て引き取る。
そのルールは災害が起こって作物の状態が悪くなった場合や大量に収穫できてしまったせいで在庫が超過状態になった場合でも適用される。
一見するとレジェンスが損をしている取り決めのように見える。
以前、エストア神国で日照りが続いた年に農作物が悪くなる、という事態が発生した。その際に救済目的でジャレッドが取り決めを行った。エストア神国からは感謝され、レジュラス商業国の人々も慈悲深い人だと評価した。
……それが表向きの理由。
しかし、この取り決めの裏では一般に知られることはない約束が存在する。
毎年、一定額をジャレッドへ納めなければならない。
レジュラスではなく、ジャレッドへの上納。
個人的に納められた金であるため自分で稼いだ金だとして国への貢献の為に使用している。
「普段ならば上納金を許せないだけでレジュラスに実害のない取り決めだと流していたところです」
ところが、事態が急変したのが今年の春。
メンフィス王国の崩壊。
その直後の夏前ぐらいから農作物が次々と運び込まれるようになった。
「原因は全く不明です。最初は不審に思うこともなく秋になっても続けられていました」
その頃になれば誰もが「おかしい」と思うようになる。
それでも収穫になる秋を乗り越えることができれば終わる、と考えていた人々が大半だった。
「ところが農作物の搬入は冬になっても続けられています」
既に農作物が得られるような季節ではない。
明らかに異常な事態だ。
「調査に乗り出したりはしないんですか?」
「もちろんしました」
商人であるため国境もある程度だが自由に行き来することができる。
エストア神国に入ると農作物の状況などを確認した。
「結果、分かったのは種を植えてから数日で収穫できるようになる、という異常な事態だけでした」
「数日……」
作物の成長スピードの限界を越えている。
その光景を目にした人々はただただ呆然としていたらしい。
そして、商人の彼らでは『異常な作物の成長スピード』が分かっただけで、異常に成長する理由までは分からなかった。
「魔法使いを派遣するなどはしなかったのですか?」
俺にはその現象に思い当ることがあった。
迷宮でも食糧を短時間で得られるよう作物の成長スピードを上げることができるようになっている。魔力を通常よりも多く与えて調整すればいいだけの話なので数千年と管理を続けて来た迷宮核には難しい作業ではない。
同じようにエストア神国の土地にも魔力異常が発生している。
そうなれば作物の異常な収穫にも納得することができる。
もしも、作物に異常を齎すほどの魔力が充満しているのなら魔法使いなら簡単に気付くことができるはずだ。
「もちろんレジェンスが雇っている魔法使いを派遣した」
商人たちは『作物の異常な成長』まで調べて簡単に帰って来ることができた。
しかし、派遣した魔法使いの誰もが帰還することができなかった。
「定期連絡は受けていたのでエストア神国へ入国したのは間違いありません。ですが、入国以降の足取りが誰一人として掴めないのです」
もちろん何人も派遣した。
しかし、誰も帰って来ることができなければ次に派遣しようと考えていた人も怯えてしまう。なによりも人材の無駄な損失を恐れた上層部のせいで調査は停滞してしまっている。
「この事態を最も重く受け止めなければならないのはジャレッド会長です。ですが、ジャレッド会長は上納金を受け取るだけで農作物を買い取っている訳ではないので今の事態を全く気にしていないのです」
自分には全く損がない。
おまけに上納金を納められている事実は変わらないので現状でも問題ないと考えている。
その考えは間違っている。
このまま事態を静観していれば一人の商人だけの問題では済まされず、国そのものの問題になってしまう。
結果、ジャレッドも破綻する。
しかし、金を集めることにしか執着していないジャレッドには、目先の利益よりも先が見えていない。
その辺りが為政者と商人の違いだ。
「こちらの要望は一つです。我々の代わりにエストア神国で何が起こっているのか調査して来てくれませんか?」