第19話 ウォールクライム
崖に穴を開けながら登って行く。
下を見てみると山の斜面を転がって来た転がり岩が崖の前で右往左往していた。転がり岩は基本的に相手にぶつかって圧し潰すだけなので、こうして転がって行けない場所へ行けば脅威にならない。
「付いて来ているか?」
「だ、大丈夫……」
下からアイラの弱々しい声が聞こえた。
いつもは快活なアイラからは聞いた事のない声だ。
さらに下の方にいるノエルは少しばかり震えている。冒険者になったばかりの彼女には酷な光景かもしれない。
「絶対に下は見るなよ」
コクコクと何度も首を振っているのが見える。
既に50メートル以上も登っているので下を見てしまうと恐怖で体が竦んで手を放してしまう可能性だってあった。
――ドォン!
「……うん?」
爆発にも似た音が聞こえて上の方を見れば影が覆い尽くした。
崖を登る俺たちを脅威と見做したカルテアが頂上から岩を発射した。
しかし、発射された岩はそのまま崖から離れて行った。
「そうだよな。こんな場所にいる俺たちを狙えるはずがないよな」
岩の砲弾も脅威にならないと判断したところで速度を上げる。
さらに2発の岩が発射されるが、2発とも離れた場所へ落ちて行っている。
「この崖だってお前の体の一部みたいなものだ。それに俺にダメージを与えるなら岩みたいにデカい攻撃でないといけない。けど、そんな物を崖と接している俺たちに狙って当てられる訳がない」
当てるなら崖スレスレに放たなくてはならない。
見てから狙っているのならともかく背中の上にある山の崖にいる人間に当てるのは亀には至難だ。
「やっぱり岩は頂上からしか発射できないんだな」
上から放つから当てられない。
他の場所から攻撃した方が当てやすいぐらいだ。
――ドォン!
「また、同じ攻撃を……」
適当に流して進もうと思ったが体を覆う影が離れて行かない。
手を止めて見上げてみれば岩は真上へ発射されていた。ただし、少しだけ角度をこちらへ傾けた状態で……俺たちが手を突いている崖の頂上付近にぶつかった岩が頭上から落ちて来る。
「さて、どうしようか?」
「ちょっとどうにかしなさいよ!」
下からアイラの怒鳴り声が聞こえる。
「お前が斬れないのか?」
「今の状態で? あたしの【明鏡止水】は相手を斬る必要があるのよ。崖を登る為に両手を使っている状態で剣を抜くことができると思う?」
崖から手を放せば斬ることはできる。
しかし、少なくとも手を放した時点で下へ落ちてしまうのは確実だ。
と言うよりも一番上にいる俺が対処しなければ巻き込まれてしまうことに今さらながら気付いてしまった。
「アイラ、ノエル――二人とも防御しろよ」
「……何をするつもり?」
足に魔力を纏わせながら崖に突っ込む。
そのまま体を起こせば崖に対して垂直に立つことができる。
「む……空を飛ぶのと同じ要領でできるかと思ったけど、意外とキツイな」
背中の後ろには迷宮魔法で作り出した風の壁を用意。
支えられながら崖に立つと魔力を纏った拳を岩に向かって叩き付ける。
「いたっ……いたっ!」
「もう少し細かく砕いてくれない?」
砕かれたことによって岩の破片を一身に浴びるアイラとノエル。
ダメージはないのだろうが、上から物を叩き付けられるというのは地味に辛い。
「はは、悪い悪い……」
――ガシッ!
足首を何かに掴まれるような感覚に下――崖の方を見れば岩でできた腕が足首を掴んでいた。
岩の腕――岩で作られた腕の形をした魔物で、地面から飛び出しているだけなため腕を振って相手の足を攻撃する程度しか攻撃手段を持たない。岩の腕は岩でできているとは思えないほどしなやかな動きで拘束して来た。攻撃手段が乏しいからこそそのまま耐え続けていればいい。
大岩に意識が向いている間に岩の腕で拘束。
「なかなか考えられた作戦じゃないか」
しかし、こんな作戦が通用するのも1回だけ。
上にいる俺を拘束した直後にアイラとノエルも拘束しようと腕の傍に出現する。
現れた岩の腕を風の弾丸で打ち砕く。
「そのまま拘束していろよ」
岩の腕の役割は俺たちの拘束。
拘束している間に攻撃する役割を持った存在は別にいる。
現れたのは5体の石像鷹。
石で作られた鷹の魔物で、重量があって動きが遅いはずの魔物でありながら重力を操作することによって空中を自由自在に飛ぶことができる魔物。
石像鷹が小石程度の大きさの石を羽から飛ばしてくる。
石の爪による攻撃も強力で拘束された状態ならば為す術もなく貪られてしまう。
「普通の冒険者なら、な――!」
両手を石像鷹へ向ける。
放たれた何十発という風の弾丸が石の羽ごと石像鷹を吹き飛ばす。崖に対して垂直に立った状態を維持し続けると魔法に対して意識が散漫になってしまうが、幸いにして今は拘束されているおかげで支えがある。
4体が粉々に砕け、1体だけが崖から距離を取って離れている。
「お……! 何を企んでいるのか知らないけど――」
崖に埋まっていた足を蹴り上げる。
足を掴んでいた岩の腕だったが一緒に砕けてしまっている。
「――重力が解除されているぞ」
「……!!」
崖を蹴って離れていた石像鷹に向かって跳ぶ。
慌てて後ろへ飛ぶ石像鷹だが、足の裏に空気の塊を生成すると一気に跳ぶ。
鞘から抜いた神剣を背中から突き刺せば石像鷹が機能を失って落ちて行く。
「――回収」
落ちて行った石像鷹の分も含めて素材を回収する。
魔石だけでなく魔物となった石は色々な事に有効利用することができる。
道具箱の中は回収した石で溢れてしまっている。
「……これは、事が終わったら整理をしないといけないな」
道具箱を消すと崖を必死に登っている二人の傍に浮く。
「大丈夫か?」
「そろそろ、あたしも辛くなって来たんだけど」
「……普通に山登りをしている向こうが羨ましいよ」
メリッサとイリスは順調に山登りを進めている。
そもそも魔石の探索が目的なので単純に山頂へ辿り着けばいいという訳ではない。
「分かった。二人とも俺が抱えて移動するから」
アイラとノエルの二人では魔法で空を飛ぶことができない。
幸い、重力が解除されている今なら二人を抱えて浮かぶことも難しくない。
アイラが俺の左肩からしがみ付くように首へ腕を回して、ノエルが腰に抱き着いている……他に方法はなかったのだろうか?
二人を抱えて崖に沿って上へ移動する。
崖を登り切った先にある山道に着地する。
左を見れば下へ斜面が続いており、右が上へと続いていた。
山の規模から言って3分の2は進んだだろう。
「とりあえず下の方はメリッサたちに任せて俺たちは山頂を目指してみよう」
二人とも反対意見はないみたいだ。
しばらく開けた場所へ出た。どこかからか水が湧き出ているのか泉があり、周囲には草木が生えていた。
休憩に最適な場所に思える。
しかし、そこには思わぬ先客がいる。
牛の体に豚の頭を持つ魔物――カトブレパスだ。
カトブレパスが重たい頭を上げる。
次の瞬間、頭の動きに合わせて放たれた衝撃波が頭の先にあった地面を抉り飛ばす。
咄嗟に左右へ跳ぶと立っていた場所が綺麗になくなっていた。
「これはマズいな」
初めて見る魔物。
何よりもウチの迷宮にはいない魔物なので対処法が分からない。