第17話 熊との遭遇
カルテアの探索に挑むのは俺、アイラ、メリッサ、イリス、ノエルの5人。
どこにあるのか判明していない魔石を探す必要があるので効率を優先させて二組に分かれることにした。
俺とアイラとノエル。
イリスとメリッサ。
非常時には【召喚】によって喚び寄せる必要があるため俺とイリスは分かれる必要がある。で、ノエルは護衛の意味も含めて俺の方へ喚び寄せる必要があったためこちらの人数が多くなっている。
「ちょっと体が重いけど、たいした影響はないわよね」
「あ~、これが強化されたステータスの影響なのかな?」
二人とも大きな影響はないようだ。
念話で確認してみれば向こう側のペアも問題ないみたいだ。
「この加重状態も歩き難い要因の一つではあるんだけど、一番の問題は俺たちが山道を歩き慣れていない事だよな」
真っ直ぐで平坦な道ではない。
たったそれだけの違いで歩き難くなってしまう。
「いたっ」
足元を気にせず歩いていると石を蹴ってしまった。
ただし、その石は地面に埋まった岩で一部分だけを出していただけだった。そのため意識していなかったため足先に痛みが走る。
「もう、気を付けてよね」
「それぐらいなら死ぬような事はないと言っても小さな怪我が大きな怪我に繋がることだってあるんだから」
「ごめん……」
二人から責められては謝るしかない。
今度は足元に気を付けながら歩いているとガサガサと茂みを揺らす音が聞こえる。
山にいるのだからおかしな光景ではない。しかし、今の状況では自然現象によって揺れるのは普通ならばあり得ない。山全体が加重状態であるため風程度ではビクともしないはずだ。
そうなると重たい存在が茂みの向こうからやって来ようとしている。
アイラとノエルに視線を送る。
二人とも俺の意図を理解して武器を静かに構えてくれる。
そうして、茂みの向こうから現れたのは――熊。
ただし、普通の熊ではない。魔物の熊なようで、全身が岩で作られた鱗のような物に覆われており、敵意の籠った目を向けて来る。
「岩鱗熊ね」
「知っているのか?」
「冒険者ならこれから行く場所に出没する魔物の情報ぐらい事前に集めておきなさい」
アイラに怒られてしまった。
事前にどんな魔物が出るのか調べておけば対策も立て易い。
いつもならこんな失敗はしないのだが、今回は急な出発だったため自分で調べることを怠ってしまった。
どうやら俺がカルテアと帝国の最初の戦いを見ている間にアイラとイリスが協力して動く前のカルテア山について調べてくれていたみたいだ。二人とも、どこかで戦闘が失敗に終わると予想していたからだ。そうなれば自分たちが対処することになることぐらい簡単に予想できる。
「で、あの魔物は?」
「岩鱗熊――体が岩のように硬い鱗に覆われた熊型の魔物で、山を縄張りにしている凶暴な魔物として有名な魔物よ」
「面倒な魔物だな」
山に挑む人々は多い。山には薬草や自生している美味しい山菜や茸などがある為だ。しかし、同時に道が険しく、魔物や獣が出没して危険であるため貴重な代物を得る為には冒険者の協力が必要になる。
冒険者も山道や魔物との戦闘には慣れている。そして、効率を優先させる為に山へは身軽な装備で挑むことになる。
当然、軽い装備では岩鱗熊との相性は最悪だ。
威力のない攻撃では鱗に弾かれてしまう。
「けど、こういう防御力の高い魔物らしく動きは遅いから逃げるのは難しくないし隙も突きやすい。だから、軽装の人たちなら逃げるのは難しくないし、討伐も決して不可能という訳じゃない」
「むしろ、逃げるだけなら普通の熊よりも簡単そうね」
そういうことなら戦闘を避ける必要性はなさそうだ。
岩鱗熊が重たい足音を響かせながら走って来る。そのまま腕が届く距離まで近付くと両腕を振り落としてくる。
「甘い」
ノエルの掲げた錫杖が岩鱗熊の両腕を受け止める。
重力が増加された状態で上から振り落とされた腕による攻撃。あまりの衝撃にノエルの足が地面に沈み込んでいる。
「ぐぅ……」
受け止めたノエルの方も苦戦している。
普段なら相手が岩鱗熊でも軽々と押し返せるはずなのだが、加重状態にあるため上からの攻撃を押し返せずに留めているだけに終わっている。
――斬!
「熊の手って美味しいけど、岩鱗熊の手でも美味しいのかな?」
いつの間にか側面に移動していたアイラが岩鱗熊の右腕を切断していた。
ウチの迷宮には岩鱗熊はいないし、アリスターの傍でも出没することはないから食べたことはなかった。それにアリスターへ来る前はひもじい思いをしながら旅を続けていたため高級品を食したことなどなかった。
とにかく斬撃に強い耐性を持つはずの岩鱗熊でもアイラに掛かれば簡単に腕を斬り落とせてしまう。
「そういうのは後回しだぞ」
後ろから聞こえる声に岩鱗熊が振り向く。
しかし、首を僅かに動かしたところで頭が吹き飛ばされてしまった。
「ふむ……加重状態にあるせいか打撃の威力が上がっているな」
重力にさえ耐えられればこちらの攻撃力も上がる。
右手に魔力を纏って魔導衝波を叩き付けたところで衝撃が普段よりも強くなって伝わってしまった。頭部は粉々に砕けて素材が使い物にならなくっている。
「お前は【明鏡止水】があるから斬撃も大丈夫だろうけど、こっちは迷宮魔法で再現させないと使えないから俺は打撃で攻めていくぞ」
「別にいいわよ。この山には岩鱗熊みたいに硬い魔物が多いみたいだし」
「硬い魔物?」
カルテア山について調べた時にどんな魔物が多いのか傾向も確認済みだった。
この山には鈍重で岩の鱗で全身を覆われた魔物や岩そのものでできたような魔物が多い。そのためカルテア山へ挑む冒険者は最初から重量系の魔物を相手にする時の装備で挑んでいる。
アイラたちの場合は、いくら相手が重量系だったとしても装備を重たい物へ変更してしまうと強みが失われてしまうので変更するようなことはしなかった。
「調べたところ、兎や犬みたいな可愛らしい魔物が迷い込んで一時的に留まることはあっても環境魔力が気に入らないのかしばらくすると出て行ってしまうみたいなの」
しかし、重量系の魔物だけは居座ってしまう。
そのせいでカルテア山には岩鱗熊みたいな魔物ばかりになってしまった。
「たぶん環境魔力が原因っていうのは間違いないんだろう」
カルテア山には重力を自分へ向けて強化させることができるカルテアが魔力を発しているため重力に影響を受けた魔力が溜まっている。
そのため、魔力を吸収する休眠状態だった頃から影響を受けていた。
地面に叩き付けられるような重力に魔物は耐えられなかった。
「ええと、二人とも考察はそれぐらいにしてくれるかな」
ノエルが岩鱗熊の現れた茂みの向こう側へ錫杖を向けている。
茂みの先から複数の魔物の気配を感じる。
「昨日、冒険者たちが登頂していた時には魔物なんていなかったよな」
「たぶん、カルテアの配下みたいな感じになっているからカルテアが彼らには必要ないって判断したんじゃない?」
現れたのは岩のように硬そうな皮膚をした猿型の魔物。
さらに山の斜面を5個の岩が転がって来る。岩は、猿型の魔物と俺たちとの間に転がり込むと体の向きを変えてこちらを向く。岩の下側にある一部分が上下に裂け、上部に空洞ができ上がる。
生きた岩――転がり岩。
次々と普段からカルテア山にいたはずの魔物が姿を現す。
その光景は、まるで俺たちの侵攻を阻んでいるようだ。
「いや、カルテアにとってはこれ以上進んで欲しくないんだ」
拳を構えると魔力を纏わせる。