第3話 皇帝からの招待状
「招待状?」
グレンヴァルガ帝国の皇帝という事はグロリオのことだ。
先々代皇帝の血を継ぎながらも帝城でメイドとして働いていた母親との間に産まれた子供だったため身分が低く、皇帝が父親である事さえも周囲は数年前まで知らなかった男。
冒険者として帝都にある迷宮に挑み、皇帝に成り上がる為の隠された条件を満たしたために迷宮主兼皇帝になることができた。
そのリオがどのような用なのか?
迷宮の最下層に他の眷属も集めて会議を行う。
最近は隠れ里から押収した情報のやり取りばかりしていたので暇を持て余したアイラやイリスが冒険者ランクを少しでも上げたいノエルに協力して冒険者ギルドの依頼を率先して引き受けていた。
結果、数カ月という短期間でCランクまで上げることができていた。
残念ながらBランクへ上げる為にはギルドマスターに認められるような功績が必要になるのでランク上げはここら辺が限界だろう。
「私は、別れてから現在の帝都の様子を探っていました」
迷宮主同士、という事で通信が可能な魔法道具をお互いに持っている。
しかし、相手は帝国で最も重たい責任を背負わされた男。いくら個人的に親しくさせてもらっているとはいえ、そう簡単に会える相手ではない。そこで、お互いの陣営から秘密を知る物が細かな事を取り決める。
こちらからはメリッサ。
帝国側からはピナ。
交渉事には向かないピナなのだが、忙しいため手が空いているのが彼女ぐらいしかいないという事で幼い彼女が担当する事になった。と言ってもほとんどの取り決めはメリッサ主導で行われた。
「当初の予定では、数日以内に会ってレンゲン一族から押収した情報についての交渉を進める予定でしたが、向こうの方から年末に開かれるパーティーに出席して欲しいと要請を受けました」
「パーティー?」
思い起こされるのは去年の年末。
リオのお披露目を兼ねた新皇帝の就任パーティー。
これまで社交界には全くと言っていいほど出て来なかったリオの皇帝就任は帝国の貴族社会に衝撃を与えた。そのため敗戦の影響で疲れていた帝国を立て直す為にもパーティーが必要になった。
今年も同じようにパーティーを開く。
「もうリオの顔見せは必要ないだろ」
「はい。ですが、今年顔見せすることになるのは皇太子であるガーディル君です」
リオの正妻であり皇妃であるカトレアさんとの間に産まれたガーディル君。
皇帝となったリオは血筋的に高位貴族との間に子供を設けて、その子を次期皇帝にしなければならない。ところが、眷属以外との間に子供を作るつもりのないリオは高位貴族との婚姻を拒否。
結果、ギリギリ貴族と呼べるカトレアさんが正妃になった。
そして、彼女との間に産まれた子供が次期皇帝になる。
今年の1月に男の子が無事に生まれてくれたので問題がなければ後継者問題でトラブルになるような事はない。
隣国の後継者問題は、そのまま自国のトラブルにも発展しかねない。
その子ももうすぐ1歳になる。
「グロリオ様との婚姻は無理でも自分の娘や姪をガーディル様の婚約者に、と考えている貴族は多くいます。そういった人たち向けに今年もパーティーが開かれることになったのです」
皇子の顔見せ。
パーティーの開催理由としては十分だろう。
と言っても、まだ自分の意思すら怪しい幼い子供なので実際には親であるリオとカトレアさんに紹介をするのが目的だ。
問題は、そのパーティーに俺たちも出席して欲しいという要請だ。
「去年は、新皇帝の顔見せに貴族たちから押収した品々のオークション、と色々と注目を集めるイベントがありましたので盛況でした。今年も何かしらの大きなイベントを用意したいと家臣の一人がある企画を提唱したためです」
帝都を騒がせていた怪盗をパーティーの最中に捕らえたのは貴族たちには余興として映っていた。
さすがにもう一度怪盗を捕縛するような真似は不可能だが、せめて怪盗を捕まえた若い冒険者を招いて話題に華を咲かせたい。それが家臣の考え抜いた案だった。
「そいつは俺たちが王国の人間だっていう事が分かっているのか?」
「知っているはずです。少なくとも教えずに皇帝が許可を出すはずがありません」
「そうだよな」
去年の春に戦争を行ったばかりの王国と帝国。
しかも帝国の奇襲に近しい開戦であるにも関わらず結果は開戦から数日と経たずに敗北が決定するという類を見ないほどの敗走。帝国にとっては恥以外の何物でもない。
おまけに俺たちの活躍によって敗北したと言ってもいい。
そのような相手を好意的に受け入れなければならない。
招待状の差出人を確認してみるとリオの名前がしっかりと書かれていた。
何かトラブルが起きようともリオが後ろ盾になってくれる。
「ま、リオが許可を出しているなら問題ないだろ」
その辺りの対処はリオが行う事になる。
招待された俺たちは純粋にパーティーを楽しめばいい。
「はい。私に招待状を渡したピナさんも同じような事を言っていました」
提案した家臣も本当なら自分の手で俺に招待状を渡したかったはずだ。さすがに他国まで行く訳にはいかず、郵便では期日までに届くかどころか本当に届くかどうかすら怪しいためピナに頼らざるを得なかった。
「グレンヴァルガ帝国の新皇帝か。わたしは会った事がないから他の迷宮主に会うのは楽しみかな」
リオの存在について『巫女』であったノエルは情報だけなら知っていた。
「私は……個人的には帝国へ行きたくないけど、マルスが行くなら付いて行く事を譲れない」
帝国との戦争によって家族を失っているイリスにとって帝国は本当なら行く事を忌避したいほどの場所だ。それでも自分の役割を優先して俺に付いて来てくれると言う。
「あたしも久しぶりに会いたいしね」
アイラもいつものように同行する気満々だ。
「あの……わたしも今回は付いて行ってよろしいでしょうか?」
シルビアはさすがに体調が心配なので置いて行きたいところだ。
しかし、本人なりに思う所があって付いて行きたいと思っている。
「さすがに道中は一緒に行けないし、パーティー会場へは同行させることができないぞ」
メリッサから聞いたが、そのような高貴な人たちが集まるパーティー会場に妊婦を連れて行くのはマナー違反らしい。
妊婦を同行させても許容されるのは、自分たちの方が圧倒的に目上の立場だった場合のみ。帝国で開催されるパーティーの場合は皇帝主催のパーティーで皇妃が姿を現すぐらいだ。
「今回はノエルさんが加わっている事もあって顔見せをする必要もあると考え、既に参加する旨を先方には伝えてあります」
「じゃあ、帝国へ行くか」