第1話 裏切り者の情報
「本日は我々のような者に貴重な時間を割いていただきありがとうございます」
目の前にいる最高級の服を着た男性に頭を下げながら挨拶をする。
「そんな挨拶はいい。まずはそこに座れ」
男性――パトリック国王が座るよう言う。
彼は、俺たちが住んでいるメティス王国の国王である。
「ありがとうございます」
テーブルの前にあるイスに座るとメイドが紅茶を淹れてくれる。
シルビアが入れてくれた物と比べると俺の好みからは外れているので劣っているように思えるが、それでも美味しい事には変わりない。
用が済めばメイドが退出する。
ここは、王の私室。
今日の同行者はメリッサのみ。彼女の空間魔法でここまで連れて来てもらったので他の同行者はいないし、今日みたいな小難しい交渉にアイラやノエルを連れ出しても役に立たない。
「して、今日はどのような用事だ」
「こちらを買い取って頂きたい」
テーブルの上に紙の束を置く。
「拝見しても?」
「どうぞ」
紙の束を受け取って国王がペラペラと捲って行く。
最初は平然と見ていた国王だったが、資料の内容を確認すると表情を険しくしてしまった。
「ここに書かれているのは真実なのか?」
「はい、その通りです」
国王に渡した紙の束は『レンゲン一族の隠れ里』から押収した貴重な情報。
隠れ里には、国の役人から有力貴族など権力を持っている者の弱味になりそうな情報が大量に保管されていた。中には国を崩壊させ兼ねない物まであったので扱いには注意しなければならなかった。
ただし、弱味になる情報は厳重に保管。
このような情報を流出させた事実が知られてしまうと面倒な事になる。
そのうえで流出させた方がいい情報を吟味し最高権力者――王国であれば国王に売り渡す。
「レンゲン一族についてはご存知ですね」
「もちろんだ」
「一族の中で王国の中枢に紛れ込んでいるメンバーのリストと証拠として必要になる書類です」
里にはしっかりと間諜として紛れている人たちのリストが保管されていた。
その人たちは、王国にとっては自国の貴重な情報を横流ししている裏切り者に他ならない。
始末できるならば処分してしまい人物なはずだ。
ただし、パトリック国王へ売り渡すのは王国の間諜のみ。
他国の間諜のリストまで売り渡してしまうと他国だけでなく王国にまで混乱を招いてしまうことになるので自粛した。
「どうしてこのような物を持っている?」
「ちょっとした衝突がありましてレンゲン一族と敵対することになりました。彼らがどのようになったのか? この場に私がいる事と資料を手に入れられている事から察していただければ助かります」
「……そうか。奴らも愚かな真似をしてくれたものだ」
資料を置いて天井を仰ぐ。
「問題がありましたか?」
「いや、奴らは我が国の重鎮をも脅して資金を流用していた連中だ。排除した事に対して罪に問うような真似はしない。しかし……」
「しかし?」
被害に遭っていたと言うのなら問題になるような事があるとは思えない。
「まったく……度し難いですね」
メリッサが目を閉じながら言う。
腕を組んで眉を寄せている。メリッサが怒っている時の仕草みたいなものだ。
「どういう事だ?」
「たしかに被害に遭っているだけなら助かったのかもしれません。ですが、貴方たちはレンゲン一族から情報を買っていましたね」
「なっ……」
レンゲン一族がやり取りしていた情報は価値が高い。それこそ金貨で表現すれば一度の取引で数千枚がやり取りされていてもおかしくない。
それだけの金額がどこから出て来たのか?
国王は国庫から自由にできるお金として年金が支給されているが、レンゲン一族の情報を簡単に出せる金額ほど貰っているはずがない。
つまり、国庫から情報を買う為の金を出している。
「国を運営する為には他国の弱味になるような情報も必要になる。現に彼らの情報のおかげで国境を治める貴族を戦争時にこちらへ寝返らせることに成功した事だってある」
戦争を有利に進め、勝利を収める事に成功した。
たしかに情報は大切だ。
しかし、そんな事の為に税金を納めていた訳ではない。
「落ち着いて下さい」
「けど……」
「既にレンゲン一族は滅びました。今後は今までのように大金が情報に費やされるようなことはありません」
メリッサが言うように供給元が消滅したのだから買うことはできない。
戦争が起こった際や政治的に有利な立場になろうと考えた時には困るかもしれないが、そういった時に苦労するのが国王の役目だ。今後は情報に頼らずに精一杯頑張ってもらおう。
「ああ。まずはやらなければならない事がある」
パトリック国王がテーブルに置いてあった鈴を鳴らす。
この鈴は普通の鈴ではなく魔法効果が付与された鈴だ。効果は、特定の離れた場所にも鈴の音を届けることができる。
別の部屋で待機していたメイドが入って来て、国王からの指示を耳打ちされると部屋を出て行く。
数分して戻って来た時には上質な服に身を包んだ男性を連れていた。
俺の渡した資料を男性に見せる。
「……これは本物ですか?」
「本物だ。ここまで精巧な証拠をねつ造する方が難しい。で、これを見て将軍としてどうする?」
「はっ」
部屋に現れた男性は将軍。戦争時には後方から指示を出すのが仕事なのだが、普段は王都の治安維持などに勤めている。
将軍も数分で戻って来た。
戻って来た将軍は二人の騎士を連れており、騎士の手によって眼鏡を掛けた細身の男性が拘束されていた。
「な、何事ですか!?」
「財務長官付の補佐官――お前を機密情報漏洩の罪で処刑する。これは、国家反逆罪に相当する罪であると思え」
「……! お待ち下さい。どのような根拠があってそのような……」
国王が資料を補佐官の前に置く。
資料にはレンゲン一族へと秘密裏に渡されていた情報が記載されている。
「これは……!」
「ここには財務長官でなければ知り得ない情報まで書かれている。しかし、財務長官は古くから我が国に代々仕えてくれている貴族家の者。そうなると財務長官が裏切っていたとは考え難い。だが、財務長官を補佐する立場にあるお前ならば知る事ができる情報だ」
「ぐっ……」
言い逃れができないのか黙ってしまう補佐官。
王国内には他にも潜り込んだ間諜がいるのだろうが、さっさと捕縛することができたのが補佐官だったため即座に行動を起こした。
「こんな事をしてただで済むと思っているのか?」
「ほう……」
「里には、もっと危険な情報まで隠されている。他所の国へ渡るような事になればメティス王国が危機に晒されるのは間違いない。これまでのように大人しく我々から情報を買っていれば、そのような事態には――」
「悪いが、そのような事態にだけは絶対にならない」
「――は?」
「そもそもこのような資料が手元にある時点で里がどのような状況にあるのか理解するべきだったな」
「まさか……」
補佐官もようやく里が滅んでいる事に気付いた。
里の防諜が万全ならばこんな資料が簡単に流出してしまうはずがない。
「里はどうなった!?」
「安心しろ。すぐに仲間の元へ送ってやる」
「きさまら……!」
里を滅ぼされた怒りを向けられた。
国王だけでなく俺にまで怒りを向けていた事から俺が迷宮主である事は補佐官にも知られている。けれども、俺の所有物である補佐官が秘密を漏らすような事はない。今回の一件は一種のパフォーマンスでしかない。
「国王は、国内の膿だったレンゲン一族を始末できて家臣からの信頼を勝ち得る。そういうシナリオですね」
資料をどのように使ってもらったところで購入者の自由なので使用方法について言うつもりはない。
「で、いくらで買い取りますか?」
結局は情報を売り渡すのが目的だ。
パフォーマンスに使うつもりならそれなりに吹っ掛けても問題ないはずだ。
「そうだな……金貨で1万枚を用意しよう」
「ありがとうございます」