第13話 襲われる謂れはない
最低限だけの治療を終えると少年を冒険者ギルドへ運ぶ。
冒険者ギルドへ運んだのは、少年が冒険者だったからだ。何か身元を確認できるような物がないかとポケットを漁っていたところ少年の冒険者カードが出て来た。少なくとも冒険者である事は分かった。
「よいしょ……」
少年をギルドの1階にあるソファに寝かせる。
しばらくすると新人の受付嬢を連れたメリッサが駆け付けて来た。
「アディさんを連れて来ました」
「パ、パル君……!?」
ソファに寝かされている少年を見て目を丸くしている。
「知り合いですか?」
「はい。わたしが担当している新人の冒険者です」
新人の受付嬢――アディさんから説明を受ける。
少年の名前はパル。3カ月前に冒険者になったばかりの新人。冒険者と言ってもランクはGランクで、冒険者に登録することによって受けられる雑用依頼を引き受けて日々の生活費を稼いでいる子供だった。
「もしかして、孤児……?」
そういった子供はアリスターでもいた。
子供に重労働をさせる事を快く思わない大人もいるが、日々の生活費を得られるとあって自分から働きたいという子供は多かった。
「いえ、お母さんと二人で暮らしていると聞いています」
「父親はどうしたのよ」
「それが……」
母親との生活費を稼ぐ為に冒険者になった少年。
無責任な父親についてノエルが尋ねたが、アディさんは視線をアイラへ向けるだけで明確に答えない。
「いいわよ、今の反応で分かったから」
「そういうことか」
パル少年の父親は既に亡くなっている。
そして、死の原因となったのはアイラの父親だ。
「これであたしの事を恨んでいた理由にも納得できたわ」
幼くして父親を亡くした少年にとって自分から父親を奪った犯人は自分の手で殺めたいほど憎い相手だったはずだ。
ところが、その犯人は既に亡くなってしまっている。
そうなると犯人の家族へ憎しみが向かう。
「こう言ってはなんですが、この5年の間にアイラさんまで憎むのは間違っているという意見の方が多くなりましたが、この街には未だにアイラさんを許せないという人が少なくない数いるんです」
「分かっているわよ。だから、そういう人に会わない内に帰るつもりだったんだけど……」
予定外に襲撃されてしまった。
「それで、この子が魔剣を持っていた理由に心当たりは?」
パル少年のランクはG。
少なくとも自分の稼ぎだけで魔剣を手に入れられるはずがない。入手する方法があるとしたら自分で魔剣を迷宮から手に入れるぐらいだ。
「昨日の騒ぎがあったんで他にも魔剣がないのか調査の為にギルドが冒険者を雇って迷宮へ向かわせたんです」
街としても放置できる問題ではなかった。
そこで、街の方からも報酬を出して冒険者を雇った。
多額の報酬に多くの冒険者が食い付いた。
「ただし、迷宮の探索には実力のある冒険者をただ雇えばいいという訳ではありません」
途中で得た財宝。
食糧などの消耗品の運搬。
そういったサポートをする人も必要になる。
「時間もなかったのでそういったサポート要員もギルドの方で雇うことになったんです」
そういう新人でもできる仕事に低ランク冒険者の方が優先的に雇われる。高ランク冒険者のサポートをすることで高ランク冒険者の実力を間近で見て色々な知識を身に付ける。
「パル君もギルドで雇ったサポート要員の一人だったんです」
主に荷物持ちとして雇われた新人。
「魔剣を手に入れられる環境にはいた訳だ」
どのタイミングかは分からないが、単独行動をしている最中に魔剣を手にしてしまった。
そして、アイラへの憎しみへ付け込まれる形で動いてしまった。
あの魔剣の能力なら単独行動している状態から誰にも気付かれることなく街へ戻って来る事も可能だったはずだ。
「でも、よくアイラを知っていたな」
「それは……アイラさんが帰って来ている事はちょっと有名になっていましたから同行した冒険者の誰かから聞いていたのかもしれません」
アイラが帰って来ている事を知ったパル少年は行動に移した。
すごく面倒な状況になってしまった。
「パル!」
「ん?」
パル少年の処遇について頭を悩ませていると一人の女性が冒険者ギルドへ駆け込んで来た。
その女性は、30代ぐらいの青い髪をしており、スラッとした清楚な感じのする女性だったのだが、今は焦ってギルドまで来たせいで疲れた表情をしていた。
どこかパル少年にも似ている気がする。
「パル君のお母さん……」
「あ、あの……パルがここへ運び込まれたと聞いたのですが……!」
あの騒ぎは多くの人に見られていた。
パル君の知り合いがお母さんに知らせたとしても不思議ではない。
「あ……」
パル君のお母さんがソファで寝かされているパル君に気付いた。
魔剣の能力の使用に多くの魔力を消費し、血を失ったせいで顔面蒼白。何よりもパル君の右手がなくなっている。
「えっと、わたしも今し方聞いただけなんですけど、わたしの方から事情を説明しますね」
アディさんの口からお母さんに何があったのか説明がされる。
パル少年の今の状態を考えれば加害者としか思えない俺たちの方から説明してもお母さんを怒らせるだけだろうから任せる。
事情を一通り聞いたお母さんがアイラに近付く。
目の前まで近付くとアイラの頬を叩く為に手を振り上げる。
――パシッ!
アイラは叩かれることなく、お母さんの手首を掴んで止めていた。
一般女性の手などアイラにとっては止まって見える。
「叩かせなさいよ!」
「どうしてよ……」
「あんたは夫だけじゃなくて息子まで手に掛けたのよ!」
「はぁ……」
溜息を吐きながらお母さんを突き放す。
軽く後ろへ押しただけだったのだが、興奮状態にあったおかあさんが踏鞴を踏む。
「あたしたちが被害者。パル君が加害者。その認識を間違わないで」
街中での襲撃。
一般人に見られたところは少ないが、多くの人にパル少年が襲い掛かるところを見られている。
「なによりもパル君のお父さんを殺したのはあたしじゃないでしょ」
アイラではなくアイラの父親の所業だ。
「そんなのは関係がないわ! あんたの父親が夫を殺したせいで、わたしたち家族は苦労して来たのよ!」
事件があったのは5年前。パル少年が5歳の頃だ。
お母さんと同年代だとするとお父さんも20代だったに違いない。その頃なら働き盛りで家族は父親の稼ぎに頼っていた。
ところが、父親の急死。
家族は稼ぎ頭を失って母親が働くことになった。
幼い子供を一人育てながら働くのは大変で、母親は苦労することになった。
それでもパル少年を育てることができた。
……今日までは。
「パル君はお父さんが亡くなってから忙しくしているお母さんの事を心配していたんです。それで、少しでもお母さんを助けることができたら、という想いで冒険者になったんです」
諍いを見ていられなかったアディさんが詳細を説明してくれる。
子供でもできる仕事など限られているので家計を助ける為に冒険者となった。
毎日を忙しく生きるお母さんは、子供であるパル少年にいつも「お父さんがいないのは悪い人がいたからよ。そして、悪い人は罪を償わずに死んで生き残った家族も街から逃げて行ったわ」とアイラたち家族を憎むよう誘導していた。
そうする事で自分たちの生活が大変なのはアイラのせいにした。
「あんたたちのせいで!」
「……お父さんがした事はどんな事情があるにせよ絶対に許されることじゃない。だから、あたしたち家族を憎むのは構わない。もっとも、あたしももう家族がいる立場に戻ったから簡単に報復されるつもりはないけどね」
アイラが死ねばパル少年のようにシエラが悲しむ事になる。
そんな事態になるようなら俺は迷わずにパル少年を斬り捨てる。
「それに、今と昔の事件にある事実は『魔剣を持った襲撃者が無力化された』っていう事実だけ。そこを間違えないで」
「あ、ああ……!」
泣き崩れるお母さん。
被害に遭った苦しみから加害者を憎んだ。
その憎しみのあまりに自分までも加害者になった。
今度は、誰を憎む事もできない立場になってしまった。
「パル君を医務室へ運べ……お母さんにも付き添ってもらえ」
状況確認に努めていたギルドマスターがパル君とお母さんを医務室へ運ぶよう指示を出した。
彼も昨日の事件があって色々と忙しく職員が探していたのだがなかなか捕まらなかった。
「ちょっといいか?」
小声で話し掛けてくる。
雰囲気が真剣な事からあまりいい話ではない。
「――2本目……いや、3本目の魔剣が見つかった。協力して欲しい」