第12話 消える魔剣
「チッ……!」
少年が苛立たしそうに後ろへ跳ぶ。
周囲には騒ぎなど全く気付いていなかった人ばかり。
身のこなしにそれなりの自信のある者が本気で踏み込めば雑踏の中に紛れることなど造作もない。
そして、少年の姿がどこにも見えなくなる。
気配も全くない。
雑踏の中に紛れて姿が視認し難くなったところで魔剣の力を使って姿と気配を完全に消してしまったらしい。
「きゃあああぁぁぁぁぁ!」
雑踏の中にいた女性が叫び出す。
女性が叫んだのをきっかけに騒ぎが広がって行く。
急に剣を持った人物の姿を見れば一般人ならパニックになってしまうのも仕方ない。
「シルビア」
「はい、追います」
「違う。お前は留守番だ」
てっきり追い掛けるよう言われると思っていたシルビアがキョトンとしている。
「お前は自分の体の状態を忘れたのか?」
「そうでした……」
うっかり忘れていただけらしい。
どうにも俺に仕える事を優先させてしまう気のあるせいでシルビアはアイラ以上に危険な行動に出る事がある。
アイラもこちらへ近付いて来たので作戦会議だ。
「さっきの見たな」
「もちろん」
「明らかにお前の事を狙っていたぞ」
魔剣の特性を使ってまで暗殺に踏み切ったのはアイラを殺す為。
本当なら誰に気付かれることなく襲撃に踏み切りたいところだったが、シルビアに気付かれてしまったせいで暗殺が失敗に終わってしまった。
「何か狙われる理由に心当たりはないのか?」
「そんな事を言われても今日初めて見た子よ」
アイラには全く見覚えのない少年だった。
「だけど、あれは明らかに恨んでいる人間の憎しみでした」
シルビアは自分が感じた気配について語る。
誰かを殺したいと心の底から思うほどの強い憎しみ。それが魔剣を手にしたことによって増強されている。
「消えたのは魔剣の効果か?」
「他に考えられません」
シルビアの気配探知を潜り抜けられるほどの気配遮断能力が簡単に手に入るはずがない。魔剣によるものだと考えた方が自然だ。
「でも、そこにいるのよね」
アイラが果物を売っている露店の前を指差す。
視界の隅に表示された地図。そこにはしっかりと少年を示す輝点が表示されていた。一度、捕捉してしまえば逃れる術はない。
今もジリジリと様子を伺うように近付いて来ている。
魔剣の制限もあって移動速度は一歩一歩踏み締めるように歩いているみたいだ。
「ちょっと任せてもいい?」
抱いていたシエラをシルビアに渡すと剣を抜く。
「悪いけど、相手が魔剣使いならあたしにやらせてくれない?」
「いいけど……」
「それに、あたしに用があるみたいだし」
剣を少年がいる位置に向かって構える。
さらには不敵な笑みまで浮かべている。
そこまでされれば少年にも自分の位置が捕捉されていることが分かる。
「くっ……」
動揺した気配がこちらまで伝わって来た。
魔剣の力で気配まで消せるはずだが、完璧ではないらしい。
「あたしに用があるんでしょ。言いたい事があるなら姿を現して言いなさい。隠れている内は聞く耳を持たないし、次に襲って来た時は確実に斬るわよ」
「どういうつもりだ?」
「あんな小さな子があたしを憎んでいる理由が気になってね。それに理由も分からないまま斬り捨てるのも嫌だった。とはいえ、この街であたしが憎まれる理由なんて一つぐらいしか考えられないんだけど」
5年前の魔剣騒動。
それに関わった人物だという事までは予想できる。
「それで、あたしを襲ってくるのには納得できる。けど、理由に納得できるからと言ってむざむざ斬られるような真似はしない。何よりもさっきはシエラが腕の中にいたのよ」
場合によってはシエラまで斬られていた可能性があった。
その時点でアイラには容赦するつもりが一切なくなっていた。
「斬り掛かって来るなら自分も斬られる覚悟をしてからにしなさい」
正面に向かってプレッシャーを放つ。
それは、たとえ冒険者でも耐え続けられるものではない。
「ええいっ!」
プレッシャーに耐え切れなくなった少年が斬り掛かって来る。
「心意気はよし」
アイラが聖剣で魔剣を受け止める。
ギリギリ、と音が鳴っている。
すると、アイラの正面にある空間が揺らめいて少年の姿が露わになる。
まず、魔剣が見えるようになった。
刀身が紫色の細く長い魔剣。小柄な少年が持つとその長さは顕著になり、とても振り回せるように思えないが、これも魔剣の力なのか片手で軽々と持って振り下ろしている。
そして、少年の表情まではっきりと見えるようになる。
まだ10歳ぐらいの少年が他者を憎んで顔を歪めている。
「……」
ただし、その目には涙が溜まっている。
その姿を見た瞬間、アイラから言葉が失われる。
「こんな場所で剣を抜くっていう事の意味が分かっているの?」
「……」
「そして、魔剣を使ってしまった者には悲惨な末路しか待っていないわ。使ってしまった者だけじゃない。遺された者にだって辛い日々が待っている」
「知っている……!」
「そう」
知っていて覚悟をしたうえで手にしたのなら言うことはない。
「あ、ああ……!」
魔剣が地面に落ちる。
刃だけが根元からポッキリと斬り落とされている。
普通は魔剣の破壊は不可能だが、アイラは何でも斬れるようになる【明鏡止水】のスキルを所有している。そのスキルを使用すれば魔剣も斬ることができるようになる。
「ああっ!」
少年が刀身を失くした剣で襲い掛かる。
「止めなさい」
ただ、殴り掛かって来るだけの少年などアイラの相手になるはずがなく、柄を握っている手を掴まれて動きを止められてしまう。
それでも少年に止まる気配はない。
「寝てなさい」
拳を腹に打ち込むと気絶させる。
少年がアイラの腕に倒れ込んでいる。
「それで、よかったのか?」
「さすがに昨日の冒険者みたいな奴が相手なら、あたしも本当に容赦をするつもりがなかったけど、この子にだって親がいるはずでしょ。この子がいなくなれば親が悲しむでしょ」
「お前がそれでいいならいいけど」
――ドゴッ!
アイラが少年の握っていた柄で殴られる。
「ううっ……」
少年が唸り声を上げている。
「魔剣の影響力がここまで強いのは知らなかったな」
殴られたアイラだったが、少年の全力でも傷付けることができず、顔を後ろへ少しだけ倒しただけだった。
「どうする?」
今の少年は気絶したままだ。
それでも魔剣が少年の体を動かして殴った。
俺も可能な限り少年を傷付けたくないという想いには賛同できる。
「仕方ない。強制的に離すしかないか」
――ヒュン!
アイラの放った斬撃が少年の体を通過する。
「う……」
少年が地面に倒れる。
今度はアイラの当て身によるものではなく、魔剣の支配から解放された精神的な疲労が原因だ。
そして、柄だけの魔剣が少年の手から離れて地面を転がる。
少年の手首から先だけで握ったままの状態で。
「命があるんだから片手を失うぐらいは我慢しなさい」
地面に倒れた少年を冷たく見下ろす。
「イリス、治療してあげて」
「最低限しかしないから」
回復魔法による光が少年の手首を覆う。
止血まではできるが、失われた手が元に戻る事はない。
イリスの【施しの剣】を使えば元通りにする事ができるが、アイラが少年の手を斬り落とすところは多くの人に見られてしまった。そんな状態で回復魔法ではできないことをやってしまえば目立ってしまう。
対価次第では考えなくもないが、少年や少年の家族に用意できるとも思えない。
結局のところは、少年が覚悟していたのだから片手を失った一生を覚悟してもらわなければならない。




