第11話 雑踏に紛れる襲撃者
「断ってよかったの?」
夕方、宿へ戻ると冒険者としての日が浅いノエルがギルドマスターからの依頼を断ってしまった理由を聞いて来た。
ギルドマスターと言えばギルドの中で最も強い権力を握っており、ギルドに所属している冒険者はギルドマスターからの命令には逆らえないぐらいだ。もっとも、それはパレントの街を拠点にする場合だ。
「当初の予定だと明日の午前中にお土産を色々と買ってから【転移】で帰るつもりだったからな」
長距離を移動する場合、昼からの移動など論外だが、人目に付かない場所にさえ移動すれば一瞬で帰れる俺たちには関係のない話だ。
シルビアがパレントの特産であるミルクや育てられた肉に興味を持ってしまったので買い込めるだけ買い込むつもりでいた。
「帰ってしまえば俺たちに干渉なんてできないさ」
パレントの街でギルドマスターをしているだけの彼にはできる事が限られている。
「それと調査依頼を引き受けるつもりは絶対にない」
「どうして?」
「それは、調査依頼を引き受けた冒険者には調査中にあった出来事を細かく報告する義務があるから」
冒険者歴の長いイリスが教える。
調査した場所にどんな物があったのか、構造や罠の有無などについても報告しなければならない。さらには途中で手に入れた財宝については全てを引き渡す義務がある。
冒険者が得られる報酬は、最初に決められていた金額だけ。依頼者の中には功績に応じて報酬を水増ししてくれる者もいるみたいだが、多くの依頼者は最初に取り決めした金額しか出してくれないらしい。
もっとも、望んだ結果が得られなかった場合でも最初に決めた報酬だけは出してくれるので強くは文句を言えなかった。
「そっか」
依頼を断った理由を教えられるとノエルはすんなりと引き下がった。
心優しいノエルとしては困っている人がいるなら助けてあげたいと思っている。しかし、困っている人を助けた結果、自分たちが困るような事態になる訳にはいかないと理解している。
「それに今日の戦闘はタダ働きもいいところなんだから」
襲われそうになっていたマルセラさんを助けたものの依頼を受けた訳ではなく善意からの救援だったために報酬は発生しない。
せめて魔剣を持ち帰ることができれば【魔力変換】で迷宮の糧にすることができたのだが、重要な証拠品として兵士に没収されてしまった。さすがに奪い取る訳にもいかなかったので手元には何も残っていない。
「予定通り明日には帰るぞ」
特に反対意見もないようなので宿でぐっすりと眠ることにする。
☆ ☆ ☆
翌朝、宿を出て大通りにある露店で買い物をする。
昨日の内に何を買うのかは決めてあるらしく次々と買い込んで行く。
「しかし、昨日あんな騒ぎがあったっていうのに店は普通に営業しているんだな」
「そうだな。少し不謹慎なところがあるかもしれないが、魔剣を手に入れた奴はどこかの冒険者の手によって討伐されたんだろ。だから、みんな安心しちまっているのさ」
「魔剣なんてそうそう手に入るものじゃないですからね」
簡単に話を聞いただけだが、アイラの父親が見つけた物以降で魔剣が迷宮で見つかった事はないそうだ。
しかも、その後は何人もの冒険者が迷宮へ挑んでいる。魔剣は高値で売れる。魔剣に支配されることなく正しい手順で保管することができれば貴族相手に売ることも難しくない。
中には探索において有名な者も挑んだが、結局は見つからなかった。
今回は偶然。
数年ぶりに見つかった事で少なくともしばらくは見つからないと思っている。
「まあ、魔剣なんて簡単に見つかる訳が――」
「ご主人様!」
離れた場所で買い物をしていたシルビアが叫び声を上げる。
「どうした? あまり大声を出さない方が――」
シルビアが険しい表情で俺の事を睨んでいる。
いや、俺の後ろにある何かを睨んでいる。
「なんだ……?」
敵意とも違う嫌な気配を感じて振り向く。
そこには動きやすいよう簡素な皮鎧に身を包んだ冒険者と思われる小柄な少年が俯いたまま立っていた。俯いているせいで表情は見えず、確認できるのは少年の髪が蒼い事ぐらいだ。
嫌な気配は、その少年から感じる。
――ヒュン!
俺の隣を2本のナイフが飛んで行った。
「おい、街中で刃物を取り出すのは……」
刃物が投げられた先を追う。
その先には俯いたままの少年が立っていたが、ナイフが当たったはずの瞬間に陽炎のように消えていなくなってしまった。
ナイフが投げられた事だけは現実であるように地面にナイフが突き刺さっている。
「なに……!?」
幻影の類……?
いや、気配まで消えてしまっている。
「シルビア!」
名前を呼ぶが首を横に振っている。
探知能力に優れたシルビアでも見失ってしまった。
「なになに?」
そこへ騒ぎを聞き付けたノエルが近付いて来た。
「お前は見ていなかったのか?」
「何を?」
暢気に買い物に夢中になるあまり周囲への警戒が疎かになっていたらしい。
「……いや、それは俺も同じだ」
二日連続で同じ街で襲撃があるなど考えてもいなかった。
相手の実力は分からないが、得体の知れない事から脅威と判断した方がいい。
「さっき、そこに俺の胸ぐらいまでしか身長のない少年が俯いたまま立っていて、シルビアが不穏な気配を感じてナイフを投げたんだけど……」
「こんな街中でナイフを投げたの?」
「そういう話は後!」
近くにいたメリッサとイリスを掴まえたシルビアが俺の傍に駆け寄って来る。
「……状況はよく分かりませんが、危険な状況なんですね」
「これだけ人がいる状況で明らかにわたしたちへ敵意を向けていた。警戒するに越した事はない……!」
「警戒するって言っても周囲にはたくさんの人がいるけど、誰を警戒すればいいの?」
相手を蒼い髪の少年に絞ったとしても目に見える範囲だけでも数人の少年が目に付いてしまう。
「この子!」
シルビアが自分の目へ指を添えて【迷宮同調】を使用する。
全員が少年を認識する。
「……いないわよ」
周囲を探ってみるが、それらしい少年は見つからない。
「【地図】!」
脳内に周囲の地図を描く。
近くにある建物の形や大きさまで含まれて立体的に描かれる。
収納リングから振り子を取り出す。少年の姿は一度認識している。魔法道具を使用して位置を特定させると地図に輝点で表示させる。
「……ゆっくりと移動している」
姿を見失ってしまった少年は俺たちの横をいつの間にか通り過ぎており、雑多な人で溢れ返っている人混みの中を歩いている。
輝点で表示された場所を見てみる。
しかし、そこはポッカリと穴が開いてしまったように誰もいなかった。
「姿を――気配まで含めて完全に断ち切るスキルですか」
「強力すぎるだろ!」
しかし、欠点がない訳ではないだろう。
おそらくスキルを使用している最中は走ることができない。もしくは、一定以上の速度で移動することができない。そういった制限があるはずだ。
そうでなければ、これほど暗殺に適したスキルでゆっくりと移動している理由が分からない。
「止まった」
少年の動きが止まる。
「いや~、ごめんごめん。お義母さんたちにお土産を色々と買い込んでいたら知り合いに捕まっちゃって……どうしたの?」
離れて行動していたアイラが近付いて来る。
右手でシエラを抱き、左手で買った物が詰め込まれた袋を持っている。
つまり、今の彼女は両手が塞がってしまっている。
「アイラ!」
シルビアが再び2本のナイフを投げる。
相手の位置は分かっていても視認することはできていない。正確な位置が分かっていない状態で投げられた武器は空振る可能性が高い。こんな人混みの中で採るべきではない行動だ。
だが、【神の運】を持つシルビアなら当てられる。
――キンキン!
投げられたナイフが何かに当たって弾かれて地面に落ちる。
その音に周囲にいた人たちの意識が向く。
「……なに?」
今のような状況になって俺たちの様子が尋常ではない事に気付くアイラ。
そして、ナイフが当たった何かはアイラの横にある。
音を聞いた全員がそこを見る。
「くっ……!」
陽炎のように景色が歪むと少年が姿を現した。
今度は顔を上げており、剣を振り上げた姿勢で悔しそうにしている。
「……魔剣!」
振り上げられた剣が放つ禍々しいオーラ。
間違いなく魔剣によるものだ。