第3話 開通依頼
ほとんどの時間を抱えたシエラと一緒に過ごした1カ月。
依頼の期限が迫っていたので、不測の事態が発生した時に備えて最終日を予備日として2日前に作業を行う。
「こんな依頼さっさと終わらせるぞ」
屋敷から森の入口までサッと移動してきた。
時間を掛けたくない理由はシエラだ。
まさか、このような場所まで連れて来る訳にもいかず、今日は祖母たちに預けるしかなかった。
外出する時に見送ってくれたシエラの寂しそうな顔が忘れられない。
「どうする?」
「本当に親バカ」
「まあ、シエラの事が可愛いのは私たちも一緒ですが……」
「あれは、可愛がり過ぎ」
「そうよね」
後ろでヒソヒソ話している声が聞こえる。
「ねぇ、本当に森を抜ける事が可能なの?」
「何をするつもりか知らないが、魔物を無意味に刺激するような真似はするなよ」
眷属の他にも付いて来た人物がいた。
ノーラさんとリューだ。
森は、村から近い場所にあるので派手な事をすれば村には必ず気付かれる。後々のトラブルを回避する為にも村の責任者にも来てもらった。
ちなみにカレンはいても邪魔なだけなので置いて来た。
「分かっているよ」
右手を掲げて魔力を集中させる。
魔力はやがて1メートルほどの球体へと変化して風が渦巻き始める。
「そ、それを使いますか……」
メリッサが呆れている。
彼女たちには派手な魔法で一気に吹き飛ばすとしか伝えていなかった。
「【暴嵐乱舞】」
森へ向かって球体が放たれる。
真っ直ぐに森の中へと入った球体を中心に左右10メートルの範囲内にある木々が次々と切り刻まれ、根ごと遠くへ吹き飛ばされて行く。
暴嵐乱舞は、嵐を1メートルサイズの球体に圧縮させて、球体の周囲にのみ嵐が発生した時と同等の被害をもたらす魔法。広範囲に被害を及ぼす嵐が球体を中心とした左右の10メートルにしか被害を及ぼさない。
同じ範囲における被害を比べた場合、暴嵐乱舞の方が被害は凄まじくなる。
気付けば球体は森を抜けていた。
どこまでも続いているように思えた森だったが、今は木々のなくなった道ができあがっており、地平線が見えていた。
「こんなものだろう」
これで森の向こう側まで続く道は確保することができた。
振り向いてみるとノーラさんとリューがポカンとしていた。
「そんな……この森に向こう側があったなんて……」
「そりゃ、あるだろ」
地図上では森の向こう側に海が存在していた。
しかし、広大な森が間にあるせいで誰も使わなかった海岸線だ。
「けほっけほっ……本当に凄いわね」
咳をしながらノーラさんが森の残った左右を見ている。
森の木々を無理矢理に吹き飛ばしてしまったせいで周囲には粉塵が舞い上がっているせいだ。
「こればっかりは耐えてもらうしかありません」
「そのようね」
この状況を想定して【暴嵐乱舞】を使用した直後からメリッサが魔法による風で換気をしてくれている。
粉塵もじきに収まるだろう。
「これは、シエラを連れて来なくてよかった」
最初は父親が働いている姿を見せようとシエラを連れて来ようとしていたアイラ。
思えば、シエラが誕生してからの2カ月はほとんど一緒に遊んでいる姿しか見せていなかったので子供に仕事をしていない親だと思わせたくなかったのかもしれない。
しかし、こんな場所に赤ん坊を連れて来れば簡単に体調を崩す。
本当に断腸の思いで置いて来て正解だ。
それに外へ連れ出すには少し早い。
「よし、ここからは整地作業だ」
『はい』
「シルビアは先行しておかしな物がないか確認しながら近付く魔物を狩れ」
「はい」
一言だけ残してシルビアが消える。
数秒としない内に魔物の悲鳴が森の中から聞こえてくるので順調に狩りを始めたのだろう。
「メリッサは土魔法で整地をしながらシルビアを追え」
「強度はどの程度でいいでしょうか?」
「そこまで頑丈にする必要はない」
この道を使うのはエリオットだけだ。
依頼では、他の用途に使うとは聞いていなかったので簡単に土を均して簡単に固める程度でいいだろう。
「では、先に行きます」
メリッサが道の中央をゆっくりと奥へ歩き出す。
すると根ごと抜き取られたせいで空いてしまっていた穴が土で埋められ、道を塞いでいる大きな石は粉々にされて森の中へと飛ばされてしまい、地面は平らになっていた。
整地作業に関しては彼女に任せておけばいいだろう。
「俺とイリスは魔物が入って来ないように柵を用意する」
道具箱から長さ2メートルの杭を取り出して地面に突き刺す。
この杭は、【迷宮操作】で作り出した物で、森フィールドにあった木を迷宮の力で加工した。
道の端に杭を次々に突き刺して行く。
杭と杭の間にはロープを張る。
上と下に1本ずつ張っただけの簡単な作業だ。
これでは完全に魔物の侵入を防ぐことはできない。
「ノエル」
それを証明するように森の奥からフォレストウルフが接近してくる。
突然の嵐に怯えてしまったものの森があった場所で人間が暢気に作業をしているということで襲いに来た。
もっとも俺の所まで辿り着く前にノエルの手によって倒されていた。
「ノエルは作業をしている俺とイリスの護衛だ」
「うんっ」
少しでも多くの経験値を必要としているので魔物を倒させた方がいい。
俺たちも作業の片手間で対処することは可能だが、作業を早く終わらせる為にも役割分担して集中した方がいい。
「……あたしは?」
一人だけ指示を出されなかったアイラ。
正直言って人手は足りている。
「どうして付いて来たんだ?」
できればシエラの傍にいて欲しいというのが本音だ。
「いや、そろそろあたしも冒険者に復帰しようかな、なんて考えている訳で……」
そのために体を動かしたい。
さすがに冒険に出掛けるような真似はしていなかったが、エルマーの稽古などで妊娠中もかなり体を動かしていたアイラ。さすがに出産前はそこまで動かせていなかったし、育児に忙しいせいで最近は剣の稽古も怠りがちだった。
だから、リハビリがてらに体を動かしたい。
その理由は分かる。
「まさか、体重を気にしているなんて言わないよな」
「うっ……」
図星だったらしく胸を押さえていた。
「と、とにかく体型を元に戻したいの!」
「……そんなに変わっていないと思うけど」
出産したことでお腹が大きくなる前と変わらない程度になっているように見える。
何をそこまで気にしているのか分からない。
「と、とにかくあたしも体を動かしたいの!」
「シエラはどうするつもりだ?」
「だからお義母さんたちに預けてきたんじゃない」
母やオリビアさんたちは育児を任されたというのに満面の笑顔を浮かべながらシエラの面倒を見ていた。
母親が忙しければ他の家族が面倒を見るのは不思議な事ではない。
しかし、シエラはまだ生後2カ月。
「なら、アイラもノエルと一緒に狩りに加われ」
「分かったわ」
「その代わり、シエラが母親を求めて泣いた時には何よりも優先させて屋敷に帰ること。泣き止めば呼び戻すから」
「何よりも?」
「そう」
たとえ俺の身に危機が迫っていたとしても優先させる。
こっちにはアイラ以外にも4人いるのだから大抵の事には対処できる。
シエラが泣いた時も迷宮核が教えてくれるから対処は十分に可能だ。
「ま、全ての作業は今日中に終わらせるつもりなんだ。シエラが待っていることだし、さっさと終わらせるぞ」
陽が沈む前には全ての作業を終わらせることができた。




