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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第19章 巫女神舞
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第2話 エルマーの才

「ただいま」

「おかえりなさい」


 屋敷に帰るとクリスが出迎えてくれる。

 一緒に帰って来たシルビアが後ろに立ってコートを脱がせて来るので彼女に任せる。数秒前に目にした時には冒険者として動きやすい服装をしていたにも関わらず屋敷に入るとメイド服に着替えていたが、もう慣れた。


 屋敷にそそくさと帰ると暖炉の前に陣取る。


「仕事が終わったからと言って体を動かさないでいると怠けてしまいますよ」

「3月とはいえ外は寒いんだ。そんな寒い中で騎士団の捕り物を見ていたせいで体が冷えているんだよ」


 ステータスを考えれば大した影響はない。

 それでも寒い中、立ったままでいるというのは精神的に辛かった。


「ココアをどうぞ」


 シルビアからココアを受け取って体を暖める。


「もうすぐ春だけど寒い物は寒い。こんな状況でも元気よく駆け回れるのは子供ぐらいだ」


 屋敷の庭からカンカン、という音が聞こえて来る。

 木刀と木刀を打ち合わせる音だ。


「もっと重心を意識して打って来る」

「はい!」


 鋭く踏み込みながら打ち込まれた剣をイリスが受け止める。

 ついでにいなされたせいで体勢を崩したエルマーが地面に転ぶ。


「ぶっ」


 転んだ拍子に土が口の中に入ってしまったらしく上半身を起こすと吐き出していた。ついでに擦りむいた顎を擦っている。


「ちょっと、少しは手加減してあげなさいよ」

「最低限の手加減はしてる。手加減し過ぎると本人の為にならない」

「そうだけど……」


 個人の技量を鍛えたいと言ったエルマーの稽古をイリスが付けていた。

 本当はエルマーの事を一番可愛がっているアイラが稽古を付けてあげたいところだったが、妊娠中ということでアドバイスなどはするものの実戦的な指導は全てイリスが請け負っていた。


 エルマーを迎えた頃は目立っていなかったが、今ではすっかりと妊娠している事が分かるぐらいにお腹が大きくなっていた。

 そんな体なので庭が見える場所にソファを置いて座りながら指導している。


「怪我をさせてどうするの、って言っているの!」

「これぐらいの怪我が何?」


 剣の鍛錬をしていれば擦り傷ぐらい日常茶飯事。

 同じ剣士であるはずのアイラが何を言っているのかイリスには分からなかった。この程度の怪我はどちらも潜り抜けて来た。


「こんなに可愛い子を傷付けて何とも思わないの!?」


 エルマーを抱きしめながらアイラが言う。


 その言葉を受けてイリスが溜息を吐いた。

 要するにアイラは親バカを発揮していた。


 優秀な弟を迎えたはずなのだが、齢が離れていることと全員にもうすぐ親になる自覚が芽生えてきたせいか『弟』としてではなく『息子』として扱うようになっていた。


 眷属4人の中でも立場が極端になったのがアイラとイリスだ。

 アイラはとにかく手元に置いて大切に育てようと考えていた。

 だが、イリスは嫌われることになっても教育は厳しくしようとしていた。


 子供の育て方で二人の意見が割れた。


 幸い、エルマーは教育の大切さを理解しており、イリスと共に厳しい訓練に身を置いていた。


「大丈夫です、アイラさん」


 自分の意思を持っているエルマーがアイラから離れて行く。


「もう1度お願いします」

「分かった」


 エルマーの指導が再び始まる。


「ああ……」


 自分から離れて行った子供。

 傷付く姿を見ていられなくなったこともあってアイラがこちらへ歩いて来る。


「おかえり」

「ただいま……本当に大丈夫か?」


 アイラが小さく頷く。

 目は微かにだが潤んでいるし、全然大丈夫そうには見えなかった。


「そんな様子で本当に子供が生まれたらどうするんだ?」


 妊娠していることもあって少々情緒不安定になっていた。

 それがエルマーへの子煩悩に拍車を掛けている。


「それよりエルマーはどうだ?」

「はっきり言って才能はない」


 キッパリと才能はないと言うアイラ。

 エルマーを引き取ってから2カ月が経過しており、引き取られてから1週間ほどで戦えるようになりたい、と言い出した。


 最初は子供の憧れから来る言葉だろうと思って基礎体力を着けさせる為の筋力トレーニングばかりさせていた。

 飽きっぽい子供なら退屈な筋力トレーニンで投げ出す。


 しかし、明確な目的のあったエルマーは諦めなかった。


「あの子は自分の姉たちを守ろうと努力している」


 いきなり屋敷に連れて来られて戸惑っていたエルマー。

 そんなエルマーは早く馴染めるように努力していたのが齢の近かったクリスたち三義姉妹だ。


 協力の甲斐あってエルマーは今では普通に家族として接している。

 弟という立場を手に入れたエルマーは、唯一の肉親とも言える母を喪った時のような悲しみを二度と味あわない為に姉たちを何者からも守れるように強くなろうと決意した。


 強さとは武力だけではない。

 筋力トレーニングの傍ら、メリッサから授業を受けて様々な知識を授かっていた。

 そして、今日になって筋力トレーニングだけの日々が終わり、実戦的な訓練へと移行していた。


「私は心配です」

「わたしも」

「そうよね!」

「いえ、アイラさんとは違った意味で心配しています」


 最初は可愛がっていたメリッサとシルビアだが、今は別な意味でエルマーを受け入れられずにいた。

 その理由は汗を流して訓練を終えたエルマーに近付く人物にあった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「今は冬ですからね。汗をそのままにしておくと風邪を引いてしまいますよ」


 タオルを持ったメリッサの実妹であるメリルちゃんがタオルを手渡していた。

 エルマーは何も疑問に思うことなくタオルを受け取ると汗を拭き取る。家族なのでタオルを渡されるぐらい当然だと思っている。


「はい、これ」

「ありがとう」


 シルビアの実妹であるリアーナちゃんも用意したココアを渡して体を暖めるように言った。

 タオルと同様にココアも普通に受け取る。


「たしかに心配だ」


 二人の様子は弟を心配する姉、に見えなくもない。

 しかし、その想いが姉弟愛から愛情に変わる日は近そうに見える。


 要するに二人とも実妹を一人の男の子に取られて嫉妬していた。


 この場には三義姉妹のもう一人であるクリスは課題があって部屋にいるのでいないが、彼女も残念ながら既に手遅れである。だが、近くに四人も侍らせている俺は何か言える立場ではない。


「あの子の場合、家系が優秀だった事もあって女性を集め易い体質でもあるんじゃないかと思う」

「家系?」


 汗一つ掻いていないイリスの言葉に首を傾げる。


 エルマーの父親は裏家業の組織の纏め役。母親は娼婦。

 あまり優秀そうな家系には見えない。


「両親はそうでもないかもしれないけど、父親の実家は貴族だって聞いていた」

「ああ……!」


 貴族なら優秀だと言うのも頷ける。

 優秀な遺伝子は父親を飛ばしてエルマーへと引き継がれていた。


 母親については誰も知らなかった。


「実際にあの子と訓練をしたお前の感想は?」

「アイラと同じ」


 イリスも才能がない、と言う。


「だけど、あの子は物事に対する吸収力が尋常じゃない。少なくとも今日の捕り物に参加した騎士ぐらいには強くなれることは保証する……それと同時に天性の女たらしなところには困った」


 エルマーは一度教えた事は忘れないし、体も成長期ということもあってすくすくと成長して行っている。

 鍛え出したおかげなのか、引き取った当時は三義姉妹の中で一番背の低かったリアーナちゃんと同じくらいの身長しかなかったのに今ではリアーナちゃんを追い抜いていた。


「鍛えればどこまで強くなれるのか楽しみ」

「絶対怪我なんてさせないんだから!」


 ゆっくりと立ち上がりながら怒鳴るアイラ。

 以前ほどの気迫はないが、妊娠している状態では仕方ない。


「親バカを発揮するのはいいけど――訓練を再開させるから」

「はい!」


 自分の事が気にされずに落ち込んでいるアイラとは対照的に訓練に対して意欲的なエルマーとイリスの模擬戦が再開される。


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