第3話 聖女再び
自室で本を読んでいると部屋の扉がノックされた。
「失礼します。ご主人様、お客様がいらっしゃいました」
「客?」
誰かが屋敷を訪ねて来たのは気配で分かっていた。
ただ、来客についてはシルビアに一任していたので誰が来たのか相手まで確認していなかった。
「はい。相手は『聖女』であるミシュリナ様と『侍女』のクラウディア様です」
「あの二人か」
イシュガリア公国にある神の遺産の継承者であるミシュリナさん。
彼女の付き人であるクラウディアさんが一緒にいるのは納得できる。
問題は、彼女たちの用件だ。
要人であるはずのミシュリナさんは本来なら自由に外を動き回ることができない立場にある。ところが、自由奔放な性格のせいで屋敷を飛び出して公都を遊び回っているだけでなく、外国へも自由に足を伸ばしている。
公的な理由で訪れたのか、私的な理由で訪れたのか分からなかった。
「分かった」
読んでいた本を閉じて立ち上がる。
シルビアに案内された場所は屋敷の応接室。
「あれが『聖女』様ですか」
「綺麗な人です……」
「もっとハッキリ見えないでしょうか」
妹たち3人が扉を少しだけ開けて隙間から応接室の中を覗いていた。
「こら、あなたたち」
3人の肩がビクッと震える。
「お客様に失礼でしょう」
「ごめんなさい」
相手によっては失礼どころの問題では済まされない可能性だってあった。
そんな事が分からない彼女たちではない。
それでも『聖女』を一目見ておきたかった。
「屋敷の2階から綺麗な人が入って来るのが見えたんです。一目見ただけだったんですけど、その姿が忘れられなくて――」
ソワソワしているところをリアーナちゃんとメリルちゃんに見つかったクリス。
クリスが目を奪われた綺麗な女性の姿が気になって3人が一緒になって騒いでいたという訳だ。
「後で会えないか相談するからそれまで待っていろ」
「約束ですよ」
興奮した様子の3人はバタバタと足音を上げながら離れて行く。
妹がこんな我が侭を言うのは珍しい。
手招きして離れていた場所で一部始終を見ていたエルマーを呼ぶ。
「……なんでしょうか?」
「3人と一緒に静かに遊んでいてくれないか?」
「はい」
3人の事はエルマーに任せた。
改めて応接室の中に入る。
応接室には屋敷に偶然いたメリッサが来客の二人と談笑していた。
「お久しぶりです」
「ええ、そうですね」
ミシュリナさんは紅茶を飲みながらクスクス笑っていた。
戦闘職ではないが、彼女も一般以上の力を持っているので当然のように応接室の外で行われていた騒ぎは聞こえていた。
「騒がしくてすみません」
「これぐらいは大した事ありませんよ」
優雅な所作で紅茶を飲むミシュリナさん。
これは公的な立場を守る時の態度だ。
「まず、お礼を言わせて下さい。貴方たちの協力が得られたおかげでイシュガリア公国は滅びずに済みました。ありがとうございます」
二人が頭を下げる。
あのまま不死者の騒ぎを収束させることができなければ国民のほとんどが不死者になっていた可能性が高い。たとえ少人数が生き残ることができたとしても国として機能させるのは不可能だった。
それも俺たちがいたからこそ元凶を見つけることができ、解決させることができた。
「その後、どうですか?」
「騒動の後は、国の各地を巡り土地の浄化に努めることになりました。不浄な土地では作物の成長にも影響を与えますから春になる前に対処する必要がありましたから」
そのため冬の寒い状況でも外を出回らなければならなかった。
……屋敷に引き籠っていた俺とは大違いだ。
「先日、国中の浄化を終えました。おかげで、こうして外国へ赴くぐらいの余裕も生まれたのでお礼の為に私が来ました」
ミシュリナさんが指輪を光らせる。彼女の指に嵌っている指輪は、ただの指輪ではなく、亜空間に物を収納することができる収納リング。
収納リングから取り出された大量の食材がテーブルの上に置かれた。
「今回は、これだけ持ってきました」
依頼の報酬として特産品を定期的に貰えることを約束していた。
こちらから受け取りに行くのは面倒だったので依頼主であるイシュガリア公国側から何らかの方法で届けられることになっていた。
まさか、国の要人である聖女本人が届けに来るとは思っていなかった。
「ありがたくいただきます」
報酬として貰っているのでありがたく頂く。
俺の後ろに立っていたシルビアがテーブルの上に並べられた特産品を回収する。回収する彼女の表情は明るかった。それと言うのも特産品を最も手にしたかったのはシルビアだったからだ。俺たちでは食材など貰っても手に余る。
「私が渡した報酬はどうですか?」
「あれか」
ミシュリナさんからは『聖珠』のレプリカを受け取っていた。
レプリカとはいえ、内部に大量の瘴気を溜め込んでいるので、【魔力変換】を用いて迷宮に与えれば破格の魔力を生み出してくれた『神樹の実』に匹敵する力を生み出してくれるはずだ。
とはいえ、まだ行っていない。
「冬の間は色々と忙しかったので、迷宮にまで手が回っていない状態なので聖珠のレプリカは今も手元にあります」
そういう事にしておこう。
「そうですか。私も無理な事を言った自覚があるので貴方たちの役に立ってくれているなら幸いです」
そう言って紅茶を飲んで一息つく。
「では、『聖女』としての用事はここまでにしましょう」
公的な用事はここまで。
「ここからはミシュリナ・イシャウッドとして冒険者マルスに個人的な依頼があります」
これから行われるのは私的な用事。
「ところで、他のメンバーはどうしていますか?」
「イリスとアイラですか?」
イリスは買い物があるので街へ出掛けていた。
アイラは屋敷にはいるが、妊娠している状態なので来客の前に出す訳にはいかないので部屋に籠っているよう念話で言い付けていた。
「二人に用事ですか?」
「二人、と言うよりもパーティにお願いしたい事があったんです」
説明の手間を省く為、情報に齟齬がないようにする為にも自分の口から全員に話をした方が手っ取り早い。
「イリスは残念ながら出掛けています。彼女にはあなたの言葉がしっかりと伝わるようにしておきます」
と言うよりも【迷宮同調】で会話を聞かせているので、どのような用件なのかはダイレクトに伝わっている。
問題はアイラだ。
「アイラは……」
「話は聞かせてもらったわ!」
イリスと同じように部屋で会話を聞いていたアイラが応接室に入って来た。
「……アイラさん!」
「……!」
今のアイラの姿を目撃した二人が驚きから言葉を失っていた。
「太られましたね……」
「違うわよ!」
「もちろん分かっております」
言った方も言われた方も冗談だと分かっているので笑っていた。
「妊娠おめでとうございます」
「よかったですね」
祝いの言葉を送られて「えへへ」と笑っていた。
どうも妊娠しているせいか最近では感情の表現が下手になって来ていた。
「そういう訳でパーティに依頼を出されてもアイラは参加することができません」
以前のように身軽な動きができなくなっていた。
運動の為に最低限の素振りだけはしているみたいだが、今のアイラに剣士としての技量はない。できるとしたらステータス任せの破壊的な攻撃だけになる。
「ええ、そのような状態では仕方ないです」
チラチラと大きくなったお腹に視線が向けられる。
癒しに特化した『聖女』であるミシュリナさんは母子共に健康な状態で生まれて来られるようにする為に出産の場に立ち会ったこともあると聞いていた。そのため妊婦は何度も見たことがあるはずだが、珍しい物を見たような視線を向けている。
その視線に気付いたクラウディアさんが頭を下げる。
「申し訳ございません。ミシュリナ様は妊婦も見慣れていますが、知り合いの女性が妊娠する姿を見るのは初めての事なのです。何よりもご自身の年齢が……」
「クラウディア」
「はい」
ミシュリナさんから名前を呼ばれて何も言えなくなってしまった。
彼女たちの年齢は20歳。俺たちよりも少し上、という年齢を考慮すれば結婚や妊娠を考えるには早いような気もしなくはないが、貴族や子孫が『聖女』という立場を引き継ぐ可能性があるという事を考慮すれば既に子供がいてもおかしくない年齢になっている。そのため気にしていた。
「すみません話が逸れました」
ミシュリナさんが気を取り直す。
「今回、私が貴方たちの下を訪れたのは、私の親友である『巫女』が亡くなる可能性が高いからです。そこで、貴方たちに彼女の護衛をお願いしたいのです」




