第22話 死を超越せし者④
「な、なぜじゃ……!?」
霊体にも関わらずダメージを受けた。
さっきもシルビアからダメージを受けたはずだが、浄化も通用しない無敵と思われる肉体のはずなのにダメージを受けている理由が分からず戸惑っている。
「アレがさっきからアホな事を言っている爺さんか?」
空中に浮いた状態からシルビアたちの隣に立つ。
「そうです。今回の首謀者です」
改めて体が再生され霊体から肉体に戻り、両膝と両肘をついて四つん這いになって口から血を吐いている爺さんの姿を見る。
ダメージがあったおかげで血を吐かせるような状態にさせることはできたが、先ほどまでと同じように集まって来た瘴気のせいで回復されてしまう。
「浄化の魔力と一緒に打ち込めば有効かもしれないと思ったけど、ダメだったな」
薄らと残っていた体に纏っていた白い光を消す。
爺さんが相手では効果がない。
「どうでした?」
「神聖抱擁のことか? 所詮は見様見真似で再現しただけだからダメだ。俺が使うと体に纏うことができなくて魔力を垂れ流すことになっているせいでガンガン消費していく」
メリッサの質問に答える。
神聖抱擁。
リオの眷属であるリーシアさんのスキルで特殊な魔力に身に纏う事で敵の攻撃を防御し、攻撃の際には威力が上乗せられるという攻守共に優れたスキルである。アンデッドの大群に突っ込むということで万が一に攻撃された場合でも問題がないように浄化の魔力を身に纏ってみた。リオたちが俺の迷宮に挑戦した時の光景は後で迷宮核から見せてもらったので、あの時使っていたスキルは確認している。
有用そうなので迷宮で短時間だけ試していた。
突撃を仕掛けるなら有効かと思い使ってみた。防御には優れているのだが魔力を常に纏ったままの状態を維持することができず、魔力を垂れ流しているような状態になってしまった。
迷宮主の魔力量だから耐えられたが、シルビアたちでは耐えられない可能性が高いので実戦向きではない。
「なぜ、霊体にダメージを与えられたのじゃ?」
「わたしも気になりました。わたしには殴っただけのようにしか見えなかったのですが……」
メリッサは俺の魔力の流れを見て何をしたのか分かっているみたいだが、シルビアには見ただけでは分からなかったらしい。
「魔導衝波だ。相手の肉体の内側へ浸透するように魔力を流して衝撃を発生させる攻撃なら霊体にも衝撃を伝えることができるんだ」
むしろ霊体なので肉体がある相手よりも威力があるぐらいだ。
「今さら出て来た奴が儂の邪魔をするか」
「ああ、あんたの事情とか関係ないから」
「なんじゃと?」
「あんたの話は全部聞かせてもらっていたから事情や目的は知っている」
迷宮同調によってシルビアとメリッサが見聞きしていた情報は俺たちにも伝わっていた。
「召喚:アイラ、イリス」
未だ前線に残ったままのアイラとイリスを喚び出す。
「まったく……マルスだけさっさと跳躍でこっちへ来ちゃうから出遅れちゃったじゃない」
「早く終わらせることにしよう」
前線からここまではだだっ広い荒野が広がっているだけ。
つまり、遮る物が何もないので視界内の見える範囲ならどこへでも移動できる跳躍を使えば一瞬で辿り着くことができる。
「メリッサ、お前はアンデッド化した人たちをどうにかしろ」
「分かりました」
メリッサの放つ光の矢がアンデッドになった人たちの体を次々と撃ち抜いて行く。浄化もされているので一撃で死体へと戻って行く。ミシュリナさんと協力すれば時間を掛けずに事態を鎮められるだろう。
「さて、俺たちがここにいる意味を爺さんは理解できているかな?」
「……本当にあれだけいたアンデッドを倒して来たのか」
「当然。ただ、数が多かったせいで時間が掛かったけどな」
全て討伐するのに時間が掛かった。おかげで状況が物凄い勢いで進んでいるのに二人を通して見ることしかできなかった。
「じゃが、いくらアンデッド共を倒そうとも大元である儂をどうにかしない限りはどうにも……」
爺さんが剣を持った状態で瘴気の腕3本を構える。
「なに……?」
その時には爺さんの目の前から俺はいなくなっていた。
そして、4本全てで構えたはずにも関わらず1本足りないことにようやく気付いた。
「さて、どれぐらいになるかな?」
爺さんの前から姿を消した俺は、爺さんの後ろにいた。
振り向いた爺さんは、俺の手に自分の右肩から切断された瘴気の腕があることに気付いた。
「【魔力変換】」
「どこへやった……!?」
直前まで俺の手に握られていたはずの瘴気の腕が消えてしまう光景を見て驚いている。
瘴気の腕は、俺の【魔力変換】によって迷宮の魔力へと変換されていた。
『やった! 剣と腕を合わせて800だよ』
『!?』
得られる魔力量そのものは破格というほどではない。
しかし、爺さんを見てみると切断した腕が既に瘴気によって再生されていた。
無限に回復し続ける体。
「おい、お前ら刈り取れ」
「何を言っとるんじゃ……っ!」
爺さんにとっては訳の分からない言葉を言っている俺を呆然と見ていたが、アイラとイリスの手によって左右の腕が全て斬り落とされれば驚かない訳にはいかない。
「パス」
「こっちも」
二人から斬り落とした瘴気の腕2本と肉体の腕1本がそれぞれ投げ渡される。
すぐさま【魔力変換】をすると『合計で4000の魔力が手に入った』という報告が迷宮核から届く。
思わず頬が緩んでしまうのを抑えられない。
「お主ら!」
怒った爺さんが再生させた瘴気の腕で二人を殴りつけて来る。
が、素人丸出しのステータス任せな殴打では二人に当たらない。
「わたしも混ぜてください」
アイラとイリスに集中している間に爺さんの首へ飛び掛かったシルビアが短剣で首を斬り飛ばしてしまった。
「お願いします」
「え、生首を【魔力変換】するのか……」
俺しか【魔力変換】を持っていないので戦利品を魔力にするのは俺がやるしかない。
嫌々ながら頭部を掴んで【魔力変換】をする。
「おい、得られる魔力は瘴気だけの方が多い! 生首とかいらないから刈り取るならそっちを優先させろ」
『了解』
胴体が頭部を完全に再生させる前に剣士二人が再び瘴気の腕を斬り飛ばしてしまう。
頭部が完全に再生されて意識がはっきりするようになった爺さんがバランスが悪いせいでふらついている。
「な、なぜじゃ……」
「さっさと腕を再生させる」
腕を再生させても斬り飛ばされるだけだと判断した爺さんが生身で戦おうとしていた。
その様子を仕方なく見たイリスが魔法で氷柱を何本も精製すると爺さんに向かって投擲する。
「ほら、再生させた」
氷柱から身を守る為に爺さんが瘴気の腕を体の前で交差させて防御させていた。
瘴気の腕が受けたダメージは爺さん自身も感じてしまうが、それでも耐久力が違うらしく肉体で受けるよりもずっと楽だった。
死を克服したとか言っても痛みは感じてしまうらしく、攻撃を受ける度に顔が歪んでしまったり、悲鳴をあげたりしているところは何度も見ていたので痛みを感じるのは間違いない。
肉体で受けるよりも瘴気の腕で受けた方が楽だ。
もっとも、氷柱を受け止めた直後に瘴気の腕も斬り飛ばされてしまっている。
「お主ら、無駄だという事が分からぬのか!?」
爺さんが6本の腕全てを俺へ拳撃を浴びせて来る。
「無駄なんかじゃないさ」
むしろ俺たちにとってはプラスにしかなっていない。
爺さんの攻撃を全て回避しながら答えてやると顔が真っ赤になっていた。
「その齢で怒るとポックリ行くぞ」
「もう死んどるわ!」
怒った爺さんの体が左右に両断される。
左半身は地面に倒れてしまうが、右半身は立ったまま残っており切断面に瘴気が集まって来ると再生が始まる。
アイラは再生が終わるのを待つ為に離れている。
まったく……回収は俺任せかよ。
ゆっくり歩きながら地面に倒れた左半身を回収する。
どうやら斬った時に右半身の方が大きく残っていたせいで右半身を起点に喪った左半身を再生することにしたらしい。
「いや、大漁大漁」
ほくほく顔で3人が切断した腕やら足を回収する。
こんな風にのんびりと回収作業に専念できるのも3人の動きに爺さんが翻弄されているからだ。
「ま、待て!」
静止を求める爺さんの声に3人が動きを止める。ただし、いつでも刈り取れるように左右と正面を取り囲んだ状態だ。
「儂には成さねばならん事がある。見逃してくれんか」
「ダメ」
どうせ他の場所でアンデッドを生み出すなんてことだ。
そんな事を容認する訳にはいかない。
ただ、爺さんも僅かばかりの時間が得られればよかったらしく逃げる為に霊体へなってしまった。
「さらばじゃ」
「はい、逃げない」
逃げようとしていた霊体に魔導衝波を撃ち込んで地面に叩き付ける。
瘴気によって肉体が再生されていた。霊体の状態でダメージを受けて再生すると霊体ではなく肉体が再生されてしまうらしい。
「儂は、諦める訳には、いかないんじゃ!」
爺さんが起き上がりながら再び霊体になる。
学習しない爺さんだ。
三度、魔導衝波を叩き込む。
「む……?」
爺さんの体が再生されながら地面を転がっていた。
「さらばじゃ!」
俺から逃げる為にわざと殴られて、飛ばされた先から逃げるつもりみたいだ。
だが、それは叶わない。
「ぶへっ!?」
殴り飛ばされた先には既にシルビアが回り込んでおり、こちらへ蹴り飛ばされていた。
「アイラ」
「うん」
またアイラが両断する。
ただし、今度は綺麗に両断できたらしく、切断面に瘴気が集まって左右に分かれた体をくっ付けようとしていた。
「まだじゃ……まだ、諦める訳には……」
譫言を呟き続ける爺さん。
「氷棺」
その体はイリスの生み出した巨大な棺型の氷柱へ閉じ込められていた。