第21話 死を超越せし者③
メリッサ視点です。
薄らとしか確認することができなくなった体。
「少々問題ですね」
瘴気による驚異的な回復能力だけでなく、霊体への変化も自由自在。
死なないだけの相手なら時間を稼ぐことも問題なかったのですが、霊体となったアルフレッドさん相手では時間を稼ぐことすら難しくなってしまいます。
霊体へ対処する場合には、一切の物理攻撃が通用しなくなってしまうので浄化能力を持った魔法や武器によって霊体を浄化するしか倒す術がありません。しかし、アンデッドから進化してしまっているせいなのかアルフレッドさんには魔法でも武器でも浄化能力が通用しません。
つまり、霊体となったアルフレッドさんを止める術がありません。
「お主たちは後回しじゃ。まずは、同胞をもっと増やす」
そう言ってアルフレッドさんの霊体が固まって成り行きを見ていた兵士たちの方へと向かいます。冒険者は元々が寄せ集めみたいな集団だったので今もバラバラに見守っていたのですが、兵士たちは何が起こってもいいようにそれぞれの隊長の元固まって行動していました。それが仇となっています。
「た、退避!!」
自分たちへと迫って来る霊体。
私たちの戦闘を見ていたせいか相手が通常の常識が通用しない存在だと理解しているので自分たちの実力が通用しないと理解しています。それに1時間ほど前までアンデッドから逃げていたこともあって霊体に立ち向かおうという気力すらありません。そもそも対処ができないのですから判断は間違っていません。
「メリッサさん!?」
ミシュリナさんが目の前に立った私の名前を呼びます。
咄嗟にミシュリナさんとクラウディアさんの前に立った私は障壁を張ります。
私にできるのは依頼人が無事であるように防御を固めるぐらいです。後は、彼女に任せることにしましょう。
「――死ね」
霊体の手が一番後ろを走っていた兵士の胸へと伸ばされます。
背後から忍び寄る霊体に恐怖した兵士の顔は恐怖に歪んでいます。
このまま手が胸に触れれば防ぐ手立てすらなく心臓を握りつぶされてしまうはずです。
ですが、届く直前にその手が掴まれて動かなくなります。
「なに!?」
そう――実体のないはずの腕を掴まれていました。
そんな事が不可能なことは霊体であるアルフレッドさん自身が1番理解しています。ですが、現に霊体であるにも関わらず腕を掴まれている感覚がしっかりと脳に伝わってきます。
兵士もあり得ない光景を目にして逃げていた足を止めています。
「早く逃げてください」
「は、はい!」
霊体の腕を掴んで動きを封じているシルビアさんに言われた兵士が慌てて逃げ出して行きます。
「小娘、なぜ掴める!?」
「スキルのおかげよ」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
腕を掴んでいた手に力を籠めるとアルフレッドさんの悲鳴が響き渡ります。
実体のない霊体の腕をシルビアさんが掴めているのは【壁抜け】のスキルを応用して非実体物質を掴めるようにしているからです。
使用中は常時魔力を消費してしまうので素早く終わらせる必要があります。腕から手を放すと両手に短剣を持ってアルフレッドさんの体を何度も斬りつけて行きます。【壁抜け】の使用中はシルビアさんの触れている物も影響されるので霊体が相手でも短剣で斬ることが可能になります。
「駄目ね」
霊体状態でも傷を負わせることには成功しました。
しかし、すぐに瘴気が集まって来るとダメージが回復してしまったのかこちらを睨み付けるような気配を感じます。
「どうやらお主らの力を甘く見過ぎていたようだ」
霊体のままにも関わらずアルフレッドさんの声が聞こえてきます。
「儂では貴様らを殺すことはできん。だが、儂には成せねばならぬ事がある。ヘレンを生き返らせるまでは諦める訳にはいかん。これ以上、貴様らに構っている暇はない」
――バタッ、バタッ。
次々と人が倒れて行く音が聞こえます。
戦闘に巻き込まれないよう逃げている内に転んだような慌てた音ではなく、立っていただけの人が突然気絶して倒れてしまったような静かな音。
一人二人程度ならば意識を向けてしまうようなこともなかったのかもしれませんが、そんな異様な音が10箇所以上から響いて来れば気にせずにはいられません。
「……なっ!」
音の発生した場所では倒れた人が介抱しようと屈んで近付いた人の体に噛み付いています。
「アンデッド化しています」
「そんな……」
倒れた音はアンデッド化した時のショックによる物。
「いつの間にこんなことを!?」
私たちはずっとアルフレッドさんのことを見ていましたので変な動きをしていないのは間違いありません。今の彼に他者をアンデッドに変えるような余裕はあるはずがありません。
「簡単な話じゃ、列に並んで待っている間は暇だったので本人も気付かないような小さな傷を付けておいて儂の合図一つで呪いが一気に進行するようにしておいた」
「そんな、この場所は浄化されているのに?」
思い起こせば瘴気の腕に首を折られてアンデッドになってしまった騎士もおかしいです。
「お主ら、本気で役立たずの聖女の力が効いていると思っておるのか?」
「どういうことですか?」
「そいつが力を万全に使えたのなら分からぬが、今の奴は十全に力を扱うことができぬ。いくら奴が土地を浄化したところで、それを上回る速さで土地を穢してやればいいだけの話よ」
迂闊でした。
聖女の凄まじい力を目の当たりにして安心し切っていて、時間が経過した今も浄化の力が作用されているのか自分の目で確認するのを怠ってしまいました。
確認してみると、今は浄化する前と同等まで穢れてしまっています。
「だから、そやつは役立たずなのじゃ!」
霊体が上空へと飛んで行きます。
杖を掲げて光の矢を何本も放ちますが、霊体でありながら浄化能力が通用しないアルフレッドさんは魔法を受けても平気な様子です。
「ククッ、無駄じゃ。どのような攻撃をしようとも儂を止める事は叶わん」
シルビアさんが空中にいるアルフレッドさんを追う為に身を屈めています。彼女なら空中を跳ぶことができるので逃げられても追い掛けることができます。
「追い掛けるのも止めた方がいい。周囲を見てみるがいい」
アルフレッドさんに言われるまでもなく周囲の惨状については理解しているつもりです。
「グラン、しっかりしろ!」
「クソッ……せっかくここまで逃げて来たってのに」
「許せ……!」
アンデッドになってしまった者の名前を呼ぶ者、安全地帯だと思っていた場所が再び地獄になってしまった事を嘆く者、アンデッドになってしまった仲間に許しを請いながら首を仕方なく撥ねる者。
騒動は時間が経てば経つほど広がって行きます。
「儂に構っているような余裕があるのかのぅ?」
生者の方が人数は多いですけど、生きて意思がはっきりしているからこそ見知っている相手を無力化しなくてはならないことに抵抗を覚えています。それに素体になった者の戦闘力が高いので討伐に苦労しているみたいです。
「お主らは、慌てふためく連中を助けているがいい」
その間にアルフレッドさんは遠く離れた場所まで逃げるつもりです。
「貴方をここで逃がしたら、今度は多くの人を犠牲に多くのアンデッドを生み出すつもりでしょう!」
「当然じゃ。ヘレンを生き返らせる為にはもっと多くのアンデッドが必要になる」
「その為に何の罪もない人間を犠牲にするつもりですか!?」
「儂がヘレンと今度こそ永い時間を過ごす為に必要な犠牲じゃ。それにノスワージ領以外の人間が犠牲になったところで儂には関係がない。それこそイシャウッド家の取り決めじゃろう?」
「何を、言って……」
イシャウッド家の人間であるミシュリナさんがアルフレッドさんの言葉に困惑しています。
今、彼女がやらなければならないことはアルフレッドさんの言葉を聞くことではなくアンデッド化が広がる状況をどうにか浄化することです。
それに混沌とした状況で呆然とするのは危険です。
「「ミシュリナさん!」」
私とシルビアさんが振り向いて名前を呼んでしまいます。
名前を呼ばれたことでビクッと反応したミシュリナさんがアンデッドになった者を睨み付けて浄化の矢を次々と飛ばして行きます。
ですが、出遅れてしまいました。
私たちも加わらなければ鎮めるのは難しいです。
「では、さらばじゃ」
アルフレッドさんの霊体があった場所を見れば、そこに霊体はなく離れた場所へ一気に移動していました。私たちが会話していたのは、霊体の一部だけを置いておいたもので、本体とも呼べる物は遠くへ移動していたようです。
悔しいですけど、私とシルビアさんでは止めることはできません。
……ですから、素直に救援を求めることにしました。
「ぱ~んち」
「ぶへっ!」
そんな軽い声と悲鳴が響き渡るとアルフレッドさんの霊体が戻って来ます。
私たちの主の攻撃によって霊体の逃亡は阻止されていました。




