第20話 死を超越せし者②
メリッサ視点です。
首を失った胴体。
「離れて下さい!」
まだ死んだわけではありませんでした。
そもそもアルフレッドさんは生者ではありませんでした。首を刎ねた程度で死ぬはずがなかったのです。
首がないまま体を動かして剣を握った瘴気の剣でシルビアさんへ攻撃を続けます。
シルビアさんも異様な状態に下手に近付く訳にもいかないので様子見するしかなく、攻撃を回避することに専念しています。
「あれは……」
その考えは正しかったらしく地中から溢れ出して来た瘴気がアルフレッドさんの頭部があった場所へと集まり、頭部の形になると数秒と経たずに喪ったはずの頭部を再生させてしまいます。
「……今のは焦った」
言葉を発していることから意識も元の状態がしっかりと残されているみたいです。
「今のが『死を超越する』ということですか?」
「そうじゃ。首を刎ねる、心臓を潰す……そんな事をしたところで瘴気が儂の体を勝手に癒してしまう。故に儂を殺すことは誰にもできない」
殺すことができない存在。
「だから――大人しく儂に殺されてアンデッドになれ!」
アルフレッドさんが4本の剣を大きく振り回しながらシルビアさんに近付きます。
彼に殺されてしまった者は解呪の暇もなく即座にアンデッドへなってしまうので致命傷になるような攻撃は絶対に受ける訳にはいきません。
私たちも冒険者として生き、主を守ることを決意しましたがアンデッドになってまで……と考えてしまうと躊躇してしまいます。
「お断りします」
迫る4本の剣に対してシルビアさんは逃げるどころかその場で剣を回避しながら腕を斬り落としてしまいます。
「ぬぅ」
呻きながらアルフレッドさんが後ろへ跳ぶと頭部と同じように瘴気の腕が斬り飛ばされています。
しかし、数秒もしない内に頭部と同じように集まって来た瘴気が斬り飛ばされた腕を再生させてしまいます。
そんな事は最初から予想できていたシルビアさんは瘴気の腕を斬り飛ばした短剣を眺めています。あの短剣は……
「小娘、なかなかやるようではないか……ぶへっ」
「うるさい」
跳び上がったシルビアさんに顔を蹴り飛ばされたアルフレッドさんが鼻を押さえながら地面に倒れています。
「どうでした?」
アルフレッドさんを転がしたシルビアさんは私の近くまでやって来ます。
その手には十字架のような形をした短剣――聖なる十字剣が握られています。アンデッドの大群と戦う前に主から渡された聖なる武器で、不死生物のような不浄な存在に対して絶対的な力を発揮します。
「聖なる十字剣で背中を突き刺してみたけど、浄化はできなかった。わたしの力が足りなくて浄化の力が発揮されていないのかと思ったけど、瘴気の腕は恐ろしいほど簡単に斬り飛ばせたから浄化の力はしっかりと発揮されているんだと思う」
瘴気だけで作られた腕は簡単に斬り飛ばすことができた。それは浄化の力がしっかりと作用していたからでしょう。
逆にアルフレッドさん自身には短剣としての効果しかない。
「どうやらアンデッドから進化している、というのは真実みたいです」
アンデッドのように浄化することで簡単に討伐できる。
そこまで弱い相手ではないみたいです。
「首を撥ね飛ばしても死なない。浄化も通用しない不死生物……シルビアさんならどうされますか?」
「任せる」
「……言うと思いました」
苦笑いしながらアルフレッドさんの前に立ちます。
「今度はお嬢ちゃんが戦うのかい? 儂は二人同時でも構わないよ」
「いいえ、そういう訳にもいきません。シルビアさんを巻き込む訳にはいきませんから」
「ほうほう……仲間想いなんだね」
「はい。シルビアさんを私の魔法に巻き込む訳にはいきません」
「ほう?」
私の言葉の意味が分からず呆けているアルフレッドさんを無視して正面に出現させた魔法陣から光と炎による爆発を発生させます。
「これは……!」
正面から爆発を受けてアルフレッドさんでしたが、生者だった頃の本能から腕を交差させて防御していたらしく、両腕の肉が抉れて火傷を負っている命に関わる傷を負っても瘴気が瞬時に回復させてしまうみたいです。
「この程度の攻撃が……」
「次、行きますよ」
上空に出現した魔法陣から光の柱が出現します。
「うっ……」
光の柱に右半身を呑み込まれると横へ転がって脱出します。
呑み込まれた右半身は酷く焼け爛れていたのですが、瘴気が集まって来るだけで回復されてしまいます。
「では、全身を焼いてみることにしましょう」
新たな魔法陣から全身を包み込めるほど大量の炎を浴びせて溶かします。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
おじいさんの悲鳴が響き渡ります。
見た目は普通のおじいさんなので、こんな悲鳴を聞いてしまうと心が痛んでしまいます。
「お、おのれ……」
「全身を焼いても平気ですか」
いえ、息も絶え絶えな状態なので平気というのとは違います。
けれども、火傷も含めて全ての傷が再生されているうえ、直前までは全裸だったにも関わらず服まで完全に修復されているので平気と言えます。
「しかし、困りましたね」
「……お嬢ちゃん、の実力は認め、よう。しかし……儂は、死を克服した存在……お嬢ちゃんも、同じようにアンデッドにしてやろう」
「そんなボロボロになってまで動いていたくありません」
アルフレッドさんの周囲の地面から魔法で生やした土の棘が胸からだけでなく背中からも貫いて口から血を吐かせます。
「やはり、それほど強くありませんね」
「なんじゃと?」
「今の魔法は熟練の冒険者なら魔力の反応を感知して咄嗟に回避していました。回避する素振りすら見せていないということは、アルフレッドさんが素人ということですよ」
「儂が素人じゃと……?」
アルフレッドさんの元々の手が胸に突き刺さっていた棘を砕き、瘴気の腕がそれぞれ別の棘を砕いて体に突き刺さっていた棘を全て外してしまいます。
貫いた時にできた傷も瘴気が塞いでしまい、本当になかったことにされてしまっています。
「儂には、この再生力がある。防御や回避など必要ないのじゃぞ」
「それは実験を繰り返しながら私が決めることにします」
「どういう意味じゃ……」
――グチャ!
アルフレッドさんの言葉は中断されてしまいました。
「だから素人だと言ったのです」
頭上に新たな魔法陣が出現していたことに気付けなかったアルフレッドさん。
しかも新たな魔法陣から巨大な岩が降って来ていて、自分の体をグチャグチャに圧し潰すまで全く気付けていませんでした。
「しぶといわね」
近付いて来たシルビアさんの視線が上空へと固定されています。
私の【魔力感知】にもしっかりと反応があるのでアルフレッドさんがまだ生きていることに気付いています。
「全身を粉砕してもダメですか」
周囲から瘴気を集めながら新たな体を形作るアルフレッドさん。
彼にとっては肉体とは既に色々な物に干渉することができる便利な道具程度の認識でしかないのでしょう。
「儂は絶対に死なん。そんな奴を相手にどう戦うつもりじゃ? そろそろ諦めたらどうじゃ?」
全身を新たに再構築したせいで4本の瘴気の腕は消失していましたが、潰されたはずの体は元通りになっていました。
「何度も言わせないで下さい。そんな体になってまで動き続けるつもりはありません」
魔法をいつでも使えるよう準備だけはしておきます。
格好をつけて倒す、などと言ってしまった私ですが私の攻撃方法では既に万策が尽きかけています。私の手で倒すのは不可能です。
ですが、アルフレッドさんが戦闘の素人だったおかげで私が負ける要素もありません。
「いいじゃろう。この姿に絶望し、抵抗を諦めるがいい」
宙に浮くアルフレッドさん。
5メートルほど浮かび上がると肉体が弾けて霊体へと変化していました。