第42話 UNKNOWN
リオ視点です。
スラムの廃屋に突き刺さった矢が巻き起こした爆発。
突如として発生した衝撃によって爆心地である廃屋だけでなく、周囲50メートル以内にあった建物も跡形もなく吹き飛ばされ、そこにいた人々にも少なくない影響が出ていた。
スラムとはいえ、帝都で起こった爆発。
しばらくすれば近くに待機していた警備兵が駆け付けて救助活動に当たってくれるはずだ。
皇帝である俺が指示するまでもない。
最高権力者は無闇に現場へ出て身を晒して危険にするわけにはいかない。
だが、迷宮主としてやらねばならない事はある。
矢が飛んで来た方向から射手がいる位置を特定。そこはスラムから3キロ以上も離れた場所にある倉庫街で、迷宮の力を利用してVIPルームにいながらその場所の様子を確認すると大きな倉庫の上に一人の女が弓を構えて立っていた。
この女が矢を射った人物だ。
矢を放った人物の位置を捕捉すると一瞬で背後へ【転移】して魔剣を振り下ろす。
「……!」
知覚外からの瞬間的な攻撃。
にも関わらず、射手は前へ跳んで魔剣から逃れていた。
射手が転がりながら振り向き、こちらへ弓を向けると即座に矢を射る。
魔剣を振り上げて矢を弾き飛ばすと遥か後方に落ちて爆発を起こす。
「おいおい……」
威力はマルスのいた廃屋を吹き飛ばしたほどではなかったものの矢の落ちた倉庫の一部が消し飛んでいた。
矢を受け止めるのは危険だ。
お互いに武器を向け合う。
事ここに至っては目の前にいる女が敵であるのは間違いない。
改めて女の姿を確認してみる。
スラリとした長身を持ち、水色の髪をポニーテイルにした20代前半ぐらいの女性で、服は動きやすさを重視しており、薄手のローブを着ていた。透き通った碧眼で射貫くように鋭い視線を俺へ向けて来ている。
睨まれている訳ではないが、相当強いらしく威圧感を与えていた。
「この状況、怪盗の口封じの為に矢を射ったのか?」
同じ部屋にいたシルビア、イリスを通じてマルスとノックの会話内容は把握させてもらった。
その中で出て来たノックが何度も接触していた女。
色々とノックが自供している状況で襲っている事から口封じの為に処分しようとした。
間違いなく射手と魔法道具を渡した人物は同一人物だ。
「違う」
けれども射手は否定した。
「お前があいつに魔法道具を渡したんだろ」
「私が、あの怪盗もどきに魔法道具を渡した。けど、私の目的は口封じなんかじゃない。私たちの主の実験を何度も邪魔してくれた冒険者の始末。それが私に与えられた最重要任務」
てっきり口封じが目的かと思ったが、本当の狙いはマルスだったらしい。
妙な実験をしている迷宮主に関する話はマルスから聞いて知っている。そして、奇妙な縁があるマルスは何度もその実験を阻止している。
当事者からすれば邪魔な存在でしかない。
マルスもいつか狙われる事があるかもしれないと言っていた。
ただし、まさかこんなタイミングで訪れるとは全く予想していなかった。
「おいおい……何度も接触していたノックを放置していいのか?」
「別に構わない。彼には私たちに繋がる重要な情報は一切渡していない。生きたまま捕らえられたところで問題ない。だけど、死んでいた方が私たちにとって都合が良かったから餌として動いてもらった」
怪盗として活動していたノックを追っていた結果、マルスは誘き寄せられるように本体のいるスラム街へと足を運ぶことになった。
尋問の為に廃屋で足止めされているマルスは狙い易かった。
「私の目的は達成された。貴方と戦う必要はない」
女は目的を達成した以上、帝都を無事に脱出したい。
ただし、帝都には迷宮が生み出した結界が存在する。普段は魔物の脅威から守る為だけの代物で、スキルの効果を完全に無効化するような力はないが、俺やカトレアが【迷宮結界】を使用すれば触れたスキルの効果を無効化する強力な結界となる。
だからこそ女はスキルによる帝都外への逃走ができない。
「この街に被害を出したくないなら見逃してほしい」
俺に用はないから見逃して欲しい。
俺としても相手の危険度を考えれば戦いたくない。
だが、それ以上に放置できないのも確かだ。
迷宮魔法【鑑定】で相手のステータスを確認する。
しかし、表示されたステータスに思わず困惑させられる事になる。
――鑑定不能(UNKNOWN)。
【鑑定】が成功しているという事は迷宮主や迷宮眷属のような迷宮の関係者である事は間違いない。ただし、表示されるべき情報が何も表示されない。
こんな事は初めてだ。
「無駄。迷宮魔法【鑑定】を防ぐ方法なんて魔法道具を用いればいくらでも用意できる。逆に防ぐ事を考えていなかったあなたのステータスは私には覗き放題」
こちらのステータスは覗かれるのに相手のステータスは覗けない。
圧倒的に不利な状況ながら重要な情報を得る事はできた。
「おまえ、やっぱり迷宮眷属だな」
目の前にいる女は迷宮魔法の存在について知っていた。
少なくとも迷宮関係者である事は間違いなく、感じられる威圧感から迷宮主ほど強いとも思えない事から迷宮眷属だと判断する。
「……その通り。私があなたのような迷宮主と正面から戦ったところで勝てる可能性は限りなく低い」
だからこそ彼女は、不意打ちによる知覚外からの狙撃を選んだ。
「だから逃がしてもらえませんか?」
こうして相対してしまった以上、彼女の力では俺に勝つことは不可能に近い。
ただし、俺が彼女を圧倒するのも状況的に難しい。
「逃がしてくれない場合、帝都に対して無差別な破壊を行う。それでもいいの?」
スラムだけでなく、帝都全体に危害を加えると脅して来た。
為政者として自分の治める街に被害が出る事を許容するわけにはいかない。
「たしかに俺がただの皇帝なら帝都を危険に晒すような真似はしない」
ただし、俺は迷宮主でもある。
迷宮の力を使えば帝都の再建などいくらでもできる。
それよりも許容できないのが彼女の存在だ。
「俺たちの【鑑定】から逃れるだけじゃない。【地図】からも逃れる事ができる。それは、とてもじゃないが許容できない」
矢を射る直前まで女の存在に気付く事ができなかった。
マルスを倒す為に必要な量の魔力を矢に籠めたからこそ何らかの方法による隠蔽ができなくなってしまったが、狙撃段階に入るまで自分の存在を隠す事ができるのは十分に脅威だ。
その力でマルスを狙撃できたという事は俺の狙撃も可能という事だ。
自分の身を守る為にも放置するわけにはいかない。
魔剣に力を籠める。
「逃がすつもりはないみたいだね」
女が弓の弦に手を添えると光り輝く矢が生まれる。
あの弓も魔法道具だ。
「戦う前に一つだけ勘違いを訂正してやる」
「勘違い?」
「マルスは死んでなんかいないぞ」
怪我はしているかもしれないが、少なくとも生きているのは間違いない。
『ど、どうしよう……!』
『念話も繋がらない! とりあえず現場へ行こう……』
VIPルームでは、マルスの眷属であるシルビアとイリスが慌てていた。
俺の抱いていたイメージでは二人とも主に忠誠を誓う冷静な女だったのだが、こんな姿を見せられるとイメージが崩れる。
『二人とも落ち着きなさい』
VIPルームに残して来たカトレアが慌てる二人を諫める。
彼女の視界を通して残された眷属二人の様子も確認できていた。
『あなたたちの主は少なくとも生きています』
『理由は分かりませんが念話も繋がりません。何かがあったのは確かですし、もしかしたら……』
安否不明では心配になるのも分かる。
俺に何かがあった場合には先輩として二人を諫めているカトレアが真っ先に慌てる事になり、付き合いも長いので手に取るようにその様子が想像できる。
『忘れたのですか? 迷宮眷属は迷宮主と一蓮托生。主が亡くなった場合には眷属も運命を共にします』
主が亡くなった時、後を追うように眷属も亡くなる事になる。
だから、眷属が生きている状況なら少なくとも主は生きている事になる。
「あいつの眷属は無事だ。お前も迷宮眷属なら、それが何を意味しているのかは理解できるはずだ」
「いいわ……」
矢が飛んでくる。
剣で弾くと近くにあった別の倉庫が消し飛ぶ。
「私ではあなたを倒して彼を再び狙撃するのは不可能。ここは自力で脱出させてもらう」
「やってみな」
リオVS狙撃手