第41話 ローブの青年
「し、知らない……! この魔法道具をくれた奴に関しては、本当に何も知らないんだ」
何も知らないはずがない。
少なくとも『偽核』の受け渡しは誰かが行っているはずだ。
さすがに量産ができない貴重な代物をどこかに置いて、それを回収させるなんていう危険な真似をするはずがない。
「オレが奴と会ったのは受け取った時の1回だけだ」
ノックによれば、元々は帝国内にある小さな街のスラムに住んでいた時に臨時収入を得て浮かれている時にボンの手による引っ手繰りにあった。まだ幼かった事もあって追い掛ければすぐに捕まえる事ができたが、捕まえた先にいた幼い弟を取り返そうとする兄の姿に感化されてしまった。
気付けば臨時収入から食糧を買って二人にも分け与えていた。
それからというものの二人ともノックを兄のように慕うようになっていた。
物心付いた頃からスラムで生活しており、幼い頃に一緒に行動していた子供グループはいつの間にかなくなっており、自然と一人でいるようになったノックには守るべき存在ができた事が嬉しかったらしい。
そんな気持ちが反転する事になるのは3人が兄弟になってから数年後。
仕事などしていないスラムの住人にとって食糧を得る手段は悪徳商人や貴族から斡旋された非合法な仕事、酷ければゴミ箱の残飯を漁り、店で売られている商品を盗むほかない。
彼らが選んだ手段は万引きだった。
商品を盗まれた人から追い掛けられ、街を必死に走り回っている間に二人がスキルに覚醒した。
逃走に便利な【壁抜け】と【変身】。
スキルを手に入れた二人は、難なく手に入れた食糧をノックにも分けてくれた。
だが、それがプライドの高いノックには気に入らなかった。
ノックもスキルを手に入れていたが、それは日々を生きる糧にするにはあまりに弱々しいスキルだった。
だから――
「ねぇ、強い力が欲しくないかい?」
突然目の前に現れたローブを纏った青年の言葉に頷いてしまった。
そして、青年が渡してきた『偽核』を受け取った。
「どんな姿をしていのかも覚えていない。ローブの隙間から見えていたはずなんだけど……」
見えていたはずの髪の色すら覚えていない。
覚えているのは声や体格から『男』という情報だけ。
「明らかに情報操作がされています」
「ああ」
メリッサの意見に俺も同意だ。
多種多様な魔法が使える迷宮魔法なら人の認識を逸らす事ぐらいできてもおかしくない。
巧みに正体が隠されている。
「だけど、接触はその時の1回っていう訳がないだろ」
俺が目を付けたのは3人の怪盗が持っていた様々な魔法道具だ。
陽動を兼ねていた怪盗バットの姿をしていたボンが身に着けていた逃走を役立ててくれるいくつもの魔法道具。
本当の実行役であるゴンが持っていた収納リング。
極め付けがノックの服用したオーバーブーストだ。あれは金があれば手に入るような代物ではなく、市場に流れてしまった物を手に入れる為にはそれなりの伝手が必要になる。目の前の男に伝手があるように思えない。迷宮で手に入れるにしても相当な運がなければならない。
他の物にしても一つ二つならばともかく、いくつも持つのはおかしい。
最初は盗んだ魔法道具で身を固めた事を疑ったが、黒幕に迷宮主がいる事を考えるともっと簡単な方法がある。
「誰かから貰ったな」
その人物は『偽核』を渡した人物と同じである可能性が高い。
「あ、あの女の事を言っているのか」
「女?」
てっきり同一人物かと思っていたが、魔法道具の仲介をしていたのは別の人物らしい。
「あの女が現れたのも唐突だ。オレに魔法道具を渡したかと思えば、オレたちが盗んだ宝を高値で売り捌いて来た。たぶんピンハネしているんだろうが、それでもオレたちにとっては大金だった」
「そうだよな。宝を盗んだだけで金が手に入るはずがない」
手に入れた宝は売らなければならない。
ただし、盗品であるため正規のルートでは売れない。非合法な手段によって盗品は売られていた。
そのように非合法な手段を採る為には伝手が必要になるが、こんな場所で生活している奴に伝手があるようには見えない。
「オレには盗品を売る伝手なんてないけど、あの女にはあった。盗む宝だってあの女が探して来たんだ。今回だって、あの女から高値で売る事ができるって言われていたからアメント伯爵の指輪やライディヒアの葉を狙ったんだ」
魔法道具を融通し、盗品を売り捌いていた奴は別にいる。
だから俺たちというイレギュラーがいるにも関わらず危険を冒してまでライディヒアの葉を盗もうとしていた。
その女も相当に用心深いようで自分の痕跡をノックになるべく残さないように動いていたせいで名前や容姿が分からない。
目の前にいる男をいくら尋問したところで有力な情報は得られない。
「リオ」
『なんだ?』
せめて利益になる物を持ち帰らなければならない。
「貴重な証拠品だけど、俺が貰っていいか?」
『問題ない。こっちとしても「偽核」なんて代物が俺の皇帝就任に反対する帝国の煩い連中に渡る方が問題だ。特別手当として貰って行け』
リオと直接会話する事はできないが、リオの目の前にいるシルビアを通して会話をする事ができる。
皇帝から許可を貰えたので報酬を受け取る事にする。
「へ?」
本人は強くないノックが呆けている間に胸に埋め込まれた『偽核』を抜き取る。
抜き取られた場所からは血が流れ、全身を襲うようになった激痛にノックが部屋の中を転がっていた。傷はすぐに回復魔法で塞がれたのだが、彼にとっては死んでしまうのではないかと思ってしまうほどの激痛だったため未だに転がっている。
抜き取った『偽核』を【魔力変換】する。
「さすがは魔力を溜め込んだ『偽核』だ」
神樹の実には及ばなかったもののかなり大量の魔力が手に入った。
これぐらいの役得がなければ協力した甲斐がない。
「お前のスキルを強化してくれる代わりに寿命を著しく縮める事になる『偽核』は回収した。どの程度生き永らえるようになったのかは分からないが、今以上に悪くなるような事にはならないから安心しろ」
その代わりにスキルは失ったも同然だ。
既に迷宮関係者ではなくなったせいか迷宮魔法の【鑑定】ではステータスを覗く事ができなくなっていた。
スキルを強化してくれていた『偽核』を失ってしまった事で【憑依】が弱体化してしまって犯罪の立証は難しくなってしまったが、ここは皇帝の権力が強い帝国。
その皇帝はこれまでに起こった事を全て把握しているので問題にはならない。
「帝国の細かい刑については知らないけど、皇帝の肝入りであるオークションで盗みを働き、騒ぎを起こしたお前は極刑以外にはあり得ないんだ。さっさと皇帝に引き渡すぞ」
「そ、そんな……」
ノックが床に両手を突いて項垂れる。
こいつにとっては盗みに成功して得た金で真っ当な人生でも始めるつもりだったのだろうが、失敗した以上は終焉を受け入れるしかない。
項垂れたノックを担ぐ。
こいつを歩かせて移動しているといつになったら辿り着くのか分からない。
『ご主人様!』
『マルス!』
シルビアとイリスの焦った声が聞こえる。
廃屋内での会話を聞かれないようにする為に魔法で作り出した風の結界で覆っていたのが仇になった。
何かが遠くから高速で接近してくる気配を感じる。
気配の方向は――西!
「メリッサ、何でもいいから全力で障壁を展開」
「はい!」
どんな攻撃が来ても対応できるようメリッサが火、氷、風、土から成る複合属性の障壁を1枚ずつ展開させる。
俺もその前に【迷宮結界】を展開する。
だが、飛来して来た何か――矢が全ての障壁を貫通する。
5枚の障壁は貫通されてしまったが、矢の軌道を逸らす事には成功したみたいで俺たちを……というよりもノックを始末する為に放たれた矢が廃屋の隅に落ちる。
「伏せて!」
俺とメリッサを床に押し倒したアイラ。
次の瞬間、部屋の隅に落ちた矢が巨大な爆発を巻き起こし、爆発によってスラムの一角が跡形もなく吹き飛んだ。




