第21話 不穏な影
「まずは、お前たちが捕らえてくれた怪盗の現状なんだが……」
昨日の夜からあった出来事を説明するリオ。
しかし、その説明をしている相手が貴族当主、夫人、使用人、護衛、執事という状況。
俺とメリッサは部屋のソファに座っていたのだが、シルビアとイリスは使用人と執事ということで横に立っており、アイラは後ろに立っている。
はっきり言ってやり難いので座って欲しいのだがそういうわけにもいかない。
3人とも役になり切っている。
「帝城の地下にある牢に朝まで閉じ込めていたんだが、接触して来る者は誰もいなかった」
牢の監視をしている看守は信用のできる者へ交代されている。
彼らは身元もしっかりとしており、多少の金や盗品の分け前を積まれたところで懐柔されるような人物ではなかった。
ただし、気になることはあったらしい。
「これは看守にも極秘で調査して判明した事実なんだが、看守の一人がかなりの長時間怪盗と話をしていたらしい」
その情報提供者は怪盗と同じく罪を犯した者。
看守の証言だけをそのまま信用するわけにはいかないと思った調査官は牢の中にいる犯罪者に対して減刑の代わりに証言を求めたらしい。
減刑を提示された犯罪者はすんなりと話してくれた。
怪盗と看守の会話内容までは夜遅かったこともあって眠く適当に流していたため覚えていなかった。だが、話の雰囲気が世間話のように軽いわけではなく、どこか深刻な雰囲気があったらしい。
調査官はその事を看守に問い質したところ、たしかに多少の世間話はしたが深刻な雰囲気になった記憶はないと言っていた。
言動の内容や反応におかしな点はなかった。
その事から調査官は犯罪者の言葉よりも看守の言葉を信用する事にしたみたいだ。
「どう思う?」
「危険じゃないか?」
俺には犯罪者の方が正しい事を言っているように思える。
嘘を言ったところで犯罪者にはメリットなど何もない。たとえ看守を失脚させたところで別の看守が配属させられるだけだ。個人的に嫌いだったという可能性も昨日以外だったならあったかもしれないが、昨日の看守はリオが信用できる人物に変えていた。犯罪者にとっては初めて見る看守なはずだ。
初対面の相手を陥れる必要性などない。
逆にリオの信頼できる人物なら世間話だったとしても不審に思われるような真似はしないはずだ。必要があったから話し掛けた。
「お前はどう思う?」
「そうですね……」
ドレスで優雅に紅茶を楽しんでいたマリーさんにリオが訊ねる。
「調査官が囚人の証言を真に受けなかった。これは不思議な事ではないでしょう。彼は、ある貴族の4男として生まれた方で実家の相続権はなく苦労して現在の地位を獲得しています」
さすがは兵士全員の顔を覚えていたマリーさん。
役職付きの人物ならどういう経歴を持っているのかまでしっかりと把握しているらしい。
「そんな境遇も経験しているので平民にも平等な方で選民思想に塗れているわけではありません。ただ、貴族という生まれから『囚人』と『看守』どちらの証言を信じるのかと訊ねられれば迷うことなく『看守』だと答える方です」
だからこそ報告を聞いた後で看守の事を不審に思った。
「少し時間があったのでピナさんを連れて看守の下を訪ねてみました」
「ピナを?」
妹のクリスよりも少し年上の見た目をしているピナには眷属になって得た特殊なスキルがある。
【断捨離】。
対象が持たないはずのスキルや魔法による効果を100%無効化する事ができるスキル。
このスキルによってピナに遠距離から放たれた魔法は手前で無効化されてしまうし、他者から付与されていた効果も対象に触れることで打ち消してしまうことができるらしい。
「看守と話をしてみたところ不審な点は見られませんでしたし、何かを隠しているような素振りも見られませんでした。おまけに囚人に話をしてみたところ少しだけ世間話をした記憶はあるものの不審に思われた事を知って戸惑っているぐらいでした」
反応だけを見るなら正常な人間。
だが、人の反応を見続けて来たマリーさんには何かが気になった。
相手は信用のできる親しい間柄の人物だったが、当然リオが迷宮主である事や彼女たちが迷宮眷属である事は伝えられていない。
看守にピナが近付いたところで戸惑う自分を小柄な少女が心配したようにしか見えない。
結果、簡単に看守に触れ、何らかのスキルが無効化されたらしい。
スキルを無効化された兵士に変化はなく仕事に従事するよう言い伝えられた。
「それで、どんなスキルが無効化されたんですか?」
それが重要だ。
何者かによる何らかの影響下にあった。
詳しい事が分からなければ対処のしようがない。
「……分からない」
けれどもピナは首を振るばかり。
「ピナの【断捨離】はどんな効果も打ち消す力を持っているが、さすがにどんな効果が付与されていたのかまで知る事はできないんだ」
だから普段は効果を確認してから打ち消すようにしている。
今回、効果の確認を行わなかったのは対象が既に帝城内にまで手を伸ばしていたからだった。
リオの実力なら問題ないかもしれないが、それでも万が一の事があった場合には危険に晒してしまう事になるかもしれない。
黒幕を捕まえる事よりもリオの安全を優先させた。
「そういうわけであたしとナナカは色々な人を回ってみる事にする」
信頼できる人物が何者かのスキルの影響下にあった。
他にも影響を受けているかもしれない人物がいるかもしれないので手当たり次第に近場を巡ってリオの周囲だけでも安全にする事にしたらしい。
ナナカさんはピナの付き添い……というよりも相手の顔を覚えていない彼女の補助が付き添いの目的だった。
「俺たちは問題ないか?」
自覚症状はない。
しかし、看守にも自覚がなかったみたいだし確認はしておいた方がいい。
ピナが俺たちの体を1度だけペタペタと触って行く。
「問題ない。全員、何らかのスキルの影響は受けているわけではない」
何らかのスキルを打ち消した場合には、打ち消した事実だけはピナに分かるらしい。
ちなみにリオたちについてはこっそりと確認済みだったみたいだ。
元々持っていたスキルは【断捨離】の影響を受けないので俺たちに変化はない。
「俺はこれからマリーとアイリスを連れて挨拶回りだ」
妊娠をしているカトレアさんとリーシアさんはこの後で帝城へ戻って休む事になるらしい。
回復要員であるボタンさんは妊婦である彼女たちの看護。
現状、皇帝であるリオよりも皇子か皇女を身籠っている彼女たちの安全こそ優先されるらしい。眷属の中でそういう優先順位になっていた。
残りの眷属の中で貴族のような人物を相手にする場合にはマリーさんの協力が不可欠になり、外見的に側室に見えるアイリスさんも付き添うに事になった。
「ごめんなさい」
俺たちの案内役だったマリーさんは申し訳なさそうにしていた。
「代わりにこの子を残します」
リオの眷属で残っているのは一人しかいない。
「よろしく」
ピナよりも幼く妹のクリスと同年齢ぐらいのソニアが無邪気に笑っていた。
こうして接していると見た目通りの年齢にしか思えないが、俺たちよりも一つ下なだけだった。
「本当に役に立つのか?」
怪盗が気になるところではあるが、これから行われるオークションに集中したいので怪盗騒ぎについては保留する事にする。
この無邪気な少女がオークションで役に立つとは思えない。
「そいつに要人の案内とかは言動なんかから問題があって無理だが、知識を必要とするオークションならそいつ以上の心強い味方はいないぞ」
「任せて」
幼い外見に似合わない胸を張るソニア。
少々、不安なところはあるものの帝国に詳しい人物が近くにいてくれるのがありがたい事であるのは間違いないので協力してもらう事にする。