第20話 ドレスコード
パーティーの翌日。
今日から帝都へ本来の目的であるオークションが始まる。
昼前から始まるオークションへ参加する前に昨日捕らえた怪盗がどのようになったのかリオに確認する必要があった。
怪盗の尋問などを行っている責任者はきちんといるのだが、怪盗を捕まえた張本人とはいえ他国の人間で貴族ですらない冒険者の俺たちへ簡単に話すわけにはいかない。
そこで伝手を頼って全ての情報を握れるリオの下を訪れていた。
「来たな」
リオも来ることを予期していたらしく待っていた。
部屋には主であるリオだけでなく彼の眷属全員が揃っており、ドレス姿で待機していた。
オークションの主催者にして皇帝であるリオは皇妃であるカトレアさんだけでなく側室も連れて様々な貴族への挨拶回りに奔走する必要がある。そのため本格的に忙しくなる前はオークション会場の中でもVIPしか使えない部屋で寛いでいた。
個人的な知り合いで皇帝の許可を得ていても正面から入るのは無理だ。
けれども俺だけなら迷宮魔法を駆使すれば誰にも気付かれずに侵入するなど造作もないので一人で来ていた。
だが、話を聞くなら全員で直接聞いた方がいい。
情報を共有するだけなら【迷宮同調】があれば問題ないのだが、皇帝相手に情報を聞くだけというのも失礼な話だ。
「今、喚ぶから待ってくれ」
部屋に【召喚】で眷属全員を喚び出す。
「……どうして、その格好なんだ?」
喚び出された4人の服装を見たリオが呟く。
オークションは主に貴族や大商人向けに開催される。
当然、参加する者のほとんどが豪華なスーツやドレスに身を包んでいる。
俺たちは貴族でもなければ大商人でもない冒険者だが、皇帝が招待してくれた客ということで、貴族待遇で参加する事が許されていた。
そのため俺は昨日のパーティーでも着ていたスーツを今も着用している。
当初はシルビアたち眷属の彼女たちもパーティーの時に着ていたドレスのような物を着用する予定だった。
現にメリッサはパーティーの時に着ていたドレスみたいな露出のない淡い水色の落ち着いたドレスを着ている。冒険者だと知らない者がメリッサの姿を見たなら貴族令嬢――見た目が大人っぽいので貴族夫人だと思われても違和感がない。
メリッサはいい。
問題は他の3人だ。
「わたしはメイドとして参加します」
朝、女性陣の部屋で着替えて出て来たシルビアが来ていたのは普段から屋敷で着ているメイド服だった。
まさか女性陣が着替えている部屋の中にいるわけにもいかないので着替え終わるまでドレスでない事に気付かなかった。
「メイドとして参加しても問題ないと思います」
「……どう思う?」
「……問題はない、と思う」
皇帝の言質が得られた。
そう言うのもオークション会場にいる貴族の中には専属の使用人を連れて来ている者がいた。帝城からも給仕の為の使用人が来ているのだが、彼らは自らの主人ではない者の細かい好みまで把握している。
専属の使用人を連れて来るのは失礼には当たるものの不思議な事ではなかった。
失礼な事ではあったが、主催者が社交界へ碌に出た事もない先々代の皇帝の息子という事で舐められていた。
パーティー会場でも少数ながら好き嫌いの激しい潔癖な人物がいた。
それを見たシルビアが専属使用人として傍にいる事を決めてしまったらしい。
「メイドはいい」
それよりも問題なのが残りの二人だ。
「まずは、そこの冒険者服の女」
「あたし?」
「それで貴族の多く集まるオークションに会場に入れると思うのか?」
アイラは普段通りの剣士然とした姿をしていた。
リオから咎められたアイラだったが、あっけらかんとしていた。
「シルビアと同じで他にも似たような服装をしている人がいるんだから問題ないでしょ」
専属使用人以上に自前の護衛を連れている貴族が多い。
というよりもほとんどの貴族が連れている。
使用人以上に信頼が大切になるのが護衛だ。実力が足りない者に護衛されていれば、それは自分の命に直結する。
そういった事情もあって帝国は貴族が連れて来た護衛を最大で二人までと人数を限定して許可していた。
無制限に護衛を許可すれば貴族同士の抱える問題に発展してしまった時に刀傷沙汰が発生してしまう可能性があった。その点、二人までなら一人が護衛の為に貴族の傍に残る事になったとして一人しか自由に動く事ができないからだ。さすがに一人が暴れた程度なら警備兵に押さえられてしまうのがオチだ。
一人にしてしまうと護衛の休憩がなくなってしまう。
元冒険者で護衛の仕事もあるリオだからこそ一人にしてしまった時の護衛の苦労が分かった。
「問題ない。マルスの護衛として認めよう」
「やった」
シルビア同様に許可を貰ったアイラは喜んでいた。
「で、そこの執事服を着ている女」
「私も問題ないはず」
イリスが着ているのは男性用の執事服。
服だけでなく化粧品などを使って表情もキリッとしたままを保っているので男装した執事に見える。さすがに体格や胸まで誤魔化せていないので洞察力に優れた者や本職の執事が見れば女性だと一発でバレるのは間違いない。
「勝手に執事服を用意しやがったんだ……」
試しに【鑑定】を使ってみるとシルビアのメイド服同様に魔法道具である事が分かった。
迷宮核の許可は得たらしいが、迷宮の魔力を消費して執事服を用意していた。
『はははっ……似合っているからいいじゃないか』
ちなみにイリスの執事服姿を見て呆然としていた俺を見た迷宮核はずっと笑いっ放しだった。
俺の反応を笑っていたのか、執事を選んでしまったイリスを笑っていたのか。
どっちでもいいので答えは聞いていない。
「そうだな。執事が傍にいる事は問題ない」
俺の反応を無視してリオがイリスの質問に答える。
会場には使用人と一緒に執事の姿も見られた。
貴族が集まる場でもあるので普段は会えない貴族に挨拶をしておきたい貴族が多くいる。
そんな挨拶に来た客に最初に対応するのは執事の役割だ。
そういった理由から執事も一人だけ認められていた。
そのため執事が傍にいる事は問題なかった。
問題なのは女性が執事服を着ている事だった。
女性でも執事をしている者はいるらしい。しかし、貴族社会の中では『執事は男性が従事するべき』という認識が強く根付いている。そのため、こういった公式の場には男性の執事を連れて来るのが常識だった。
ただ、俺たちは『貴族待遇』で入れてもらっているが『貴族』ではない。
そんな常識は気にする必要がなかった。
「私の役割は迷宮代行者としてマルスを支援する事。仕事上は執事みたいなものだから執事服を着ていても問題ないはず」
あくまでも執事服を着ているだけで執事ではない。
「分かった。3人ともその服装を認める」
どこか疲れた様子のリオが認める。
もしも彼女たちの服装に問題があれば招待したリオにも波及する。
しかし、母親を救ってくれた俺たちに恩義を感じているリオにはこれ以上強く言う事ができなかった。
「そもそも、どうして普通にドレスを着て来なかったんだ?」
リオの疑問ももっともだ。
俺も彼女たちの姿を見た瞬間に問い質した。
『お姫様気分は昨日のパーティーだけで十分』
3人とも意見が一致していた。
パーティーの時は仕方なくドレス姿で参加していたが、元は村娘や冒険者の彼女たちでは気疲れしてしまったらしい。
お姫様気分は味わいたいが、連日で楽しむようなものではないと痛感したらしい。
そこで選んだのが役割の変更だ。
「俺たちは貴族待遇で招待されている。だから貴族当主もしくは代わりになる人物がいないのはマズいっていう事は分かる」
5人の中で当『主』役をするなら誰か?
考えるまでもなく迷宮『主』の俺しかいない。
そして、男性当主の隣にはパートナーとなる女性が必要となる。
しかし、3人が辞退してしまったのでメリッサしか残らなかった。
「私も可能なら辞退したかったのですが……」
メリッサも元は貴族令嬢とはいえ幼い頃の話。冒険者として生きる事を決めた時にそういう気苦労する世界とは縁を切れたと思っていた。
ところが、仲間の中で貴族のような身分の高い者との交渉ができる者がいなかった。イリスもできないことはないが、それは依頼を引き受ける冒険者視点からの話だった。さすがにこのような場での交渉は任せられない。
従ってメリッサに頼むしかない。
「こうして役割が決まってしまったわけだ」
「お前も苦労するな」
高ランクの冒険者にもなれば貴族からの依頼も多くなる。
既に一流であるAランク冒険者なのだから貴族との対応が多くなるのも分かるのだが、苦労のベクトルが違うような気がする。
とはいえ、貴族対応を与えてくれたリオには感謝しかない。
ここで不満をぶつけるのも違うような気がしたので話題を戻す事にする。
当主:マルス
夫人:メリッサ
執事:イリス
使用人:シルビア
護衛:アイラ




