第19話 3人目の可能性
「お前たちが前々回の盗みで侵入したトレメイン家なんだが……」
「あいつらは領民に重税を課している癖に自分たちは他の貴族を招いてパーティー三昧だ。明らかに悪徳貴族だろ」
パーティー三昧の貴族。
日々を貧しく生きているだけの平民から見れば明らかに悪徳貴族だと言える。
しかし、リオの口振りからしてトレメイン家にも事情がある事が伺える。
「トレメイン家は3つの村と1つの町を管理する人口数百人の小規模な領主だ。昔から色々と発展させようと苦労して来たみたいだが、交通の要所と使われている街道からは離れているし、人を集められるほどの特産品もないから苦労していたらしい。そこで考えたのが近くにある二つの都市との間に自分たちの手で街道を造る計画だ」
都市との間に直通の街道ができれば交易によって領地も栄えるようになる。
それに都市との間にある事で立ち寄る人も増える。
しかし、街道を一から造る計画は金が掛かるし、大量の人手も必要になる。
そんな大規模な事業が領民に見つからないはずがない。
街道工事を見た領民の反応は二つに分かれる。
領地の発展を喜ぶ者。
そんな事をして効果があるのか、と不審に思う者。
実際、都市との間を街道で繋げたからと言って利用する者が現れなければ効果がない。
自分たちの納めた税金が無駄に使われている。
平民は未来の発展よりも目先の幸せを選ぶ。
時には街道工事に反対する事が予想され、最悪の場合には街道工事を暴力によって妨害してくる可能性があった。
「そういった事態を未然に防ぐ為に根回しをしていたんだ」
村を直接管理している名士をパーティーに招いて酒を飲み、気が緩んだところで街道工事の説明をして承認させる。
他にも大規模な工事を行う為には優秀な技術者が必要になる。そういった人との伝手がある人物を接待したり、技術者に仕事を請け負ってもらえるよう説得したりと忙しく仕事をしていた。
決して道楽でパーティーを開いていた訳ではない。
「計画書は俺のところにも上がって来ている。既にほとんどの準備が終わっていて来年には工事に入る段階だったらしい。財政的に厳しかったものの数年前に領主になったトレメイン準男爵が子供の頃から構想していた計画だったから根回しについては順調に行っていた」
問題が起こったのは怪盗に盗まれた品。
街道を繋げようとしている都市の領主が骨董品に傾倒している人物で都市との間に街道を繋げる事を了承してもらう代わりに贈呈する予定でいた品物が盗まれてしまった。
相手は骨董品を凄く楽しみにしており、怪盗に盗まれたと言っても怒りが収まることはなかった。
結局、都市から了承が得られず街道の計画は白紙に戻ってしまった。
「そ、そんな……」
一人の人間が人生を賭けて成功させようとしていた計画を潰してしまった。
「トレメイン準男爵は貴族の恥も気にせず冒険者ギルドに盗まれた事実を話し、依頼だけじゃなくて懸賞金まで懸けて品物を取り戻そうとしたらしい。けど、色々と手を尽くしたみたいだったけどダメだった。最近になって最終的に俺へ泣き付いて来たから俺の方で手を尽くして骨董品だけは回収させてもらった」
『天の羅針盤』を使えば骨董品の現在位置を知る事など簡単だ。
そんな便利な魔法道具を持っていると知られたくないので手段については誤魔化したうえで素性が知られないよう信頼できる部下に頼み、闇市で換金する為に売り出された骨董品を回収した。
その後、皇帝として都市との間を仲介して領主にも納得してもらい、怒りを抑えてもらうと来年には街道の計画は無事に進められることになったみたいだ。
「俺は悪徳貴族を懲らしめようと……」
何気なくパーティー三昧の生活を送っている貴族の噂を聞きつけたから困らせたく思い盗みを働いた。
自分が安易な想いで盗みを働いてしまったせいで平民へ還元されるはずの計画が頓挫してしまった。
これでは自分こそが悪だ。
「俺も最近までは平民と言っていい生活をしていた。だから、お前たちの気持ちも分かる。たしかにお前たちが盗みに入った連中の多くが悪徳貴族と言っていい連中だっていうのは俺も同意する。このパーティー会場にもそんな連中が紛れているだろうよ」
何人かの招待客が心当たりがあるのかサッと視線を逸らしていた。
顔を覚えるのが得意なマリーさんが観察していたので後で手痛い目に遭わされるかもしれない。
「平民から見れば悪にしか見えないような連中でも自分の領地を少しでも豊かにしようと頑張っている奴がいる。全員が全員、悪徳貴族っていう訳じゃないっていう事を忘れるな」
ガックリと崩れ落ちる怪盗兄。
弟も落ち込んでいる。
「こいつらを牢に放り込め」
「すぐに殺さないのか?」
「いくら貴族を相手に盗みを働いた奴だからと言って簡単に処罰しているようでは為政者として失格だ。きちんと審議をしたうえでお前たちには相応しい罰を与える事になる。しかし、今は忙しいからしばらくの間は牢で大人しくしていてもらう事になる」
兵士が二人ずつ付き腕を抱えてどこかへと連れて行く。
怪盗が全力でスキルを使えば兵士二人では逃げられてしまうが、自分の罪を自覚した彼らに逃げ出すような様子はない。
「うむ、新皇帝は素晴らしい方みたいですね」
「皇帝と呼ばれるに相応しい戦闘力を持っているみたいですけど、統治能力に関しては全くの未知数でしたからね」
「前皇帝陛下は侮辱された時にはすぐに斬り捨ててしまうような短気な方でしたから忠言もなかなかできませんでした。彼なら大丈夫そうです」
貴族たちがリオの判断を褒め称えている。
皇帝主催のパーティーで盗みに入った彼らは皇帝を侮辱したようなものだ。
短気な前皇帝ならこの場で斬り殺されていただろう。
「よろしかったのですか?」
騎士の一人が小声でリオに訊ねる。
「あいつらを生かしていた事か?」
「はい。彼らは皇帝を侮辱しました。この場で処分をしなくても彼らは極刑に処すしかないでしょう」
「俺だって最終的にはそうするつもりだ。だが、何の話し合いもなく決めるつもりはない。俺は皇帝だが、暴君になるつもりはない」
「失礼しました!」
「それに彼らには餌として役立ってもらわないと困る」
「餌、ですか?」
騎士はリオの言っている意味が分からず首を傾げている。
俺も最初は気付かなかったが、メリッサとイリスから指摘されて気付いた。
「おそらく兄の方が実行犯。弟の方が陽動役なのは間違いない」
「私もそのように思います」
「調査はこれから行う事になるが、どうやってパーティー会場の照明を落としたんだ?」
ハッとなる騎士。
照明が落ちて暗くなったからこそ兄は難なく指輪を盗む事に成功した。
照明が復活するまで数十秒。タイミング的にバルコニーで陽動を担っていた弟が照明まで落とすのは難しい。さすがにあんな格好をした人物がパーティー会場や城の中をウロウロしていれば咎められる。
何らかの仕掛けによって時間が来れば照明が落ちるようにされていれば問題はそこまで深刻ではない。
最も危険な可能性が高いのが3人目の存在。
「……来ますか?」
「来て貰うのが一番手っ取り早い」
3人目が牢に閉じ込められた二人の怪盗に接触する。
接触する目的が捕らえられた怪盗を逃がす為でも口封じに処分する為でも接触する可能性はあった。
「たとえ接触して来なかったとしても時間ができれば拷問にかけてでも口を割らせる。準備だけはしておけ」
「了解しました」
今は明日以降のオークションで忙しく、そこまで人員を割いている余裕はない。
俺たちも忙しくなるので手伝っているほどの余裕がない。
――結局、牢に誰かが接触して来る事はなかった。