第22話 VS巨大土竜ー前編ー
鉱山内にいくつもある坑道。
それが一点に集まる場所には、採掘した鉱石を集めて作業をする広く用意されてあった。
端までは100メートル近くあるので戦うのに狭いということはない。
道具箱から金貨の詰まった箱を取り出すと仲間へと渡して行く。
5人で協力して大量の金貨をばら撒いて行く。
「随分と大盤振る舞いだな」
「奴を釣り上げる為に必要な措置です」
この場にはパーティメンバー5人とフィリップさんだけがいる。
昨日の内に冒険者の立ち入りを全面的に禁止するよう冒険者ギルドへ依頼を出している。一昨日のように戦闘に巻き込まれてしまった場合に責任を取ることができないからだ。
彼らにしても巻き込まれたくないと思っているので来るのは構わないが、今度こそ自己責任になる。
フィリップさんについては、今回の依頼において巨大土竜を倒せたかどうか見届けるという義務があるため仕方ない。少なくとも自分の身を守れるぐらいの実力はあるはずなのだから頑張ってもらいたい。
「それにしても金貨が8000枚以上もある光景は壮観だな」
思わず拾いたくなる誘惑に駆られるが、これは巨大土竜を釣り上げる為に必要な餌。
集積場を離れると隅の方にあった大岩の陰に隠れる。
俺たちの魔力を探知する能力があるなら意味のない行動だが、待ち伏せしているのに姿を晒したままなのも間違っている気がするので隠れることにする。
「それよりも昨日は申し訳なかったな」
「昨日?」
「冒険者連中の襲撃だ」
「ああ」
あの襲撃とも呼べない蹂躙。
思い当たるのはそれぐらいしかない。
「お前たち、わざと目立つように行動していたな」
「一番手っ取り早い方法でしょう」
荒くれ者相手には荒っぽい方法で出て行ってもらうのが一番効果的だ。
俺たちみたいな存在が睨みを利かせていれば悪事を働こうとは考えない。
「本当なら俺がガツンと言ってやるのが一番なんだが、少々人数が多すぎて俺の手が回らなかった」
フィリップさんも色々と忙しい人だ。
それに本来はクラーシェルを拠点に活動している冒険者でカンザスにおける知名度はそれほど高くない。
だが、領主の昔仲間ということで兵士などからそれなりの信頼を勝ち得ている。
「連中はどうなりました?」
「街の門番が夜だって言うのに俺の所へ駆け込んで来た。理由は、慌てた様子の冒険者連中が門を開けろ、って煩く言って来たからだ。中には強行突破しようなんて考えた奴もいたせいで仕方なく通すしかなかった、だとよ」
「そこまで考えていませんでした」
全く予期していなかったところで迷惑を掛けてしまった事を謝る。
既に暗くなっていたのだから街の外から行われる襲撃に備えて門を鎖すのは当たり前。追い出すことばかり考えていて、方法に意識が向いていなかった。
しかし、既に街からいなくなっているならよかった。
「謝らなくていい。それよりも気になるのは襲撃場所の事だ」
すぐに駆け付けてくれたなら異様な光景に見えたかもしれないな。
「近くに住民から目撃情報も得られた。冒険者同士で戦いをしていて何人かは血を流して死んでいるようだった、との事だ。なのに戦いから数十分も経っていない俺が到着した時には何も残っていなかったのはどうしてだ?」
血がベッタリと付着しているはずの壁も綺麗にされていた。
おまけに死んでいた冒険者の死体も残されていない状況は殺し合いがあったにしては異様だ。
片付けを行ったにしても速い。
「そういうのに便利なスキルを持っているんですよ」
襲撃場所で使ったのは【迷宮操作:清掃】。
迷宮には魔物に襲われた死体を吸収し、壁や地面に付着した血も綺麗にする能力がある。それを応用し、外でも使えるようにしたスキルだ。
これを用いて地面や建物の壁に付着していた血を綺麗にし、死体は全て道具箱を経由して【魔力変換】で消失させている。襲撃があったと分かるような物は何一つ残していない。
「おまえ、いくつスキルを持っているんだ?」
呆れたような視線を向けて来る。
通常、スキルは複数持っているだけで優秀とされる。
フィリップさんには既に道具箱や地図を見せている。どちらも【迷宮操作】というスキルで出来る事の一つなのだが、一つのスキルでそこまで多彩な事ができるとは考えが及んでいない。
「色々できますよ」
何ができるのか言う訳にはいかないので誤魔化す。
「どうやら、お前にイリスを任せたのは間違いではなかったらしい」
「そうですか?」
「あの娘を任せるなら俺たちよりも強くなったあの娘よりも強い男でなければならないと話し合っていた。俺たちの知っているイリスよりも強くしてくれたし、お前ぐらいしか条件に合致する奴を知らない」
「それはありがたいですね」
そんな風に話をしていると地図に反応があった。
反応は空間など存在しない下から迫って来る。
「来たか」
予想以上に早く来てくれた。
岩の陰から顔だけ出して金貨のばら撒かれた場所を見ていると巨大土竜も地面から顔だけ出してキョロキョロさせている。
ジッとこちらを見つめて来る。
隠れている場所も知られてしまっている。
だが、すぐに金貨のばら撒かれた場所へと視線が向かう。
大量にある好物を前にしているようなもので我慢できなくなったのだろう。
やがて全身を地面から出すとゆっくりとした足取りで金貨へと近付いて行く。
金貨を前にするとキョロキョロと視線を彷徨わせた後で鋭い爪を金貨に突き刺して口へと運ぶ。
噛みしめる巨大土竜の視線が綻び、頬が緩む。
もう、問題ないな。
「何を人の金貨を勝手に喰っているんだ!」
跳び蹴りを巨大土竜に喰らわせると土竜の巨体が吹き飛ばされる。
吹き飛ばされると土煙と金貨が何枚も飛び出してくる。
「イリス、準備はいいな」
「問題ない」
剣を地面に突き刺してスキルを使用する。
問題なく使えることは既に確認している。
「まずは、【金貨変換】の確認からだ」
蹴り飛ばした時に出て来た金貨の枚数は3枚。
巨大土竜が立ち上がる。
そこへ懐に飛び込んだアイラが胴体を斜めに斬る。
斬られた場所から5枚の金貨がばら撒かれる。
傷口は斬られた事などなかったかのように塞がっている。
「なるほど」
アイラが地面に落ちた金貨を確認していると巨大土竜が懐にいる彼女に向かって爪を向ける。
だが、飛んで来た風弾が巨大土竜の爪を弾く。
直後に飛んで来た3発の弾丸が両腕の付け根と胸の中心に当たる。それぞれの当たった場所から1枚ずつ金貨を吐き出しダメージがなかった事にされる。
風弾を撃ったメリッサもアイラと同じように金貨を出て来た光景に納得する。
「衝撃槌」
巨大土竜の斜め上から風の衝撃を全身に叩き付ける。
全身に受けたダメージにクラクラしながら全身から数十枚の金貨を出す。
「やっぱり思った通りだ」
【金貨変換】はダメージを受けた箇所から金貨を出す。その際、ダメージを受けた場所が広ければ広いほど出す金貨も多くなる。
点よりも線。
線よりも面。
広範囲にダメージを与えた方が多くの金貨を吐き出す。
使う必要のなくなった剣を鞘にしまう。
「あの……本当に討伐を優先させなくてもよろしいのでしょうか?」
シルビアが今さらな事を訊ねて来る。
「問題ない。今度は【土中潜行】で逃げられる心配もないしな」
巨大土竜が地面に向かって両手の爪を突き刺す。
そのまま手と足から地面へと逃げるつもりなのだろうが、土中潜行が成功することなく地面に手と足が着いたままだ。
スキルが発動しない事に困惑した巨大土竜が立ち尽くしている。