第12話 引き篭もりの土竜
「どうしよう……」
夜、冒険者ギルドに併設された酒場で暗い雰囲気を出してフィリップさんを交えて仲間と一緒に酒を注文した。
暗い雰囲気なのは巨大土竜討伐に成果が出せなかったからだ。
「おいおい随分と暗い雰囲気じゃないか」
俺たちの様子に気付いた一人の冒険者が話し掛けて来る。
「あれだけ大口叩いて割に儲からなかったのか?」
「笑ってやるなよ」
「そうだぜ、可哀想だろ」
仲間も加わって笑ってくる。
ちょっとムカッと来たのでテーブルの上に袋の中に詰まっていた金貨をばら撒く。
「「「……」」」
テーブルの上に置かれた金貨に冒険者の言葉が詰まる。
「俺たちは別に儲からなかったわけじゃないんだよ」
「しかも、これで一部だからな」
「一部……!」
フィリップさんの付け加えた言葉に驚いている。
ばら撒いた金貨は約100枚。
道具箱の中には、そんな金貨の詰まった袋が他に9個あった。
約1000枚の金貨を稼ぐことには成功したが、本来の目的である『巨大土竜討伐』には成功しなかった。
たった1日で稼いだ金貨に驚いた冒険者が離れて行く。
「さて、反省会を始めようか」
酒を飲みながらの反省会。
嫌なことがあった時は酒に逃げるのが一番だ。もっとも俺は1杯ぐらいしか飲めないので雰囲気を味わうだけで酒に逃げることはできない。
「どうして1000枚も採掘したのに奴は出て来なかったと思う?」
巨大土竜との遭遇経験のあるフィリップさんに訊ねる。
「俺に分かるわけがないだろ」
フィリップさんにとってもこの事態は予想していなかった。
「そもそもお前らが異常過ぎるんだよ」
金貨を1000枚集めるのに3時間ちょっと。
異常な速さで集めた後は金貨の山の周囲に立って待っていたが、巨大土竜が現れる気配は何時間経ってもなかった。
これには呆れられてしまった。
「巨大魔物の生態なら専門家のお前たちの方が詳しいんじゃないか?」
別に専門家というわけじゃないんだが……
「可能性はいくつか考えられます」
そんな事を考えているとメリッサが既に可能性を考えていた。
ただ、手元にあるコップに入っていたはずのワインは既に空になっており、近くを通り掛かったウェイトレスに追加の注文をしながらだ。
こいつは両親が共に酒豪なこともあって酔わない体質を受け継いでいるから何杯飲んでも平気なんだよな。羨ましい。
「まず、単純に金貨が足りないという可能性が考えられます」
「それはないだろ」
即座にフィリップさんが否定する。
「ギルドにいる多くの冒険者が多くの金貨を所有しているが、1000枚も持っている奴は絶対にいない。ギルドが調査用に冒険者から手数料を払ってまで何枚か手に入れたらしいが、それでも数百枚がいいところだ」
Aランク冒険者の200枚もかなり無理をしたそうだ。
その5倍も稼いでいる俺たちが不足しているというのはあり得ない。
「では、次に考えられるのは時間ですね」
「時間?」
「私たちは採掘を始めて1日も経っていません。あまりに短時間の出来事だったために巨大土竜に気付かれていないという可能性があります」
「……そうか?」
フィリップさんは首を傾げているが、可能性としてはあり得なくはない。もっと手加減して採掘をするべきだった。
ただ、その場合は鉱山で数日間は何もせずに……あるいは、ゆっくりと過ごすことになってしまう。
「ですが、これまでに遭遇した巨大魔物の気性を考えれば別の可能性が強いと思われます」
「そんなのがあるのか」
「私たちが避けられている事です」
巨大毒蛾や巨大海魔と同じパターンか。
「おいおい、奴は本当に強い魔物なんだ。人間を襲うことを避けるなんてあり得ない」
それがあり得るから困る。
巨大魔物は、その巨大な体格に見合った強力な魔力を体内に秘めている。そのため相手の魔力を計る能力にも優れている。
そのせいで俺たちが抑え込んでいる潜在的な魔力の大きさにも気付かれてしまう。
相手が自分では敵わないと考えた魔物は逃げることを選択し、巨大海魔に至っては迷宮の中に引き籠って俺たちがいない隙を狙って船を襲うことで力を蓄えようとしていた。
巨大海魔と同じように鉱山のどこかに引き籠られていた場合、巨大土竜を探し出す方法が厄介だ。
「何か方法はないか?」
「あります」
ダメ元で聞いてみたつもりだったのだが、メリッサは既に解決策を用意してくれていた。
追加で注文したワインの瓶を空にしながら教えてくれる。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「……埃っぽい所にいたので喉が渇いているのです」
「今さら何言っているの? あたしたちの中で一番年下なのにお酒に関しては無限に飲み続けるのよ。飲み過ぎを心配するだけ無意味よ」
酔って体調を悪くするようなこともない。
それに頭も働いているし、冷静だった。
『私たちの切り札の一つをフィリップさんに開示することになりますが、よろしいですか?』
『切り札?』
『振り子です』
『ああ』
振り子。
使用者のイメージした対象の位置へ振り子を動かすことで、現在位置を教えてくれる魔法道具。
多大な魔力を消費してしまうので俺たちぐらいでなければ使用することはできないが、探し物を見つけるのにこれ以上の魔法道具はない。それこそ権力者相手に知られれば刺客を差し向けられるぐらい貴重な代物だ。
とりあえずイリスの身内ということで信頼して託すことを許す。
「これは……?」
収納リングから取り出した振り子を見て首を傾げている。
簡単に効果を説明すると驚いていた。
「でも、いいのか? こんな魔法道具を持っているのにさっさと使わなかったっていうことは俺にも持っていることを知らせたくなかったんだろ」
「これが巨大土竜の現在位置を知る最も簡単な方法です」
「そういうことなら」
振り子の鎖を持ち、巨大土竜の姿をイメージするフィリップさん。
このメンバーの中で巨大土竜の姿を目撃しているのはフィリップさんのみ。どうしても彼の協力が必要不可欠だった。
魔力が不足していたが、隣に座ったイリスがそっと鎖を持って魔力を流すことによって振り子の先端が持ち上がる。
「お、おお! ……おお?」
先端が鉱山のある方向の一点を指し示した。
だが、すぐに別の場所を指し始め、一瞬だけ停止すると別の場所へ再び先端の方向を変えてしまう。
振り子の先端が定まらない。
こんなことは今までになかった。
「……どういうことだ?」
迷宮核も分からないらしく、困惑したような感情が伝わって来る。
「振り子は間違いなく反応しています。巨大海魔のように引き籠っているというわけではないみたいです」
問題は何に反応しているのか、ということ。
反応してしまう物が複数あるせいで、あちこち差し示してしまう。
「おそらくこれでしょう」
メリッサの手はテーブルの上に置かれた金貨へ向けられていた。
「この金貨は巨大土竜の魔力から生み出されていると考えられます。金貨に魔力が含まれているせいで振り子は、巨大土竜本人だと勘違いして反応してしまっているのかもしれません」
それが真実であることを示すように動き回っていた振り子がテーブルの上に置かれた金貨へと向く。
「このままだと巨大土竜の現在位置は分からないっていうことか?」
フィリップさんの質問に頷く。
魔法道具を用いての探索方法は失われた。
「では、第2案です」
しっかりと次の案を用意していたメリッサによって落ち込んでいる暇は与えられなかった。