第8話 カンザス-前編-
カンザスの街。
近くに鉱山を構え、鉱業を中心に発展して来た都市。
鍛冶屋で造られた武器を装備した冒険者が目立っていた。辺境であるアリスター並みに冒険者が多い。
「こんなに冒険者の数が多くても需要があるわけではないですよね」
カンザスまで案内してくれたフィリップさんに訊ねる。
「そうだな。街の近くにある平原や鉱山にも特殊な魔物が生息している。魔物討伐の依頼もあるが、鉱山に金貨が出なければここまでの冒険者がいても仕事の方がないぐらいだ」
巨大土竜を討伐して金貨が得られないようになれば彼らがどのような行動に出るのか分からない。
はっきり言って俺には依頼内容に含まれていないそこまで手を貸すつもりはないので依頼が終わればさっさと帰るつもりでいる。
ただし、傍には領主と知り合いのイリスがいる。
「できれば可能な限り力になって」
「理由はガンツさんの為?」
イリスが小さく頷く。
「あの人にはそれなりに良くしてもらった覚えがある。だから、困っているなら今こそ力になってあげたい」
「分かった」
「いいの?」
「眷属に困った事があれば力になるって言っただろ。お前が本気で『助けたい』って思っているなら可能な範囲で手助けするぐらいなら問題ない」
嘘偽りない気持ちを述べると俯いてしまった。
「仲がいいのは結構なんだが、領主の館に着いたぞ」
フィリップさんが館のドアノッカーを叩く。
すぐに執事服を着た男性が出て来る。
「はい」
「冒険者のフィリップだ。ガンツとダルトンの奴はいるか?」
「現在は、会議中となっております。その……冒険者への対処についてです」
「ちょうどよかった。頼まれていた冒険者を連れて来た」
「後ろにいる方々ですか……?」
執事が戸惑った視線を向けて来る。
少年1人に少女4人のパーティ。
とてもカンザスが直面している問題を解決できるような凄腕の冒険者パーティには見えない。
「問題ない。こいつらは実績のある冒険者だ」
「かしこまりました」
俺たちには信用はないが、フィリップさんの言葉で納得する。
執事の案内の下、屋敷の中を進んで奥の方にある広い部屋へと案内される。
「フィリップ様が冒険者を連れて到着されました」
「……早いな。とりあえず中へ入れてくれ」
部屋の中から男性の声が聞こえる。
部屋には大きなテーブルが中央に置かれており、筋肉の付いたがっしりとした体格の男性とフィリップさんのパーティメンバーであるダルトンさんがテーブルの上に地図を置いて対面していた。
おそらくダルトンさんと対面している人物が領主のガンツさんだろう。
「随分と早かったな。巨大土竜に対処できる冒険者を連れて来る事はできなかったのか?」
俺たちの手がたまたま空いていたからアリスターの冒険者ギルドに伝わってすぐに出発し、その日の内にクラーシェルへ着く事ができた。
翌日にはカンザスへ辿り着いている事を考えても『巨大魔物に対処する事ができる冒険者』へ依頼する事を決めてから数日しか経過していない。
あまりに早い対応だ。
「いや、きちんと連れて来た」
「彼らが?」
ガンツさんが執事と同じような目を向けて来る。
面倒な事ではあるものの自分たちの見た目を考えると我慢するしかない。
だが、ガンツさんと一緒にいたダルトンさんの反応は違った。
「……イリスティアか?」
「はい……うん」
一瞬だけフィリップさんを見てから敬語を止めていつも通りに話す。
「なに!?」
連れて来た冒険者がイリスだと知ってガンツさんが驚いていた。
「どういうつもりだフィリップ。俺は『巨大魔物に対処する事ができる冒険者』を連れて来ると聞いていた。どうしてイリスティアがいる?」
「だから、イリスたちがそうだ」
とりあえず椅子に座らせてもらう。
ガンツさんの対面に座っていたダルトンさんと一緒に来たフィリップさんが依頼人側という事でガンツさんの隣に座る。
メイドの一人が紅茶を俺たちの前に置く。
執事もいなくなり、俺たちだけになると依頼内容の確認が行われる。
「さて、イリスティアは知っているだろうが、仲間の奴らは知らないだろうから改めて自己紹介からさせてもらおう。俺がこのカンザスの街で領主をしている元冒険者のガンツだ」
「アリスター所属のAランク冒険者マルスです」
一応、ランクを証明する為に冒険者カードをテーブルの上に置く。
俺が置くとシルビアたちも倣って冒険者カードを置く。
自然、テーブルの上にはAランクである事を示す冒険者カードが5つ置かれる事になる。
「どういう事だ?」
「どういう事も何もイリス以外の4人が春先の戦争で駆け付けてくれた冒険者たちだ。その時の活躍が評価されてパーティメンバー全員がAランクに昇格している。イリスは元からAランク冒険者だ」
「マジか……」
通常は、Aランクのリーダーを中心にBランクやCランクの冒険者がパーティを組んでAランク冒険者パーティという認識になる。
実際、巨大土竜の討伐に失敗したAランク冒険者パーティもそのような構成だった。
俺たちみたいな全員がAランクなどというパーティは珍しい……と言うよりも他には見ない。
「このランクだけでも俺たちが実力者だという証明になるはずです」
「そうだな。見た目に惑わされて判断を誤った事を謝ろう」
ガンツさんが額をテーブルに着けるほど頭を下げて来る。
「頭を上げて叔父さん」
「だが、一つだけ聞いておかなければならない事がある」
ガバッと頭を上げたガンツさんの額は少しだけ赤くなっていた。
依頼人が確認しておかなければならない事。
今回の依頼は、既に同じAランク冒険者パーティが失敗してしまっている。冒険者ギルドからは俺たちが既に巨大魔物を討伐した実績がある事は聞いているだろうし、ランクも確認したが、本当に巨大土竜の討伐が可能なのか確認しておかなければならない。
「イリスティア……今はイリスと名乗っているらしいな。彼女をパーティに引き抜いたっていう話はフィリップとダルトンから聞いた。この娘を泣かせるような真似はしていないだろうな」
……は?
「叔父さん!」
「必要な事だ。暇を見つけて会いに行っていた昔の仲間が小さな女の子をパーティに加えていた。まるで娘のように可愛がる姿を見て俺もティアナの娘のように思えていたんだ。あいつは俺たちの世代にとってアイドルみたいな存在だったんだからな」
聞けば、アイドルのような存在だったティアナさんが亡くなった時には同世代の冒険者全員が悲しんだ。
それからしばらくしてイリスがパーティに加入し、ティアナさんを目標に成長していったイリスは日に日にティアナさんに似て行った。それこそティアナさんが同じくらいの年齢を知っている者たちは本当の娘のように思えた。その姿を見ていた同世代の男性冒険者は父親のような視点で見ていた。
え、育ての父親ってフィリップさんたちだけじゃなかったの?
「し、知らなかった……」
可愛がられていたイリスも知らなかったらしい。
「本当にそんな風に扱われていた事に気付かなかったのか?」
「年上の冒険者からはよくお菓子を貰ってニタニタと厭らしい視線を向けられていたけど……」
「それはお前が女だからじゃなくて、娘を見るような気持ちだったからだ」
イリスは女として危機感を抱くような笑顔に見えたらしいが、本人たちはアイドルの娘の面倒を見ているような面持ちだったらしい。
そもそも当時のイリスは10歳そこそこである。
「なんだか勘違いしていた事が凄く恥ずかしい」
自分の勘違いを恥ずかしがって顔を赤くしているイリスだったが、俺の顔色はどんどん青くなって行く。
クラーシェルに立ち寄れない理由が増えてしまった。
「ところで、ガンツさんは俺にどのような感情を抱いていますか?」
「娘を攫って行った極悪非道人」
……やっぱり。
そして、クラーシェルにいる中年の男性冒険者のほとんどが俺に対して同じような感情を抱いているはずだ。
戦って負けるような事はないはずだが、全員を相手にするような真似は色々な事情からできない。
いや、それよりももっと確認する事があるでしょう。
「俺たちが本当に巨大土竜を倒せるかとか考えなくていいんですか?」
「そこは気にしていない。さっきはお前たちのランクを知らなかったから信用ならなかったが、お前たちの実力は冒険者ランクとしてしっかりと証明されている。それにギルドの紹介で来たんだから実績も本物だろう。お前らでダメなようなら王都にいるSランク冒険者にでも頼る事にする」
「まあ、そうなんですけど……」
「だから、今の俺が気にしないといけないのはイリスの事だ!」
バン、とテーブルを叩く。
本気で確認したい事が伝わって来る。
「俺も気になるな」
カンザスにいたダルトンも俺たちの関係性が気になるらしい。その証拠に少しばかり威圧して来ている。
イリスと顔を見合わせる。
二人とも苦笑するしかない。他のメンバーも同じようなものだ。
「安心しろ二人とも」
どう答えるべきか迷っているとフィリップさんが落ち着かせようとしていた。
「昨日の夜だって仲良くしていたぞ」
「「は?」」
ちょっと何言っているんですか!?
「俺が確認したのは、同じ部屋で会議をしていたはずなのにイリスだけがマルスの部屋から出て来なかった事だな」
少なくとも一晩中同じ部屋に居た事が知られてしまっていますね。
昨日は、いつの間にか付けられていた二つ名に恥ずかしがって夕食も摂ろうとしなかったイリスを宥める為に一晩中一緒にいる事になった。
おかげで朝まで一緒にいる事になってしまっただけの話だ。
「ええと……」
とりあえず必要な話を進める為にも何があったのかを話す必要を迫られた。