第42話 出世払いで
ボス部屋だった教会に14人が集まっていた。
リオのパーティは全員が自分の転移でボス部屋に戻って来た。
俺も召喚でイリスとアイラを呼び寄せる。リオがいない状況では、迷宮の最下層で留守番をさせる必要もない。
「なに、この状況……」
色々と片付けを終えて合流したイリスが教会内の様子を見て呟いた。
現在、ソニアちゃんとピナちゃんがシルビアとカトレアさんの戦闘によって散乱したイスの残骸などを急いで片付けており、他のメンバーが掃除をしている。
そうして教会の中心にスペースが確保される。
「ご主人様、大きなベッドを出して下さい」
「は?」
掃除を手伝っていたシルビアがいきなり注文を出して来た。
道具箱の中には野営時にもゆっくりできるようにキングサイズのベッドが3つ入っている。出すだけなら問題ない。
「いや、ベッドが必要なら俺が出す」
俺と同じように道具箱の中に入っていたリオがベッドを取り出す。
天蓋付きのベッド。シーツも俺が使っている物よりも上等そうだ。
さすがは皇帝。
あまりに大きなベッドだったため床に置いた瞬間に埃が舞っていた。
「微風」
ナナカさんの魔法によって起こされた風が埃を端の方へと追いやる。
「とりあえず座ってください」
ベッドを整えたシルビアがカトレアさんに腰掛けるように言う。
「皆が動き回っているのに私だけが休んでいていいのかしら?」
「何を言っているんですか? この中で一番安静にしていないといけないのはカトレアさんですよ」
「それならマリーの方が……」
イリスから報告を受けて知っているが、マリーさんはスキルの負荷に耐え切れず眼から血を流してしまっている。
シルビアがイリスに合図を送っている。
「天癒」
イリスのスキルによってマリーさんの体調が快復する。
「凄いですね」
「魔力を全て使ってしまうから使用するとその日は何もできなくなってしまうのが欠点。けど、スキルの負荷による負傷だけじゃなくて体力の消耗も回復しているはず」
「はい。きちんと回復しています」
「どれだけ急いでいたのかも見ていたから知っている。けど、あんな強力な負荷があるスキルは使用を控えた方がいい」
「気を付けます」
声に辛そうな様子もない。
完全に回復しているみたいだ。
代わりにイリスの魔力は空になっている。
「これで一番安静にしていなければならないのはカトレアさんです」
「……ありがとうございます」
カトレアさんがベッドに腰掛ける。
他に怪我をしているメンバーもいないし、最も消耗しているのはシルビアなのだが、そのシルビアと戦ったカトレアさんがシルビア本人から休むように言われてしまっているので断る事ができずにいる。
「わたしの事は気にしないでください。それよりもカトレアさんは自分の体を気にするべきです」
「戦闘中もそうだったけど、どうして貴女がそこまで気にしてくれるのですか?」
「わたしも女です。妊娠にはそれなりに憧れがありますから好きな人との間にできた子供は大切にして欲しいだけです」
「そう、ですね。少しばかり迂闊でした」
愛おしそうにカトレアさんがお腹を撫でていた。
「迂闊、なんてレベルの話ではありません」
「その通りです」
そんな態度に納得が行かないのがボタンさんとナナカさんだ。
二人ともずっと傍にいたのに戦闘へ出向くカトレアさんを止める事ができなかった。そればかりか【絶対命令】によって見ている事しかできなくされていた。
「妊娠中で激しい動きを禁じられてストレスを感じていたので軽い運動程度なら許可しました。ですが、さっきの戦闘は軽い運動程度では済まされません。下手をすれば子供に危険が及んでいたのかもしれないんですよ」
「そうです。彼らの足止めをするだけならわたしとボタンを向かわせるだけでも良かったんです。それなのに命令までして一人で飛び出すなんて何を考えているんですか!」
「それは……一番確実だったのが一番強い私が戦う事だったからです」
「それでも……! 今のカトレアさんは自分の体調を最優先に考えなければならない立場にあるんですよ」
統括者らしくシルビアと戦っていた時の勇ましさはどこへ行ってしまったのかナナカさんに怒られて小さくなっている。
「わたしたちは眷属全員がカトレアさんの統括者に反対しません。ですが、リオとの子供は大切にしてもらわなければなりません。その為なら、カトレアさんの意に沿わない事も言わなければなりません」
話の内容が説教へと変わっていた。
「おいおい、それぐらいにしてやれよ」
見かねたリオが口を挟んでいる。
こういう女と女の言い合いの場合、男は口を挟まない方がいい。
けれどもリオの立場は主だ。眷属同士が喧嘩をしている場合には、口を出さないわけにはいかなかった。俺なら全力で逃げている。
「何を言っているのリオ?」
対してナナカさんの口調は冷ややかだった。
というかカトレアさんに対しては敬語なのに主であるリオに対してはタメ口。
どっちの方がナナカさんにとって立場が上なのか。
「カトレアさんが妊娠しているのはリオの子供なの。こういう時は、リオの方が多少強くてもカトレアさんに注意しないといけないのに味方をしてどうするの?」
「いや、それは……お前が強く言っている姿を見ているとカトレアの味方をしないといけない気になって来た、というか……」
「そもそもリオが勝っていればカトレアさんが自分から戦おうなんて考えるような事はなかったの」
「それは、俺の考えが甘かった」
リオの考えでは予め準備をしていた事もあって自分たちの方が圧倒的に速く目的地へ辿り着けると考えていた。
しかし、実際に攻略を開始してみれば帝都の迷宮にはないマグマ急流や水没したビーチ、超巨大迷路があったせいで攻略に時間が掛かってしまった。
「わたしたちの目的は、膨大な魔力を要求される事になるだろう貴重な魔法薬をタダで譲ってもらう事。それが負けてしまってどうするの?」
「おま……それは秘密なはずだろ!」
「彼らは既にわたしたちの目的が自分たちでは手に入らない魔法道具なんかである事ぐらいまでは想像が付いている。この後の事を考えるならこれぐらいの事は言っても構わないはず」
「……そうだな」
リオが俺の方へ向いて来る。
彼らの目的が俺……というよりもアリスターの迷宮でしか得られない宝にある事は予想が付いていたし、『天の羅針盤』を使用した事によって俺にまで行き着いた方法も知る事ができた。
「で、何を譲って欲しいんだ?」
「譲ってくれるのか?」
「こんな手の込んだ事までして手に入れたい代物なんだろ。よほどの事情があるんだ。渡すのは構わない」
「本当か!」
「ただし! 無償では渡せない」
さっきナナカさんが『膨大な魔力を消費すると予想される』と言っていた。
俺が迷宮操作:宝箱で出せるのは『天の羅針盤』で確認しているらしいので間違いない。
渡すのは構わないが、魔力の消費は無視できない。
「魔力の消費量に見合った金を渡すなら譲るのは構わない」
初めからそっちの方で交渉してくれた方が簡単だった。
「それは助かる。わたしたちが要求したいのは、どれだけ大金を積んでも買う事ができない貴重な代物。金に換えられるだけでもありがたい」
だが、世の中は世知辛かった。
「……出世払いでもいいか?」
「皇帝になる男が出世払いするのか?」
「恥ずかしい話だけど、戦争をしたせいで国庫に余裕がほとんどないんだ。将来的に金に換える手段はあっても手持ちの現金が足りない」
だから多少面倒でもタダで手に入れる手段に出た。
「それで、欲しい物は?」
「いいのか?」
「きちんと払ってくれるなら構わない」
相手が皇帝であろうと必ず取り立てる。
「俺たちが欲しているのは神酒という名前で呼ばれていた現代では再現が不可能な回復薬だ」
「神酒、ね」
名前さえ分かっていれば一覧から呼び出して魔力を消費するだけで宝箱の中身を生み出す事ができる。
幸い、エルフの里で神樹の実を手に入れたおかげで魔力には余裕があるので魔力が足りないという事態にはならないはずだ。
早速一覧を呼び出すと……
『ストップ、ストップ―――!』
迷宮核が静止するよう呼び掛けて来た。
「なんだよ……」
『神酒なら宝箱じゃなくて道具箱の中にあるから迷宮の魔力を消費する必要なんてないんだよ』
「ああ、先代の迷宮主が遺してくれたのか」
道具箱の中には色々な物が遺されている。
俺の把握していない道具が『天の羅針盤』に反応してもおかしくない。
『違う違う。先代の迷宮主じゃなくて君が手に入れた物だよ』
え……全く覚えがない代物なんですけど。




