第41話 眷属統括者
――帝都迷宮地下45階ボス部屋。
ボスを倒して安堵していた。
それも仕方ないだろう。ボス部屋には普通ならボスしかおらず、たまに自分の部下を召喚するボスがいるぐらいでボスしかいないのがボス部屋だ。ヴァンパイア・ロードのスキルに【眷属召喚】があった事から状況次第では部下が召喚されていた可能性もあった。
結局のところ召喚されずに倒された事からボス部屋の脅威はなくなったと判断した。
だが、何事にも例外が存在する。
それまでボス部屋にいなくても一瞬で移動して来られる人物がいる。
金色の光を纏った侵入者が押し寄せて来る。
「ご主人様……!」
完全に気を抜いていた俺の防御は間に合わない。
咄嗟に俺と侵入者の間に割り込んだシルビアが短剣で弾く。
「やはりブランクが長いですね」
光が消え、中にいた人物の姿がはっきりと分かるようになる。
「……カトレアさん」
姿を現した人物はリオのパートナーであり、俺たちを帝都まで案内してくれたカトレアさん。
「どうして迷宮の最下層にいるはずのあなたがこんなところにいるんですか?」
「分かりませんか?」
そう言って双剣を構えるカトレアさん。
目は鋭く、本気である事が窺える。
「わたしたちの足止めが目的ですか?」
俺たちに何らかの要求を突き付けるつもりである以上は殺害するつもりはない。
「はい。迷宮の攻略速度を競っている勝負の最中にこのような事をするのが無粋である事は分かっています。それでも、貴方たちの攻略速度と地下47階の様子を見せられては妨害せずにはいられません」
「……すみません」
「謝るなよ」
思わず謝ってしまっているシルビア。
完全に娯楽目的で作った迷路だったのだが、少し難易度を上げただけで致命的な足止めになってしまったらしい。おかげでカトレアさんが直接の足止めに出るぐらいだ。
「この場で攻略の続行が不可能なほどのダメージを与えさせてもらいます」
カトレアさんの身に金色の光が集まる。
「【光速】」
スキル名を呟くと目にも留まらぬ速さでシルビアへ迫る。
体に光を纏っている姿からまるで光が駆け抜けたようにしか見えない。
その姿もシルビアが短剣をカトレアさんの双剣に打ち合わせると見えるようになる。二人の武器がぶつかり火花が散る。
「私の速度に着いて来られますか」
「わたしも速度にはそれなりに自信があるんです」
カトレアさんも迷宮の関係者という事で【迷宮魔法:鑑定】が適用される。
確認したステータスはシルビアと同じように敏捷に特化したステータスでスキルにも【光速】があるのを確認している。
光速――魔力の光を纏う事で速度を上昇させるスキル。使用者の姿が視認できないほどの光を纏えば、迷宮主である俺ですら目で追えなくなる速度を出す事ができるようになる。
そんな速度にシルビアは付いて行っている。
単純に動体視力の良さだけで見ているわけではなく、【探知】を利用して次の攻撃がどこから来るのか予測し、次の攻撃を防御することで耐えていた。
「でも、どうしてシルビアはいつものように攻撃しないんだ?」
シルビアの戦闘スタイルは速度を活かして相手の意表を突きながら急所を攻撃する方法だ。
決して相手と正面から武器を打ち合うような真似はしない。
「それは、相手がカトレアさん――次期皇妃だからです」
「え……?」
「皇妃になろうとしている人物の見える場所に傷が付けばマイナスにしかなりません。首みたいな急所への攻撃は以ての外ですし、腕や足を狙って削ぐような真似もできません」
俺の疑問にメリッサが同じ女性として答えてくれる。
たしかに皇妃となれば多くの人と接する事になり、肌を晒すような事になる。これまでに付いてしまった傷は仕方ないかもしれないが、皇妃になる事が決定している状況で傷付けるのは躊躇われたらしい。
「じゃあ、せめて打撃で服に隠れている場所を攻撃するとか」
少し痣になってしまうかもしれないが回復用の魔法やスキルがあるのだから痣を消す事は不可能ではない。
「……妊娠している女性のお腹を殴れ、などという非情な事を言うつもりではありませんよね」
「ごめんなさい。今の提案については俺が完全に悪かったです」
カトレアさんは妊娠しているらしい。
らしい、というのもまだ初期段階なので男の俺には教えられても分からない。
だが、妊娠している女性の腹を殴る、という行為がどのような危険を孕んでいるのかぐらい俺でも知っている。
つまり、シルビアはカトレアさんの体を慮って攻撃する事ができずにいる。
「どうするつもりなんだ?」
「どうにもできないです」
今のまま武器を手放させて攻撃手段を失わせるぐらいしか方法が思い付かない。
というかシルビアの手に負えないと俺ではカトレアさんの動きを遠くから目で追うのが精一杯で対処は不可能だ。
なので、俺たちの進退はシルビアに委ねられた。
『いきなり委ねられても困るんですけど!?』
戦闘中という事で念話が飛んでくる。
『可能な限り対処はさせていただきます。ですが、カトレアさんの体に負担を掛けない為にも迅速に対処したいと思います』
こうして激しく動き回っているだけでも危険な状況だ。
本当なら戦闘をする事も避けなければならない。
「お願いします。カトレア様を止めて下さい」
二人の攻防を見守っていると慌てた様子のボタンさんが駆け寄って来た。
ボタンさんの後ろには落ち着いた様子のナナカさんもいる。
「私たちでは止める事ができないんです。もう、敵である貴方たちに縋るしかありません」
「カトレアさんが持っている【絶対命令権】が原因ですか?」
「……やっぱり気付いていたんだ」
俺の質問をナナカさんが肯定した。
絶対命令権――自分よりも下位の存在に対して絶対的な命令を下す事ができる。
さらにカトレアさんの職業には特殊な『迷宮眷属統括者』があった。
迷宮眷属統括者となる事で、同じ主に仕える眷属全員が自分よりも下位の存在となり、ボタンさんとナナカさんはカトレアさんの命令に逆らう事ができなくなっていた。
「わたしたちが受けた命令は2つ。『主に連絡しない』と『戦闘の妨害をしない』だけ」
「『協力しろ』ではないんですね」
「【絶対命令権】はそこまで万能ではない。単純な命令なら忠実にさせることができるけど、『協力しろ』みたいに曖昧な命令だとどんな行動に出るのか予測する事ができない。だから、それよりも自分一人が戦っている間に妨害させない事を選んだ。一人でも勝てるだけの実力が迷宮眷属統括者にはある」
「ああ、ステータスが高いのは迷宮眷属統括者の恩恵ですか」
ボタンさんやナナカさんのステータスに比べてカトレアさんのステータスは頭一つ飛び抜けていた。ステータスを飛躍的に向上させるようなスキルは持っていないようなので素のステータスが高いのだと思っていたのだが、迷宮眷属統括者の方に原因があったらしい。
「統括者は、主から3割のステータスを得る事ができる。だから私たちの誰よりも強い」
そりゃ、夜にどれだけ頑張っても2割しか上昇しないはずなのに3割も上昇するなら強いに決まっている。
「もっとも眷属のみんなは誰も彼女が統括者である事に反対はしない」
「それは、なぜです?」
「眷属の全員がリオとカトレアさんに救われている。リオと同じくらいカトレアさんには感謝しているから誰も反対しない」
眷属の誰もが統括者という地位に納得しているならいい。
俺としてもカトレアさんを止めたいところだが、俺では【探知】を併用しても体が感覚に体が追い付いて行けそうにない。自分のスキルでないと慣れていないのでこういう時に不都合が生じる。
「リオに来てもらう事はできないんですか?」
「命令によって、こちらから連絡する事は禁じられています」
「だからわたしたちでどうにかしないといけない」
そんな事はない。
連絡する手段ならある。
「こっちも大変みたいです」
けれども行動を起こそうとした時、速度を上げたカトレアさんの攻撃が当た……らずにシルビアの体を擦り抜けた。
「【壁抜け】……そう言えばさっきも使っていましたね」
「けど、同じ方法が2度も通じるはずがない。ですよね?」
「ええ」
シルビアとカトレアさんが武器を構えて再び対峙する。
『どういう事だ?』
『【壁抜け】はあくまでも障害物を擦り抜ける為のスキルです。障害物を擦り抜けた後は必ず実体化します。そのタイミングを狙われてしまうと回避ができません』
そして、カトレアさんなら狙う事ができる。
早くリオに来てもらわないといけない。
『イリス! こっちからリオに状況を説明して戻って来て貰え』
『……その必要はないかも』
隣に気配を感じたのでナナカさんを見てみると親指を立てていた。
「タイミングよくこっちに向こうから連絡があったので状況を簡潔に伝えておいた」
俺の考えではイリスを通してこっちで連絡するつもりだった。
しかし、命令ではボタンさんやナナカさんから連絡する事ができないだけでリオからの連絡を受ける事はできる。
「止まれ、カトレア!」
「え……! きゃっ」
命令による急な静止によって前へ倒れそうになっている。
そんな体で倒れれば致命的な事に成り兼ねない。
「大丈夫ですか?」
「……ありがとうございます」
一番近くにいたシルビアが受け止めていた。
カトレアさんの方は対峙していたシルビアに助けられたとあってばつが悪そうにしていた。
「俺は言ったよな。今みたいな危険があるからしばらくは自重しているように、って」
「……はい」
「それが今の状況はなんだ?」
「ですが、今のままでは勝てな……いえ、なんでもないです」
主からの眼光を受けてカトレアさんが下がる。
「言い訳は不要だ。どのみち俺がこっちに戻って来た以上、俺たちの敗北もしくは引き分けってことになるだろうしな」
勝負はここまで。
だが、気になる事はあるので話はしなければならない。




