第40話 巨大迷路
リオ視点です。
――アリスター迷宮地下47階。
『この階層は、全体が巨大な迷路になっています。迷った際の保障は一切ないので挑まれる際はご注意して下さい』
そんな看板が転移魔法陣で出た場所に立てられていた。
固い特殊な壁で左右が区切られ、上は吹き抜けになっている。
正面へ真っ直ぐ道が伸びているものの10メートルほど進んだところで左右への分かれ道になっていた。
「迷宮ってどれぐらいの広さがありました?」
「これまでに通って来た階層を元に考えるなら10キロ四方はあると考えた方がいいな」
「無理! そんな広大な空間に造られた迷路を進むとか普通に考えて無理だから」
迷宮の広さを聞いたソニアから反対されてしまった。
俺の個人的な感情としては広大な迷路を前にして心が躍っていた。
しかし、今は急いでいる競争の最中。遊んでいるような時間はない。
「誰が真面目に迷路の攻略をするなんて言った?」
「え……?」
訳が分からず呆けているソニアを置いて魔剣を壁に叩き付ける。
『天の羅針盤』のおかげで出口までの方向と距離は分かっている。出口のある方向へ壁を壊しながら進んで行けば真っ当に迷路を進む必要なんかない。
しかし……
「チッ、そう上手くは行かないか」
破壊力を増大させた魔剣を叩きつけたにも関わらず傷一つ付いていない壁。
俺に倣ってアイリスが魔法の炎を叩き付け、【神聖抱擁】の光を拳に纏ったリーシアが壁を殴っている。
攻略に参加している眷属の中で攻撃力に優れた二人の攻撃。
それでも無傷で佇む壁。
「……これは無理」
「どうやら、ただ固いだけの壁というわけでもないみたいです」
二人は壁の破壊を諦めていた。
「この壁にはスキルや魔法に込められた魔力を霧散させる効果が施されています。許容限界を超える量の魔力を持った攻撃を当てれば破壊も可能だと思いますが……」
それを出口まで続けられるだけの魔力があるのか?
考えるまでもなく無理だ。
そもそも下層へ進むに従って迷宮に吸い取られる魔力の量がどんどん多くなっている。そんな状況下で多大な魔力を消費する攻撃をしなければならない。
「仕方ない。迷路を普通に進む……」
「あ、上ならどう?」
「……待て!」
飛び立とうとしたソニアを止めようとしたが既に遅い。
振り向いた時には手の届かない高さへと跳んでいた。
しっかりと足裏に空間の力場を生成して、それを足場にして迷路を構成している壁よりも高い場所へと到達し、
「ふきゃ!」
落ちて来た。
「いたたたた……」
尻餅を付いたソニアが打ち付けた場所を擦りながら立ち上がる。
「いったい、なんなの……?」
「普通に考えれば、壁だけにスキル・魔法無効化能力が施されているわけがないだろ。おそらく壁の上にある空間にも同じような効果が施されているせいで、壁の上へ跳び出した瞬間に魔法が全て無効化されたんだ。安全を考えるなら上から進む方法も危険だ」
徹底されたズルの禁止。
壁の破壊ができないなら、壁を跳び越えてのズルもできないようにされているに違いない。
そう思っていたから他のメンバーは試さなかったのに迂闊なソニアは思わず試してしまった。
少し跳び越えた高さで魔法が無効化されたからよかったものの一気に跳び上がった場所で無効化されて地面に落とされた場合には非常に危険だ。
「ま、あたしたちには迷路も問題ないでしょ。なにせ、こっちには探し物の方向だけじゃなくて進むべき方向を指し示してくれる『天の羅針盤』があるんだから」
「それも難しいな」
「ど、どうして!?」
「魔力の消費量の問題だ」
試しに進んで分かれ道に差し掛かる。
右と左、どちらへ進むべきか?
分かれ道の中心で『天の羅針盤』を使用すれば、羅針盤の針が右を示す。
「なるほど。出口は右ね」
羅針盤を覗き込んでいたソニアが歩き出す。
が、俺は眩暈がして付いて行けない。
そうなる事が分かっていたメンバーも俺の傍に立って心配そうに顔を覗き込んでくる。
「そっか、1回使うだけで結構な量の魔力を消費するんだよね」
「俺の魔力量でも迷宮内で使う事を考えれば1日に使えるのは10回ぐらいが限界だ。全員で使っても30回が限界だ」
広大な空間を使って造られた巨大迷路。
果たして分かれ道は30回で済まされるのか。
しかも、ギリギリ魔力が足りたとしても目的地は50階。地下47階をクリアしても3階層クリアしなければならない。
魔力が尽きた状態では今日中のクリアは不可能となる。
「一つ、提案があります」
天井を見上げながらマリーが呟いた。
「私を可能な限り上へ飛ばして下さい」
「……どういうつもりだ?」
「左右の壁よりも高い場所へ出た瞬間に魔法やスキルは無効化されてしまいます。ですが、壁を越える前に使われていた魔法については無効化されないはずです。上へ跳んだ勢いのまま迷路の全景を把握したいんです」
マリーのスキル【未来観測】を使用する為には情報が必要になる。
地下47階にもなると地図どころか攻略情報すら出回っていなかった。
探索して自力で得た情報を元に進むルートを決めなければならない。
「その代わり、しっかりとキャッチして下さい」
「分かりました」
声のした方を向くとリーシアが両手を組んで姿勢を低くしていた。
既に【神聖抱擁】の光も纏っている。
「あの、こういう場合は男性が女性を助けるものでは……」
「いいじゃないですか」
「……いえ、何でもないです」
若干不満そうにしながら助走をつけたマリーがリーシアの手に乗り、リーシアが腕を振り上げると上空へ打ち上げられる。
壁よりも高い場所へ跳んだが、落ちて来るような様子はない。
そのまま上空へとどんどん飛んで行くと視線を巡らせ迷路全体の様子を確認している。
少しすれば自然と落ちて来る。
落ちて来たマリーをリーシアが抱える。
「やっぱりリオさんに受け止めて欲しかったんですけど」
「今は忙しいのでスキルを使用して下さい」
「はい……」
リーシアの腕から下ろされたマリーが【未来観測】を使用する。
1分、2分……
「長いな……」
「それだけ長時間先まで未来を見ているという事でしょう」
「……見えました」
疲れ果てた様子のマリーが呟いた。
マリーによるとスキルによって見た未来は、時間を何倍にも速めて数時間分の光景を数分で見る事もできるらしいが、あまりに多くの情報を短時間の間に得てしまうと脳への負担が大きいらしい。
その辺りはスキルの使用者でなければ分からない。
「どうだった?」
「この先の道にある分かれ道を右へ2回、左へ5回、正面へ3回……」
出口までにある分かれ道でどちらへ進むべきなのか言って行く。
だが、ちょっと待って欲しい。
「おい、確認の為に聞くが何回分かれ道があった?」
マリーは出口までの道順を正確に覚えていた。
おそらく見た光景のまま進めば出口までは辿り着けるだろう。
「出口までは分かれ道が1404回ありました……これが、最短距離です……」
「おい!」
マリーが左目を押さえていた。
手の端から血が流れている。
「スキルによる負担が想像以上だっただけです。問題ありません。急げば5時間ほどで辿り着けます。向こうの攻略速度を考えれば抜かれる可能性が高いです。先を急ぐ事にしましょう」
先を急ぐよう言ってくるが、探索を続けられるような状態ではない。
「リーシア背負ってやれ」
「分かりました」
「ご迷惑をお掛けします」
「これぐらいいいんですよ」
とてもではないが、俺たちでは正解ルートの全てを覚えている事はできない。
道案内の為にもマリーに着いて来てもらう必要がある。ただし、治療は必要だ。
「ボタン」
迷宮の最下層で留守番をしているボタンを呼ぶ。
本来なら怪我をした時の為に治療担当であるボタンも探索側に回したかったのだが、現在のパーティで万が一の事があってはいけないのはカトレアだ。そのため留守番をしているカトレアに張り付かせていた。
治療の為に一時的に呼び戻すぐらいなら問題ないはずだ。
『助かりました!』
しかし、本当に困っていたのはボタンの方だった。
「何があった?」
ボタンの身に何かあった場合、一緒にいるカトレアの身にも危険が迫っている可能性が高い。
『それが、なんと説明すればよろしいのか……』
声を聞く限りボタンに怪我をしている様子はない。
しかし、焦っているような気配はあるので早めに対処をした方がよさそうだ。
『こっちの状況を簡潔に説明する』
代わりに答えたのは同じように留守番をしているナナカだ。
『現在、わたしたちは地下45階のボス部屋にいる』
「は? なんで、そんな所にいるんだ?」
『それで、わたしたちが見ているボス部屋の様子を見て』
視界を共有した事で現在の状況が正確に伝わって来る。
「クソ……!」
状況を正しく理解した瞬間、現在がどれだけ危険な状況なのか理解した。
迷宮探索なんてしている場合じゃない。
「……帰るぞ」
「さすがに、この状況は看過できませんね」
負荷に耐えながら未来を見てくれたマリーには申し訳ないが、急いで帝都迷宮の地下45階へ向かわなければならない。
治療もこちらから出向いた方が手っ取り早い。