第10話 帝都へ
翌朝、シルビアとメリッサの二人を連れて街の大通りを歩いていると会いたい人物が向こうからやって来た。
「おはようございます」
現れたのはリオの隣にいたカトレアさん。
それに酒場で男を床に叩き付けていた眼鏡で目つきが鋭い青髪の女性と、シスター服を着た背の高い白髪の女性が一緒に立っていた。
「おはようございます。カトレアさんが来てくれたという事は、カトレアさんが帝都まで連れて行ってくれるんですか?」
「はい。今回、私は迷宮の最下層で様子を見させていただくことになります。その前に自己紹介ですね。この子の名前はナナカ、こっちの子がボタンです」
青髪の子がナナカ。
白髪の子がボタン。
「……ナナカ」
「ごめんなさい。ナナカは仲間以外では人見知りしてしまう子なんです。私の名前はボタンです。今回は私たちの主のワガママを聞き入れてくれてありがとうございます」
ペコペコと頭を下げているボタンさん。
なんというか、冒険者らしくない。いや、冒険者の中にも僧侶系のスキルを修めた者はいる。けど、冒険者のような仕事をしているとシスターだったころの礼儀作法が失われる者の方が多い。
「では、街の外へ行きましょうか」
街中での転移は色々と目立つ。
屋敷のように人目に付かない場所を確保できるなら問題ないのだが、女性を5人も連れて人目に付かない路地裏なんかに移動しているところを誰かに見られること自体が問題だ。屋敷に案内するのも完全に信用していない状態ではしたくない。
よって、魔物退治に街道から外れて人目が付かない場所に移動しても問題ない冒険者という立場を利用して一度街の外へ移動する。
ただシスター服は少し目立つ。
街の門に向かって歩きながらボタンさんのことを不思議そうに見ていたら察してくれた。
「あ、私は2年前まで帝国にある街の教会でシスターをしていたんです。ですが、ちょっとしたトラブルに巻き込まれて教会にいられなくなったところを全く無関係な依頼で私のいた街に来たリオ様に拾って頂いたんです。以来、行く宛などなかった私はリオ様に付き従っているんです」
「私も似たような感じ。元々は帝国にある街の図書館の司書だったけど、面倒な貴族の不興を買ってしまった。そのせいで図書館にいられなくなったところをリオに拾ってもらった」
どうやら彼女たちにもそれなりの事情があるみたいだ。
「不思議ですか?」
「いえ、人の縁とはどこで繋がっているのか分かりませんから色々な出会いがあってもいいと思います」
ウチのパーティだってほとんどが成り行きだ。
どんな事情があったところで否定するような気にはなれない。
「最初は私とリオ様だけで冒険者をしていたのですが、行く先々でお金に困って娼婦にされそうになっていた少女、一緒に行動することが多かった冒険者パーティ、トラブルを抱えて行く宛のない少女と遭遇する機会がなぜか多かったんです」
トラブルに遭遇する度にペットを拾ってくるようにリオ。
一緒に行動していたカトレアさんの苦労を考えると同情せずにはいられない。
「ですが、今では背負ってよかった苦労だったと思っています。最初こそ大変でしたが、みんな本当にリオ様の事を大切に想ってくれています。皇帝になる今、リオ様を支える女性は一人でも多い方がいいですから」
「それって側室っていう意味ですよね」
「もちろんです」
カトレアさんが事も無げに肯定する。
「年明けには皇帝になることが決定したリオ様ですが、リオ様の次に皇帝になる者は同じように皇族の血を引く者から順に皇位継承権が与えられます」
皇帝であるリオの子供から優先的に順位が与えられることになるが、前皇帝の息子であるというだけでリオに皇位継承権が与えられていたように現在の第2皇子や第3皇子にも順位は低いながら皇族ということで皇位継承権が与えられる。
だが、カトレアさんはそれに我慢がならなかった。
「彼らは、たしかに初代皇帝の血を引いているのかもしれませんが薄いせいでリオ様のように認められることがありませんでした。そのような者に皇帝となる権利が与えられているなど我慢なりません。次の皇帝となる者は、私とリオ様の子供でなくても構わないからリオ様の子供であってほしい。そう願っているのです」
リオの子供が多ければ皇族の一人でしかない者の皇位継承権はずっと低くなる。
子供の数を増やすにはどうすればいいのか?
一人の女性が生涯の間に産める人数には限界がある。幸い、欲しているのは男性の子供だ。相手の女性が多ければ多いほど産める子供の人数も多くなる。
「女性の人数が多いと揉めませんか?」
主に正室の問題だ。
側室の人数に上限はなくても皇帝の正室である以上、皇妃として活動する必要があるので誰か一人は決めなくてはならない。
俺たちのところには身分のような柵がないから決める必要がないので、喧嘩をすることはあっても揉めることはないが、皇帝という立場では決めなくてはならない。
「それなら大丈夫です。正妻はカトレアさんだと最初から決まっていますから」
「そうなんですか?」
ボタンさんが教えてくれた。
「カトレアさん以外のメンバーは色々あって一緒に行動するようになったメンバーですが、最初からリオ様が求めてパーティを組むようになったのはカトレアさんだけなんです」
「私とリオ様は幼馴染なのです」
そう言うカトレアさんの表情は昔を懐かしんでいるようだった。
「私は帝国にある貴族家の六女でした。帝都にある屋敷の隣にリオ様の母上のご実家もありましたので、年齢が同じだったこともあって引き合わされました。片や皇位継承権などないに等しい皇族、片や私は適当な低位の貴族と政略結婚させるぐらいにしか使い道のなかった末女でした。親同士も遊び相手の一環として引き合わせただけの相手でした」
リオは皇族である事には変わりない。
少しでも繋がりを持っておきたかったカトレアさんの親はリオとカトレアさんを引き合わせた。
だが、大人の都合など幼い子供には分からない。
「私と初めて会った時、リオ様は自分が前皇帝の息子である事を知っていました。そのせいか私に対して冗談交じりに『俺は将来皇帝になる。俺に着いて来れば皇妃の椅子を約束してやる』などと告白してきたのです。私も政略結婚の道具として使われる事を覚悟していたので、リオ様の力強い言葉に賭けてみたくなったのです」
最初は辛い現実を突き付けられた。
何か大きな功績を求めていたリオは冒険者になり活動していたのだが、親の反対を押し切って実家を出て来た二人は戦い方など知らない素人。それでも活動している内に仲間も増えて、迷宮へ挑むようになった。
そして、カトレアさんは賭けに勝った。
「そういうわけで約束を守る為に皇妃には私がなる事になっています」
「そもそもカトレアさん以外は貴族ではないので皇妃なんてできるはずがないんです」
「……私もリオの隣にはいたいけど、皇妃には興味がない」
8人の中では誰が正室になるのか決まっていた。
彼女たちの事情を聞いている内に街の門へと辿り着く。身分証である冒険者カードを見せて街の外へ出る。
「さすがに皇妃になる人を迷宮攻略へ行かせるわけにはいかないですよね」
皇妃が決まっている話を聞いてカトレアさんが防衛側に回る理由に納得したつもりでいた。
けれど、本当の理由は違っていた。
「いえ、ご主人様。カトレアさんが攻略に回らないのは、冒険ができる体調ではないですから」
「あら、気付いていたのですね」
「はい。カトレアさんの歩き方や所作を見ていれば体を思い遣っているのが分かりました」
カトレアさんの様子から体調が悪い事をシルビアは察していたらしい。
そこから防衛側に回るだろう事も予想していた。
俺にはサッパリ分からなかった。それはメリッサも同じみたいだ。
「どこか体調が悪いのか?」
「彼女は妊娠しているんです」
「へ?」
「さすがに次代の第1皇子を身籠っている方に危険な真似はさせられませんよね」
現皇族を排除しようと考えていたカトレアさん。
当然、次の皇帝になれる最有力人物を大切にしないはずがない。
「もしもの事があっては大変ですから私は迷宮の最下層で待機することになります」
迷宮主と迷宮眷属にとって最も安全なのは皮肉な事に迷宮だ。
最下層なら誰かが訪れる事もないと考えていい。
「この辺でいいでしょう」
近くには人目もない。
転移するには問題ない。
「では、手を」
カトレアさんの手を握る。
次の瞬間、目の前の景色が変わり何もない草原から街の大通りが見渡せる路地の入口へと変わる。
「ようこそ帝都へ」
リオ側の編成
・攻略6人
・防衛3人