第29話 VS巨大海魔―海中―
潜水艦と巨大海魔の間にある距離は500メートル。
しかし、海底から突き出た岩以外には遮る物のない空間においては目視が可能な距離。
「魚雷発射」
潜水艦の下部が開き、中から10発の魚雷が飛び出す。
俺の土属性魔法で形を作り、中にはメリッサの火属性の魔力が詰まっている。魚雷の後部で爆発が起こり、推進力となって真っ直ぐにジャイアントクラーケンへと向かう。
ジャイアントクラーケンが触手を振るう。海中での戦闘に適応した触手は滑らかな動きで魚雷を叩き落す。
「やっぱり経験が足りてないな」
魚雷を破壊した瞬間、中に詰まった炎が爆発し触手を吹き飛ばして行く。
「アイラ!」
「任せて」
潜水艦を加速させてジャイアントクラーケンへと近付く。
「魔石の位置は――ダメですね。体内を移動しています」
「問題ない。奴には潜水艦やら釣り竿やらで出費が嵩んだんだから少しは報酬を釣り上げる為に貢献してもらおう」
具体的には魔物の素材の中で最も高値で取引される魔石を回収させてもらう。
潜水艦の前方にある左右の側面から金属でできた人の腕のような形をした物を取り出す。手があるべき場所には物を掴む為の物ではなく、水中でも回転している鋸が備わっていた。
潜水艦には急な用意だったので航行に必要な最低限の機能しか備わっていない。
攻撃に必要な物は自分たちの魔法で用意しなければならない。
「こいつで胴体を両断してやる」
必要な物を思いつくままに造る。
迷宮主になる前は兵士希望だったのに適性属性が土属性でショックを受けた事もあったが、ここまで便利だと土属性で良かったと思える。
潜水艦がジャイアントクラーケンに突っ込む。
「あれ!?」
海中を漂っていたジャイアントクラーケンの姿が消える。
「下だ」
潜水艦のモニターは正面と左右しかカバーされていない。
左右から後ろへ回り込むような真似をしていない以上、ジャイアントクラーケンの逃亡先は下にしかない。
「海底にいます。どうやら潜水艦の突撃を回避する為に触手で掴んで落ちたみたいです」
シルビアの持つ振り子は海底を差し示している。
「アイラそのまま前進、離れたところで回頭しろ」
「りょうかい」
「イリス」
「もうやっている」
海底から触手が伸びて来る気配がする。
しかし、見えてはいないので何本伸ばしているのかも分からない。
「4本か」
触手の動きが氷によって阻まれる。
イリスが後方に適当に作り出した氷の壁で、生み出す為に必要な水分が周囲には大量にあるおかげで少ない魔力量で精製することができた。
「氷雨」
雨のように小さな氷だが、大量に精製し自分の近くから落とす事が可能な魔法。
反応の悪さから背後が死角になっていると判断したジャイアントクラーケンが潜水艦を追おうと体を浮上させたところに頭上から氷が大量に落ちて来てダメージを受けている。
その間に離れた潜水艦が回頭を終える。
ジャイアントクラーケンの方も浮上して潜水艦に対峙する。
「それで、どうするの? 突撃してもさっきみたいに回避されると逆に窮地へ追い立たされる事になるわよ」
また突撃しても海底に潜るつもりでいるのか同じ高さにいる。
「なんて甘い考えなんだろう」
同じ手が2度も通用すると思っている。
「メリッサ、魚雷は何発撃てる?」
「20発担当します」
「だったら残りは俺が撃つ」
合計50発の魚雷がジャイアントクラーケンへと向かう。
その後ろに鋸を構えた潜水艦が進む。
ジャイアントクラーケンが海底へと沈む。
直後、使い道のなくなった魚雷を全て爆発させる。
海中で爆発が起こった事によって気泡が海底に潜ったジャイアントクラーケンと潜水艦の間に発生し、ジャイアントクラーケンの視界を塞ぐ。こっちはシルビアが正確な位置を捉えたままなので見失うような事はない。
「……!?」
「驚いているな。だけど、回避方法が同じとか単純なんだよ。俺たちと同じ高さに出て来た時点でどっちに回避するのか言っているようなもんだろ」
俺たちを通り過ぎさせる為に海底へ逃げるつもりでいた。
さらに後方や下が死角になっている事が分かっているのだから今度は回避した直後に攻撃までするつもりでいたのか2本の触手が伸び始めていた。
しかし、触手が潜水艦に届く事はない。
潜水艦の後部から網のように放たれた鋼の鎖が触手を絡め取っていた。
ジャイアントクラーケンが鎖から抜け出す。
以前も鎖で捕らえた時に抜け出した方法と同じように触手から粘液を出して鎖から抜け出す。
「だから学習していないんだよ」
鎖から抜け出した時点で逃げ出せばよかったものを潜水艦の姿が見えているせいで攻撃するべきだと判断して触手を伸ばして来た。
2本の銛がジャイアントクラーケンの頭部に突き刺さる。
魔法で海中に造り出した銛だ。
「急速浮上だ」
「え、うん……!」
潜水艦を一気に浮上させる。
浮上する動きに付いて来るジャイアントクラーケン。
頭部に突き刺さった銛には鎖が付いており、潜水艦と繋がっている。自然と銛が突き刺さったジャイアントクラーケンも海上へと連れて行かれる。
潜水艦の上部が海面から姿を現す。
「どっちに行けばいいの?」
「周囲の船の位置を把握する事ができるか?」
『それは僕がやるよ』
視界に表示された地図に黄色い点が打たれて海上を航行している船の位置を教えてくれる。
俺がついさっきジャイアントクラーケンを釣り上げたせいか自分たちも釣り上げようと考えている冒険者がいるのか船が何隻もいた。だが、ミスリルの釣り糸で斬り裂かれた船の光景が頭を過っているのか互いの船を牽制していて離れた場所にいるせいでどの船も見当違いの場所を探していた。
後、気にするのは目的地の場所。
この位置なら問題ないのは……
「ビーチに迎え」
「けど、あの辺は潜水艦が活動できるほどの深さがないわよ」
「だから向かうんだよ」
潜水艦が活動できないという事はジャイアントクラーケンも活動する事ができない。だけど、途中まで向かえればいい。
潜水艦をビーチへと向かわせる。
ビーチには午前中に派手な釣り対決をしたせいか人が宿の方へと引き上げているせいで人影が見当たらない。
「回頭しながら停止」
「そういうこと」
浅くなってきた海底にアンカーを打ち込んで潜水艦の動きを停止させる。
同時に潜水艦を右へ傾けていたおかげで潜水艦がその場で回転し、引っ張られて来たジャイアントクラーケンも潜水艦の周りを振り回される。
魔法で造った銛を消す。
慣性に従って振り回されたジャイアントクラーケンがビーチの砂浜を滑り、その先にある木を何本も薙ぎ倒しながら進み木を何本も踏み潰して止まる。
「さすがに生きているか」
モニターに表示されるジャイアントクラーケンはゆっくりと体を起こしながら弱々しくも触手を動かして海へと帰ろうとしていた。
ハッチを開ける。
「よう、どこへ行くつもりだ?」
「……!?」
潜水艦を飛び出して海との間に立つ。
ジャイアントクラーケンが海へと帰る為には俺を倒すか回避する必要があるが、ダメージが予想以上に深刻な事と俺に対する恐怖心のせいで逃げ出したい気持ちで一杯になっていた。
俺の左右へと視線を向ける。
「残念だったわね」
「逃がすわけがない」
アイラとイリスの剣士コンビが左右を塞ぐ。
後ろはメリッサを抱えたシルビアが回り込む。
「今度こそ海から打ち上げてやったぞ。今度は凍らせた海上なんかじゃないから足元の氷を砕いて逃げる事もできない。きちんと討伐して調理してやるから覚悟しろよ」
今度こそ逃がさない。
全員が武器を構える。
魔石が体内のどこにあろうが関係なく斬り裂いてやる。