第28話 潜水艦
海から引き上げて港へと向かう。
俺たち全員が濡れていた。空を飛んでいた俺だったが、最終的には海面付近まで落とされた事もあって水の中で行動していたシルビアたちと同様に濡れている。
「やっぱり水着を買っておいてよかったな」
最初はレンタルしていた水着だったが、気に入ったようなのでそのまま購入する事にした。
陽の光を浴びながら魔法を使って濡れた体を乾かす。
「さて、あいつはどこにいるかな?」
探すのは巨大海魔。
収納リングから振り子を取り出すと海中を泳いでいるジャイアントクラーケンの位置を指し示す。
「けっこうな速度で泳いでいるな」
海の中をあちこち泳ぎ回っているせいで対象の方向を指し示してくれる振り子が左へ右へと動いている。
「どうやら奴はきちんと帰る場所を失ったようだな」
「当然」
イリスが自信満々に頷く。
俺がジャイアントクラーケンと戦っている間、彼女たちに頼んでいた仕事は塒となっている海底迷宮の入口を塞ぐ事。
迷宮同調で共有した視覚から海底迷宮の入口がどんな様子だったのか見させてもらったが、岩が交互に積み重ねられており、巨体とはいえ軟体動物の蛸であるジャイアントクラーケンだからこそ隙間に体を滑り込ませて潜り抜けられる程度の広さしかなかった。
だからこそ入口を塞ぐのは簡単だった。
積み重なった大岩を崩し、僅かな隙間にも魔法で土砂を流し込む事によって完全に入り口を塞ぐ。
迷宮に戻る事ができなくなったジャイアントクラーケンが海中を彷徨っている。
俺がわざわざジャイアントクラーケンを釣り上げた本当の目的は、ジャイアントクラーケンを迷宮から出している間に迷宮へ戻れないようにする事だった。
後は、逃げられなくなったジャイアントクラーケンを討伐するのみ。
そっちもかなり大変な事には変わりない。
海中を泳いでいるジャイアントクラーケンが相手では追い付くのが精一杯で逃走に徹しられてしまうと攻撃する手段が少ない。
「必要な事かもしれないけど、ちょっと痛い出費」
「もう用意した後なんだから後悔しても仕方ない」
「そうかもしれないけど……」
海の近くに立って道具箱を海上に出現させる。
宝箱に手を入れて直接取り出すのではなく、すぐ傍に下部分を海に浸けた潜水艦が現れる。
全長20メートルの潜水艦は、船体を黄色く染められており目立つ事このうえないのだが、潜水艦の本来の役目である海中深くに潜行して静かに耐えるという目的に使うつもりはない。
あくまでも海中を泳ぐジャイアントクラーケンと戦う為に用意した魔法道具。
これならジャイアントクラーケンにも追い付く事ができる。
性能は問題ない。
それでもイリスたちが渋い顔をしているのには理由がある。
『なんせ、この潜水艦には金貨9000枚以上の魔力を消費しているからね。きちんと討伐して報酬をもらわないととんでもない赤字だよ』
迷宮核が言うように宝箱の力で膨大な魔力を消費して用意した。
おまけにジャイアントクラーケンを釣る為に用意したミスリルの釣り糸とオリハルコンの釣り竿に数百枚分の金貨まで消費している。
その魔力量に彼女たちは渋い顔をしていた。
「……まあ、今後も使う事があるかもしれないし」
「海のない内陸が活動の拠点である私たちに潜水艦を使う予定があるとは思えませんが……」
「迷宮にしても潜水艦が有効利用できるわけでもありませんし」
メリッサとシルビアから咎められる。
俺の気分は、趣味に金を使ってしまった事を妻に咎められる旦那の気分だ。
「お願い。船を買うのは諦めたから潜水艦を手に入れるぐらいは許して」
懇願すると溜息を吐きながらも許しが得られた。
「いいんじゃない? 実際に海中を泳ぐジャイアントクラーケンを相手にするなら戦えるのは空を飛べるマルスとメリッサぐらいなんだし、何らかの策は必要だったはずでしょ」
「アイラ!」
持つべき者は、旦那の趣味に賛同してくれる妻だ。
イリスは俺の行動を全肯定してくれるので反対してくるような事はない。
「よし、乗り込むぞ」
ハッチを開けて乗り込む。
内部は水が入って来ないように壁が頑丈に造られているものの魔法道具である潜水艦には機械の類は操作に必要な最低限の物しか備わっていない。
頑丈な壁には外の様子を確認できる窓すらなく、潜行して水圧で壊れる事がないようにしっかりと溶接させられている。こんな状態では外の様子を確認する事など不可能だが、外の景色を映し出す装置が備わっており、海中の様子を確認する事ができるようになっていた。
「昨日の内に1度だけ見させてもらったけど、本当にこんな物が動けるの?」
「問題ない」
……はずだ。
俺も実際に動いている姿を見たことがあるわけではないので自信がない。
『とりあえず全員席に着いてくれるかな?』
潜水艦についての知識があるのは迷宮核だけだ。
迷宮核に言われるまま潜水艦内にある席に座る。
『まず、この潜水艦の動力だけど乗組員の魔力を消費して動かす事になる』
「私たちに影響はないの?」
『魔力を消費するだけで後遺症が残るような事にはならないから安心して』
イリスの心配ももっともだ。
魔法道具なら使用するうえで魔力を消費するのは当たり前だが、乗り物の魔法道具を使用した経験は俺たちにはなかった。不安になるのも仕方ない。
『君たちの魔力を消費して後部のスクリューが回転。それが推進力になって水中でも前進する事が可能になっている。進行方向なんかは前方中央部分にあるレバーで操作するだけ。簡単でしょ』
たしかに簡単だ。
乗っているだけで推進力が得られ、レバーを傾けるだけで進行方向を指定する事ができる。
「それにしてもよくこんな魔法道具が流通しなかったな」
この潜水艦があれば海中での活動も自由自在になる。
サボナのような街でなら1隻ぐらいあってもおかしくなさそうなものだが。
『残念だけど、これはただ動かすだけでも魔力が3分で1000は必要になる。戦闘行動をすれば更に消費して行く事になる』
「お、おう……」
一般人のステータスだと100に届けば優秀な方。
魔物との戦闘を行ってレベルが上がりやすい冒険者などでも300~400が限界で、1000を超えるような魔力を持つのは既に超人レベルだ。
だが、すっかり忘れていた迷宮主なった事で得られた俺の10000を超える魔力、メリッサの魔力が10倍になる魔神の加護があるおかげで異常になった魔力値なら問題なく航行できる。
けれども、ジャイアントクラーケンとの釣り対決による影響などが残っているので1時間から2時間ぐらいが限界だろう。無駄に時間を掛けていられるほどの余裕はない。
道理で一般人には流通しないはずだ。
アイラがレバーを握る。
「うわ、握っているだけで魔力が吸い取られて行く」
「勝手に動かすなよ」
「大丈夫よ」
レバーを前に倒すと潜水艦が進んで行く。
そのまま潜行させて行くとモニターに見える景色が青く変わる。
「シルビア、そっちはどうだ?」
「このまま前進させて下さい。向こうもわたしたちの存在に気付いたのか逃げ回るのを止めたみたいです」
「逃げられないと悟って観念したか」
アイラには操縦、シルビアには索敵を頼んでいた。
海のどこにいるのか分からないジャイアントクラーケンの位置を正確に把握する為にダウジング・ペンデュラムも渡しているので見つからない、という事もない。
魔法使いのメリッサとイリスの二人は燃料タンク兼攻撃担当。
艦長として俺が指示を出す。
「来たぞ」
「こっちも見えているわ」
正面のモニターには潜水艦の外に広がっている景色が映し出されている。
潜水艦の正面ではジャイアントクラーケンが待ち構えていた。
「さあ、正真正銘最後の戦いだ」
逃げる場所を失い、体に傷も負っている。
いくら俺たちの事が怖くても戦って勝つしか道は残されていなかった。
「シルビア見失うなよ。アイラとりあえず全力で喰らい付け。メリッサとイリスは俺と一緒に燃料タンクになりながら攻撃だ」




