第45話 迷宮主の借金 ④
「いやぁ、今回は本当に助かりましたよ」
「友達の為です。お金を渡すだけで解決できるのなら私は惜しみなく協力します」
場所はイシュガリア公国の首都ウィンキアにある『聖女』の私室。
一昨日には急な呼びかけにもかかわらず対応してくれて私室まで案内してくれてお金まで貸してくれた。
「本当ならもっと融通してあげたかったのですが……」
「私たちが自由に使える資金はアレしかなかったのです」
ミシュリナさんの傍にはクラウディアさんが秘書のように立っており、俺たちの前にお菓子と茶を置いている。
リオの前では客人である俺たちを持て成す為に食べることのできなかったソニアが頬張っている。
「え、あのお金は個人的な資産だったんですか?」
てっきり国と交渉して融通してもらった資金なんだと思っていた。
「さすがに大恩のある相手とはいえ冒険者を相手に即金で貸し出すような真似はできませんよ」
ミシュリナさんがクスクスと俺の言葉に笑っている。
たしかに冒険者を相手に金を簡単に貸し出せない、というのは理解できるのだが金額が金額だけに信じられない。
「今回は10万枚も融通してもらったんですけど……」
ミシュリナさんから借りた金貨は10万枚。
いくら『聖女』とはいえ個人で捻出することができるような金額ではないため国が出してくれたものだとばかり思っていた。
「なら、早く返した方がいいですよね」
早急に大金を手にすることができる方法を考える必要がある。
「その必要はありません。利子なども必要なく、いずれは返してくれればいいお金です」
「え……」
あまりに信じられない言葉。
だが、イリスだけは言葉に隠された違和感に気付いた。
「あのお金はどこから手に入れたもの?」
「……ちょっと表には出せないお金です」
「やっぱり」
答えを知ってイリスが頭を抱えた。
「近頃の公国では詐欺紛いの宗教団体が活動していたんです」
「え、この国でですか?」
『聖女』が強い力を持って人々の心の安寧を願って広められている宗教がある国で新興宗教があること自体が信じられない。
「はい、事実です」
クラウディアさんの方を見てみると真実だと頷いてくれた。
「厄介なのは貴族まで絡んでいることです」
「それは新興宗教の運営に、ですよね」
「そのとおりです」
強い既得権益を持つ貴族なら新興宗教を立ち上げるのも不可能ではない。
彼らには王族に知られないよう立ち回る知識があるし、新しい組織を起ち上げる為のノウハウも持っている。
そうして知られないようこっそりと新興宗教を起ち上げていた。
「酷い話ですよ。信者からお金を巻き上げるだけ巻き上げたなら、最後には信者の命まで物のように扱って金に換えてしまうんですから」
随分と用意周到に動いていた組織らしい。
「でも、よくそんな組織に気付くことができた」
「これに関しては完全に偶然」
イシュガリア公国にとって重要人物である『聖女』のミシュリナさんは子孫を遺す必要がある。『聖女』の役割は直系の子孫へ必ず引き継がれる訳ではないが、王族に近しい者に現れる傾向があり、周囲からは次代の『聖女』を期待されていた。
ミシュリナさんも既に適齢期に迫っていた。
「父の紹介で同い年の伯爵とお見合いをすることになったんです」
「どうだったんですか?」
最初の内は好意的に接してくれたお見合い相手。
そもそも父親が『聖女』という重責を負わせてしまった娘を想って同年齢の男性の中でも優秀な者を見つけてきた。
相手は先代の伯爵から爵位を継いだばかりの若者。ただし、血統だけが評価されている訳ではなく周囲からは本人の優秀さを評価されていた。
ミシュリナさんも最初の内は本当に好意を抱いていた。
「ところが、私が自分のものにでもなると勘違いしてしまったのか油断してしまったようですね。杜撰に管理された書類を見つけてしまったのです」
書類は新興宗教との関わりを示すものだった。
気になったミシュリナさんは相手の事を調べるようになり、最終目的が国家の転覆だと知るに至った。
「信者から集めた資金だけではありません。貴族から援助してもらった資金もありました」
中には入手方法が危険過ぎて表沙汰にすることができないものも含まれていた。
それが俺たちに渡された金の正体。
「そんな物を渡したんですか!?」
「仕方ないではないですか。あんな物は持っているだけで危険なんです」
「元の持ち主に帰すとか……」
「資金のほとんどが出処不明な資金です。被害に遇ったと思われる者全員に返そうと思っても関わった者が多すぎて返せない状況です」
困り果てていたところに俺が訪れた。
はっきり言って押し付けられたようなものだ。
「これで物的証拠はなくなりました。今後、効果の強い回復薬を融通してもらうなどして協力してもらえれば返済したことにしたいと思います」
何かしら無茶な要求を突き付けられるかもしれない。
それでも、今回は融資してもらえたことで助かったのは間違いないので恩に報いる意味でも協力を求めて来たのなら助けるつもりでいる。
「で、そのお見合い相手とはどうなったんですか?」
「どうにもなりません」
「と言うよりも、今は爵位を剥奪されて投獄中の身です」
「え……」
伯爵と言えど国家転覆を企んだのなら処罰される。
むしろガルディス帝国での処罰を知っている身としては本人の爵位剥奪と投獄だけで済んでいるのが生易しく思える。
「じゃあ、どうするの?」
「父も慎重になりましたし、お見合いの話はしばらく自重することになりそうです」
ただし、子供は欲しいらしいミシュリナさん。
「そうだ。資金を融資してあげたお礼という訳ではないですけど、ノエルと彼女の娘に会わせてもらえますか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます。春になったらもう一度行こうと考えていたのに忙しくなってしまったせいで会いに行くことができなくなったんで、会えるのを楽しみにしていたんですよ」
ノエルを【召喚】で喚び出す。
話題が出た時点でリエルを抱いていたノエルが現れる。
母親に抱かれたリエルは起きており、急に変わった景色におっかなびっくりしている。
「わぁ、前に見た時よりも大きくなっているわね」
「まだ3カ月ちょっとよ」
自分の方へ伸ばされる手を見て目をギュッと閉じて体を小さく丸めてしまう。狐耳はペタンとしており、尻尾も力を失くしてしまっている。
「もしかして嫌われた?」
「そういう訳じゃないよ。いきなり知らない人が目の前に現れたらビックリするでしょ。この子にとっては、まだ世界は家族だけで完結しているんだから」
なんだかんだと言って十数人いる家族。
普段から多くの人と接しているだけに知らない人には臆してしまっている。
まあ、子供の内はこんな感じでいいだろう。
「ごめんね。けど、お姉さんとも仲良くしてくれると嬉しいな」
優しい声がリエルにも届いたのかゆっくりと耳と目が開けられて、抵抗されることなくミシュリナさんに抱かれる。
泣くこともなく抱かれ続けているリエル。
「やっぱり子供はいいですね」
「ふぇ……」
しばらくそうしているとぐずり始めた。
母親であるノエルには泣いている理由がすぐに理解できた。
「お姉ちゃんたちに会いたくなったの?」
家族の中で最もリエルと親しく接しているのはシエラだ。シエラ本人は忙しい母親に代わってリエルの世話を見ているつもりらしく、弟妹たちと遊んであげることが多かった。
そのため長時間離れてしまうとお姉ちゃんが恋しくなってしまう。
「帰ろっか」
返事はない。
それでも自然とノエルの腕に収まる。
「あ、そうだ! いくら闇金とはいえお金を貸してあげたことには変わりありません。ただ、それで利子をお金でもらうのも問題です。だから利子代わりに抱かせてくれたなら帳消しにしてあげます」
「この子は物じゃないからダメ」
「あぅ!」
ノエルとリエルの両方から怒られたことでミシュリナさんも諦めてくれた。
利子代わりに子供連れで訪れることになった。
新興宗教と闇金についてはいずれ……