第46話 迷宮主の借金 ⑤
最後に残った資金の借入先――レジュラス商業国。
複数の国々に囲まれた国なのだが、貿易の拠点として商人が上手く立ち回ることで攻め入られることもなく反映している国。面積は小さいが、経済的には潤っているおり、政治面でも商人による商業組合の意見の方が尊重されていた。
そんな国だからこそ金庫には大量の金貨が眠っている。
即金を必要としている俺は商業組合を頼ることにした。
助かったのは事実なのだが、今さらながら後悔していた。
「……もう少し安くなりませんか?」
レジュラス商業国の首都レジェンス。
都市の中央には商業組合の大きな建物があり、副会長に与えられた広い応接室でゲイツ・ギブソンと打ち合わせを行っていた。部屋に商業組合側の人間は彼しかおらず、護衛の人間すらいない。
頼れるような伝手は彼ぐらいにしかなかったため彼に頼るしかなかったため彼からお金を借りることとなった。
「こちらも商売でお貸ししましたので契約通りにしていただくしかないな」
借りに来た時、1時間ほどで70万枚もの金貨を用意してくれた。
ただし、その時に用意してくれたのは金貨だけではなく契約書も一緒だった。
「どうして、マルスはこんな契約書にサインしたの」
「ゴメン」
イリスに叱られて謝るしかなかった。
あの時は、残された必要な資金を手にする為に手段を選んでいられなかった。けれども、後から考えてみると早計だったと思わざるを得なかった。
「貸し出している金貨に対して1%の利子が計上される。金貸しとしては良心的な設定のはずだ」
俺も利率にしか注目していなかったからサインしてしまった。
そうして全てが終わった後でメリッサから指摘されて気付いてしまった。
「最初に借り入れた金貨は70万枚。今の時点だと1日あたり金貨を2枚ずつ支払う必要がある。既に借りてから2日経過しているから金貨4枚を支払う必要があるな」
借り入れた金額が大きすぎた。
そのせいで1日毎に計上される利子の額がとんでもないことになっている。
「お金は必ず返済するので、利子はもう少し減らすことができませんか?」
借りたお金を返済することは可能だと思うが、利子にまで手が回るほどの余裕があるとは思えない。
「最初にも言ったように商売だ。他の商人にこれほどの大金を貸し出すほどの余力があると思っているのかな?」
レジェンスの商業組合だからこそ1時間という短時間で用意することのできた大金だ。
時間さえあったならリオに頼んで集めてもらうこともできたが、さすがに短時間で用意できる資金には限界があった。必要量の半分を用意してもらえただけでも感謝しているぐらいだ。
「こっちも無理をしていることを理解してほしい」
さすがに70万枚は無理があった。
商業組合全体の資産なら、もっと大金があるのかもしれないけど、問題になっているのは資金を『貸し出す』ということ。
「相手は冒険者。普通なら少額でも資金を貸し出すことを渋る相手なんだということを理解してほしい」
冒険者は危険な場所へ赴き、凶暴な魔物を相手にすることが多い。
高ランクの冒険者だったとしても、ちょっとした油断から命を落としてしまうことも珍しくなく、よほどの信頼関係の築けている相手としか金の貸し借りは行われない。
たしかにゲイツさんに伝手がある。けれども、金の貸し借りを商売で行える程度の関係でしかない。
「それでも貸すことができたのは、以前にこちらがお願いした危険な依頼を引き受けてくれたお礼だと思ってほしいです」
エストア神国で発生していた作物の異常な速さでの成長を調査するようお願いされた。
裏にいたのは狩猟神で、他に調査を依頼していた冒険者も倒されていたことから俺たちでなければ解決することができなかった。
「それと、貴方たちを信頼しているから、この程度の利子で済んでいると思ってください」
ゲイツさんの視線がソニアへ向けられる。
あまり表舞台へ出てくることのないソニア。いたとしてもリオや他の眷属の護衛のように侍っているため妃だと認識されていることの方が少ない。それでも、商業組合の副会長であるゲイツさんは何者なのか正確に把握していた。
大国どころかガルディス帝国を併合したことによって、最大国になることとなったグレンヴァルガ帝国。最大国の皇帝の側妃を連れ回すことができる時点で皇帝と親しい間柄にあるのは間違いない。
「いいでしょう。正式にサインすることにします」
次にサインすることとなったのは返済計画書。
一定期間毎に少額でもいいから返済を続けていれば俺の返済方法に文句を言うことはない。ただし、返済期限を少しでも過ぎることがあれば俺の資産が没収されてしまうことになる。
屋敷を始めとして役所に登録されている資産。
場合によっては家族にまで危害が加えられてしまう危険性を孕んでおり、非常に危険な契約ではあるものの返済を続けていれば文句を言われることもない。
信用を担保にした返済計画。
「先ほどの契約を受け入れたんですから文句は言わないでくださいよ」
「安心してください。商人として交わした契約は必ず守ります」
契約書と書類を頑丈な鞄に入れて保管するゲイツさん。
戦闘能力の高い俺たちが相手ではたった3人だったとしても何人いたとしても意味がない。人員を無駄に割く必要もないため傍には護衛すら置かなかった。
それでも商人として契約書は死守せざるを得なかった。
「安心してください。数年以内には必ず返済します」
「普通は一生掛かっても返済することのできない金額なのですが、貴方たちを信用することにしましょう」
貴方たち、と言いながらゲイツさんの視線がソニアへ向けられていた。
ソファから立ち上がって応接室を出ると都市の大通りを歩く。
周囲が喧騒に包まれている中で、ソニアが小声で話し掛けてくる。
「協力は惜しまない。早々に借金を返すことにしよう」
国の協力が得られたなら大金を返済するのは難しくない。
とはいえ、リオに頼ってばかりいたくないのも俺の純粋な想いだった。
「その申し出はありがたいけど、お金がこれから必要になるのはそっちでしょう」
「迷宮の力を使うなら元手になる魔力は絶対に必要」
難民の食糧などといった生活に必要不可欠な物資。
それに、いつまでもオネイロス平原で難民生活をさせる訳にはいかないためガルディス帝国を復興させる為の物資が必要となる。
「無理のない範囲で稼いで自分たちの力で返していくことにするよ」
毎日、金貨2枚の支払いが必要になる。
けれども俺たちの能力なら稼げない金額ではない。
空を見上げて時刻を確認する。
「昼をちょっと過ぎたぐらいか。今から昼食をご馳走するよ」
付き合ってくれたソニアを誘う。
「移動に協力してあげただけだから気にする必要はない。それに、あんまりお腹も空いていない」
「……そういえば私たちに出されたお菓子も食べていた」
あれでお礼代わりになっていたなら助かる。
「で、本当にあんな大金をどうするの?」
「まずは、近場にいる凶暴な魔物でも狩って金にするつもりだ」
冒険者ギルドへ行けば情報は手に入る。
レジュラス商業国は貿易が盛んな国であるため商人が護衛に雇った冒険者が多く訪れているおかげで、商人が利用する街道付近に魔物は少ない。
しかし、逆に常駐する冒険者が少ないせいで奥へ行った所には魔物が縄張りを形成している。何かしらの目的があってレジェンスを訪れた高ランクの冒険者が小遣い稼ぎを目的に狩っている状況だ。
それで国が成り立っているのだからレジュラス商業国がやり手、ということなんだろう。
「本当に困ったら教えて。こっちも大変だけど、同じ迷宮に関わる者として協力は絶対にするから」
「頼りにしている」
普通に考えれば無理難題のように思える契約。
そんな契約を交わした俺たちを心配しているようだった。
「問題ない。今日の目的は、最初からあの条件で進めることを目的にしていた」
「そうなの?」
メリッサ曰く、利率を上げられるようなことはしてこないだろうけど、借入金が残っていることを理由に様々な要求を突き付けられる可能性があった。
だから先手を打って自由に返済していけるようにした。
「そういうことなら安心した」
ソニアが【転移】で消える。あとはアリスターへ戻るだけなので、自分たちの力だけで移動することができる。
「さ、じゃんじゃん稼ぐことにしようか」
この大金を返済するのが次章以降になります。
ある意味、初心に帰ることができる。




