第67話 移動するオアシス
イルカイト迷宮地下41階。
青空の広がる山から一転して目の前に広がるのは、どこまでも続いているかのように勘違いしてしまうほどの砂漠。盛り上がった砂の山がいくつもあり、視界を塞いでいる。
「もっとも、それだけではないです」
砂漠のフィールドならアリスターの迷宮にもある。ウチの砂漠と比べても広いように思えるのは、実際に広大な空間を利用しているからだろう。
「先ほどの山と同様です。複数の階層を繋げることで広大な空間を利用できるようにしています」
隔絶された5つの空間を用意するのではなく、5つの空間を繋げることによって1つの広大な空間を用意する。
地下41階から45階まで。中心に地下41階に相当する空間を据え、四方に他の空間を配置する。この方法により広大な空間を用意することができる。
「砂漠みたいな場所なら広大な空間を用意するメリットが強い」
通常、砂漠のように目印となる物がない場所を進む時は、方角に気を付けながら進む。
そして、自分の進んでいる方角を定めるのに役立つ道具を利用する。ただし、コンパスは亜空間に作られた砂漠なせいで全く役に立たない。天にある太陽を見ても、天井に描かれた光源であるだけなので方角を定める役には立たない。
「ウチの迷宮の場合は、どっちへ行けばいいのか分かるようになっているからね」
あくまでも砂地を進ませて体力を奪うのが目的。真っ直ぐに進めばいいだけだし、途中で方角を間違えてしまったとしても景色に溶け込むように描かれた壁に当たり、壁に沿って移動するだけで転移魔法陣へ辿り着けるようになっている。それに視界を塞ぐような真似はしていないため入口の転移魔法陣は見えるようになっている。限界を感じたようなら入口まで戻ればいいだけの話だ。
それだけの親切設計が施された階層。
ところが、イルカイト迷宮にある砂漠は砂山を越えれば入口の転移魔法陣を見失うようになっている。一歩間違えば砂漠のど真ん中で彷徨うこととなってしまう。
「進む方角も分からない。おまけに、天から降り注いでくる熱気は強烈」
体を焦がすような熱気が照り付ける。
こうして黙っていても体力を消費してしまう。
「それにしても、あっついな……!」
着ていたコートを脱ぐ。
こんな炎天下で真っ黒なコートなんて着ていられない。
迷宮があるから砂漠の移動訓練は行ったことがある。だが、心のどこかで暑さに耐えられなくなり【迷宮適応】の力を強めてしまったのかもしれない。
シルビアたちも薄着になる。パーティ内で鎧を着ている者はいないが、防具としての力を備えているコートやジャケット、ローブを魔物が出現する場所で脱ぐのは自殺行為に等しい。
せめてもの抵抗として『風のローブ』を人数分道具箱から取り出す。
風のローブ――炎の熱気から身を守ってくれる魔法道具。一般にも出回らせられるほど作り易い魔法道具だが、俺たちが纏うのは迷宮の力で強化した物。今は警戒などしていないが、炎鎧の熱気が相手でも耐えられるよう用意した物だ。
「平気か?」
「うん、大丈夫」
ローブに身を包んだことで動き難くなってしまったが、今は砂漠でも活動できるようにする方が優先だ。
「で、ここはどうやって進めばいいんだ?」
「砂漠の攻略方法は二つ。一つは、中心と四方に配置された全ての転移結晶に触れて登録する。すると、ここに地下46階に行くことのできる転移魔法陣が現れる」
広大な砂漠を探索することで道を開く。
イリスが教えてくれた方法は、オーソドックスな方法と言える。
「もう一つは、砂漠のどこかにあるオアシスを見つける。そこにも転移魔法陣があるらしい」
「らしい?」
「そのオアシスは移動しているみたいなの」
オアシスの移動など自然には起きない。
しかし、ここは迷宮にある砂漠だ。何らかの方法によって移動させている可能性がある。
「そんな場所を見つけるのは至難」
「他の物は移動しないだろうけど、砂漠で移動するオアシスを見つけるのは至難なんていうレベルじゃないぞ」
複数の階層を繋げて広大な空間を作り出す。その弱点とも言えるのが、空間を繋げてしまったからこそ中規模の改変を行った際に他の階層だった空間にも大きな影響を与えてしまうこと。
そのため階層の繋がった空間は大きな変化がない。
「攻略情報によれば砂漠に現れる魔物や砂丘の位置は、ここ数十年は変わっていないらしい」
今が暴走状態にあることを考えると、以前の状況をどれだけ信用していいものか分からない。
それでも、今は信じて先へ進むのがベストだ。
全ての転移結晶を巡る。
どこにあるのか分からないオアシスを探す。
どちらの方法を選択すればいいのか……
「よし、オアシスを目指すことにしよう」
仲間の全員が頷く。
手掛かりなしに移動するオアシスを探すなど不可能に近い。
「うわ、本当に広い砂漠だな」
しかし、俺たちには【地図】がある。
視界に表示された地図を見ながら進行方向を定める。
「……本当に移動していないか?」
地図に表示されたオアシスを見る。
微妙にだが動いていた。
「『移動している』っていうのは、勘違いとかじゃなくて本当に移動していたっていうこと?」
「移動速度と階層の広さを考えれば、一カ月で一周する程度の速さでしょうか」
ノエルの疑問にメリッサが自ら計算した答えを告げる。
砂漠のように暑い場所で一点に留まって一つの物を見続けるはずがない。それに蜃気楼のように感じて遠くから見ていると見間違いだと思い込んでしまう。
なによりもオアシスが動いているなど普通は思わない。俺たちのように最低限の情報だけを覗いているからこそ気付けた事実。
「……あっちだな」
オアシスの進行方向へ足を進ませる。
地図を覗きながらの移動は危険なのだが、砂漠で自分の位置もあやふやになりそうな場所を進み続ける方が危険だ。目の前の景色よりも地図を頼りに進む。
ジリジリとした熱が天から照り付けてくる。
暑さに負けて、ついポロッと口から愚痴が出てしまう。
「こんな暑いだけの階層にどんなメリットがあるんだ?」
シャツの襟を仰ぐ。
風を肌に当てるのが目的だったのだが、温められた風が入ってきて逆に暑くなってしまう。
「いや、足止めの役に立ってくれているっていうのは分かるよ」
「まだ需要のある階層。こういう環境でなければ生きることのできない魔物もいるんだから」
「それは、こいつらの事か?」
表示された地図を指差しながら言う。
少し前から表示されるようになった敵の表示。だが、表示された点は俺たちと重なるようになっている。
既に接敵していなければならない状況。
平面的に表示していてはいけない。
「見渡した時は魔物の姿を見つけることはできなかったけど、どうやらこの砂漠にも魔物は生きているようだな」
立体的に表示したことで俺たちの真下に魔物がいることに気付けた。
砂漠の熱、姿が見えないことによる油断から注意散漫となっていた。だが、一度いると気付けば全員が警戒態勢になる。
しかし、それがいけなかった。
本当なら、さっさと移動するべきだった。
「なっ!?」
「きゃっ!」
足下にあった砂がいきなり消失。
すり鉢状になった流砂の中へ落とされる。
「おいおい……」
流砂の中心にいるのは、人のように二本の脚で立った体長2メートルの蟻。
体の側面についた無数にある手で拳を構えると流砂の上を走って襲い掛かって来る。
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