第58話 惨劇の平原-中-
「ガルディス帝国の連中を何があっても入れるな。無理に入って来るようなら処分も許可する」
「それは、この騒ぎでもですか……?」
緊急時には受け入れることになっていた。
「当然だ。優先順位を間違えるな」
「……了解です」
将軍の指示の下、ガルディス帝国の人たちへ槍が向けられる。
正面には兵士の掲げる槍、背後には迫る化け物。
どうすることもできなくなった人々は絶望して座り込んでしまう。
その頃には1万人以上の人間が殺されており、諦めるには十分な状況だった。
「はい、そこまで」
静かになった平原に女性の声が響く。
その声に従って化け物たちの動きがピタッと止まる。
現れたのは水色の髪をポニーテイルにし、弓を手にした女性。
「シャルル・サクリーナか」
「随分と調べたみたい。おかげで連中にも私の素性が知られてしまった」
リオの小さな呟きすら聞き取ったシャルルが反応を返す。
皇帝という立場であるが、迷宮眷属であるシャルルにとっては自分の主とは別の迷宮主といった立場の方が強い。
「随分とガルディス帝国の事を恨んでいるみたいだな」
「あなたがそれを言う? 戴冠に反対した連中を粛清したあなたが」
「それは--」
「まあ、そっちの国で何をしようが私には関係ない」
シャルルの意識が別の場所へ向けられる。
「ようやくお出まし」
「貴様がこの騒ぎの犯人だな!」
部下を引き連れたクゥエンティ将軍。傍にいるのは誰もが一騎当千の猛者と言えるほどの実力を持つ騎士。しっかりと身を固めていた。
そして、襲撃を仕掛けたシャルルが待っていた相手でもある。
クゥエンティ将軍の後方にはユスティオス皇帝もある。祖父として止めたかったが、義憤に燃える孫を止めることはできなかった。
「このような事をして許されると思っているのか? いったい、どれだけの人が亡くなったと思っているんだ!」
「さあ? あなたたちだって戦場なら何人を斬ったかなんて気にしないはず」
「……っ! ここは戦場なんかじゃない! それに、お前が殺した人の中には戦う力を持たない平民だっていたはずだ」
「くすっ、おかしなことを言う。軍事作戦中に村人を虐殺することだってあるんだから平民が巻き込まれるのは仕方ないこと。彼らが亡くなったことを憤るぐらいなら戦争を始めてしまったことを後悔するべき」
二人の主張は平行線を辿る。
そもそも、シャルルは国へ戦争のように戦いを仕掛けているが、クゥエンティ皇子は事ここに至っても馬鹿な連中が行動を起こした程度にしか思っていなかった。喪われたガルディス帝国も戻り、自分が帝位に就けると本気で思っている。
「反逆者め」
「反逆者? おかしな事を言う。私こそが、ある意味ではガルディス帝国の意思を反映している」
シャルルの目がクゥエンティ将軍の後ろにいるユスティオス皇帝へ向けられる。
ユスティオス皇帝は隠れているつもりかもしれないが、迷宮眷属になったことで弓士の力を覚醒させた彼女には獲物を見つける能力がある。彼女から逃れることは不可能だ。
「……」
尋ねられたユスティオス皇帝は何も答えない。
「何を言っている……」
「あなたは私が誰なのか覚えているはず」
シャルルが処刑されることとなった事件から数年が経過している。それに、あの後で悲劇が起こったことで容貌が全く変わっていたこともあって最初に見た時は気付くことができなかった。
さらに言えばクゥエンティ将軍にとって、シャルルは事件に関わる登場人物の一人でしかなかった。
「思い出した……! あの違法な実験をしていた女か!」
「違法? あの研究は違法なんかじゃない!」
普段は物静かなシャルルが睨み付けて怒鳴る。
「あの実験は皇帝の命令によって行われていたもの」
「……本当ですか、お祖父様」
一度は違法な研究だと認めてしまったため「違法だ」と言うべき。
だが、自分を睨み付けてくるシャルルが言葉にせずとも「真実を話せ」と訴えているのを察した。
「……真実だ」
結局は認めるしかなかった。
そして、認められなければならない真実は他にもある。
「お前が連れているのは錬金術師バスティオの被検体だな」
「うん」
錬金術師バスティオはシャルルの同僚だった人物で、人間の身体能力を向上させる研究を行っていた。薬の力で身体能力を何倍にも引き上げることができるなら、戦争を有利に進めることができる。
だが、シャルルが知るバスティオの研究は行き詰っていた。
「私の研究は彼に引き継がれて、魔物の力を移植されて薬への耐性を上げることで身体能力の強化に耐えられるようにした」
最初は他人の功績を奪っているようで気が進まなかった。
だが、成功するようになった実験結果を前にした彼は些細な事だとシャルルの事を考えないようにし、実験は際限なく進められた。
「そうして、現在になって完成されたのが彼ら」
「まさか、あのように醜い姿をしているというのに人間だと言うのか!?」
「醜い? 随分と酷い事を言う。そうは思わない?」
シャルルが尻もちをついて震えるばかりだった兵士を見る。
兵士は恐怖から体を震わせていた。だが、化け物を初めて見た時から感じていた言いようのない違和感を覚えていた。そして、化け物に見えても人間だと知らされたことで違和感の正体を知る。
「まさか……オーランなのか!?」
化け物の1体を見ながら叫ぶ。
自分の名前を呼ばれたことに気付いた化け物が左肩についた顔を向ける。
「……っ!」
自分の呼ぶ声に反応した姿に怒りから震える。
「グレンヴァルガ帝国との戦争で亡くなったって言っていたじゃないか!」
「戦場へ出て重傷を負ったのは事実。救護部隊にも回収されていた。その後で適切な処置を受ければ戦場へ出るのは不可能でも、一般的な生活を送れる程度には回復できる見込みはあった」
「ど、そうしてお前がそんなことを……」
「全部記録に残っていた」
研究者として被検体の記録を残すのは当然の事だった。
「あなたの友達は助かる見込みがあった。けど、それをバスティオは良しとしなかった」
命を助けるのにも貴重な薬を使わなければならない。
だが、患者は国の為に戦ってくれた兵士。運ばれてきた以上は助けなければならない。
数秒だけ迷って出した答えが、最初からそんな人物は運ばれて来なかった、というものだった。
「かくして友達は秘密の研究所へと連れられて、化け物を生み出す為の素材として利用されることになったのでした」
「あ、ぁぁ……!」
「そんなに睨まないで。バスティオはもう死んでいる。そして、そんな研究をするよう要望を出したのも、成果が出ているか確認して承認していたのもユスティオス皇帝なんだから」
「真実なのですか、お祖父様!」
「……その通りだ」
全ては皇帝の指示によって行われていた研究。
グレンヴァルガ帝国との戦争は必要不可欠なものになっていたが、ガルディス帝国の国庫を圧迫する要因の一つになっていたのも事実。不満はあらゆる場所から出ていた。
戦争を継続させたい気持ちがある一方で、終わらせたい気持ちがあった。
だからこそ、秘密裏に違法な研究へ手を染めていた。
「クゥエンティ皇子。あなたは私たちの研究を糾弾していたけど、全ては皇帝陛下の指示によるもの。そして、帝国において皇帝の言葉は絶対。本当に罪を問われるべき人物がいるとしたら、皇帝の決定に異を唱えたあなたの方」
「わ、私は……」
どう答えるべきか悩むクゥエンティ。
しかし、頭を振って意識を切り替えると言葉を強くして言う。
「そもそも、あのように違法な研究にお前たちが協力しなければよかっただけの話だ!」
「――私が自分から望んであのような研究をしていた、と?」
これまでにないほどの殺意がシャルルから迸る。
☆書籍情報☆
書籍版絶賛発売中!
なろうとは違った結末が読めるのは書籍版だけです!




